20161022 息子の文化祭。子どもたちが楽しむ姿に感動

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息子の中学校の文化祭と言うことで、福島の地元に帰りました。10月は春先は数週間も家に帰らない日が続いたのに、なんだか、10月は毎週自宅に戻っています。これはこれで、結構大変。自宅も好きだけど、土日の研究室も好きなわたし。

文化祭。
いい感じでした。

必要最小限の装飾で、内容で勝負という感じ。
まずは、これですよね。なんだかんだと時間が必要なのですから、実をとっての時間の使い方をしないとですね。うまい!

そして、生徒と先生達との関係性がとってもいい感じが見て取れました。
子どもたちが落ち着いています。穏やかです。
先生達にぴりぴりした感じがありません。
生徒達の発表の後に、サプライズ(ではななかったのかな)として、先生達のパーフェクトヒューマンのパフォーマンス、365日の紙飛行機の合唱、披露があるなんて素敵です。子どもたちに「ああしなさいこうしなさい」と指示、コントロールするよりもこうした姿で子どもたちに提示するのはいい感じだなぁと思いました。

今年は授業参観もろくにしていないわたしが「いい感じだなぁ」と感じた最大の理由は、子どもたちの「語り」です。
1日に様々な生徒が、前に立ち、「語る」場面がありました。
そこで、「語る言葉」が文字通り「語り」なのです。ちらっと、話す用紙は持っているみたいですが、話し方がとっても自然で、「読んでいない」のですね。「語っている」のです。

ああっ、これ、とってもいい!

って思いました。その語りも、なかなかで、エピソードとユーモアに溢れ、先生たちをおちょくったり、学級内の生徒たちの様子を冗談含めて、とりあげたりと本当に機知に富んでいました。

こういうのを観ると、
「うーん、日常的にどんな指導をしているのだろう」
と興味を持ちます。

で、過去の私であれば、その「やり方」にものすごく興味を持ち、調べたと思うのですよね。
でも、今の私は思います。(まちがっているかもしれないし、この学校ではメチャクチャもしかしたらすごい技術を使って指導しているのかもしれませんが)

あれこれ、指導しないこと。
子どもたちに、任せること。
大きな条件とルールだけを伝えて「自分の言葉で語ってごらん」と認めること
それで、本当に「自分の言葉で語っていいんだ」と安心の場を日常的に提供すること

かなぁと思っています。

P.S.
まぁ、息子は、そんななか、わたしの子どもの頃のように、自分のペースでおだやかに、個性的に、自由に振る舞っているようです。そういう息子を認めてくれている学校、友達、先生に感謝したいです。

(上の写真イラストは、先生達が思い思いの格好、マリオや錦織圭や、セーラームーン等々……笑の格好をして、365日の紙飛行機を歌っているところです。)


© Takayuki Abe 2016