20161024 上越教育大学附属中学校研究公開

1日、附属中学校の公開授業研究会に参加してきました。

わたしは、基本、民間、つまり「公」の光の当たらない場所で活動してきたので、「公」の場所に行くだけで、非常に緊張します(あっ、ちなみに単なる一般参加で、役割は何もありません。ただ、上越教育大学の身分なので、行くだけで来賓という形になります)。誰もわたしを見ているわけないのにですね。(子どもの頃から自意識だけは過剰なわたし)。

かつ、公の作法を知らないし、知ろうとしていない自分がいます。たぶん、こういうところに出て行くことはないし、出て行かなくていいです。

もちろん、授業を見ることは大好きなので、興味深く見てきました。

わたしの、授業の見方は、基本、「この授業を見よう」と思ったら、最初から最後までその授業を見ます。

2時間の授業公開でしたので、2つの授業をじっくり見てきました。(といっても、わたしの場合は、じっくりといっても他の人に比べるとぼんやりなんですけどね)。

附属というと、そして、中学校というと、「勝手な」イメージで申し訳ないのですけど、教師が前面に出て、教師が授業の主導権を握って進めるという感じがあります。
「教師の腕を見せてなんぼ」の授業というとらえ方を修正できないのではないかと勝手に思っています。

が、少なくとも、わたしが見た授業、2つとも、教師が一歩下がって、子どもたちが「自分たちで学べる」環境を設定して、目標に向かって学ぶという形での授業でした。少し、思考ツールとか思考方法に頼りすぎている感じがしないでもないですが、まぎれもなく、教師が子どもの前に立とうとしていないところ、子どもたちが話し合って進めるというところ、ここの学校の覚悟を感じることができました。アクティブ・ラーニングは、日常化し始めているのですね。
たぶん、そんじゃそこらの付け刃ではできない感じでした。日常的に行えているのじゃないかなぁ……。そう思いたいですね。

そこで、考えます。

アクティブ・ラーニングが日常化した時のその次を。そこでは、何を必要とするのだろうか。

シンポジウムも素晴らしかったのですが、こういうシンポジウムを聞くと、どこか自分の場所とは違うことを話されているように思えてしまいます。

斜に構えた見方なのかもしれませんが、「エリート」教育なのかなぁとも思うのですよね。

シンポジウムは、iPadproで書きまくり状態。
なかなか、しっかりと書けることを体感し、よし!と思いました。

インプット大好き人間のわたしにとって、よい1日になりました。

© Takayuki Abe 2016