20161025 若い頃の自分に恥じない生き方をしているか

今と同様、とっても素直だったあべたか少年が、少しずつ素直じゃなくなっていったのが、中学校2年の後半です。

ちょうど、反抗期だったんでしょうね。
いわゆる、不良にあこがれました。
ボンタン、短ラン、にあこがれ。
勉強もいっときよりもやらなくなり、たぶん、その結果(というか、そうじゃなくても結果的に槽だったかもしれませんが)県内一の進学校には入れない点数をとるようになり、偏差値的には一つ下の学校に進学します。

そこでも、やはり、不良にあこがれ(笑)。
髪の毛は脱色しました。

その時に、衝撃を受けたのがパンクロック。
すぐに髪の毛を立てました(笑)。
でも、田舎者のわたしはディップというのを知らずに、一生懸命ドライヤーで立てたり、石けんで立てたり……(アー恥ずかし。本当に田舎者)

でもね、ファッションで立てたというのもあるけど、世の中の、大人の矛盾、押しつけ、に反抗したくて、言いなりになりたくなくて、精一杯の反骨心だったんです。たぶん。
つまりは、ファッション以上に、パンクという考え方に共感してたんですね。

今では、もともと素直だった自分にすっかり戻って、いい子ちゃんのわたしですが、ちょっと変わってる、ひねてるように見えるとしたら、たぶん、小心者だから明らかに誰かに、何かに反抗したり、反対したりはできないんだけれど、青少年の頃の自分を引きずっているからだと思います。

さすがに、50歳を越えているわけですから、「大人の事情」というのは様々なところでわかるし、それを納得しないと先に進めないことはわかるのですが、自分自身、自分が判断下せる範囲内では、せめて、若い頃の自分に恥じない生き方をしたいなといつも思っています。

まぁ、そんなことを思うと、いつでも「選択」の場面で苦しむんですけど。

 (この文章を読んでいる人、何を言いたいんだか全然わからないだろうなぁ……。まぁ、いいんです。日曜日、福島の散策路を歩きながらふと思ったことなので……笑)


© Takayuki Abe 2016