20161111 福島県石川町立石川中学校の授業公開日

石川小学校の翌日、続けて石川中学校の授業公開がありました。
2日連続して、『学び合い』という考え方をもとに授業公開ができるとは、なんと素晴らしいことなのでしょう。

小中連携が叫ばれて久しい昨今、しっかりと「見える形」で提示する石川町の教育に関して畏敬の念を持ちます。

ひとえに、石川町、石川町で勤める先生方、学校関係者そして、水落芳明先生を中心とする水落研究室の面々が年数を重ねて形に表したものです。個人で行うものではなく組織としての提案です。一朝一夕ではできませんよね。

石川町の関係者は目の前の子どもたち、地域住民の幸せのために動いているだけで何らかの表彰をもらいたいと思っているわけではないと思いますが、それでも、こういう、ある意味「奇跡の結晶」に関して、外部から何らかの「称え」があってもいいのではないかと思ってしまいます。

わたしは、昨日も、そして今日も、「そこにいる」だけで何もしませんでした。気付く人、察する人であれば指示もお願いもなく「動く」のかもしれませんが、もともと、そういったボランタリー精神のないわたしです(^0^;)。何か言われない限り何もしません。かつ、頭を使わずぼんやりと過ごします。

でもね、わたしのような末端の人間が「何もしないで過ごした」という事実がすばらしいと思うのです。わたしに何らかの役割なり、何かしなければならないことが何もないということが(あれ?これ、上から目線に読めますか?そうじゃないんですよ)ものすごくいいんじゃないかと思うんですね。

中学校の『学び合い』授業。なかなか中学校では……という、やらずに「無理」を言う方がいますが、全然そんなことないです。もちろん、全校で『学び合い』を進めていけば、その連動の結果、子どもたちは自然な流れでどの教科でも『学び合い』前提の学び、動きができると思いますが、ある特定の教科しか『学び合い』をしなかったとしても子どもたちはその教科ごとの学びができるからできます。大丈夫。
わたしは、小学校で教務主任の役割を6年ほどしていたことがあります。その時は、高学年の社会科だけを担当していました。わたしは自分の社会科授業だけを『学び合い』で進めることをしていました。もちろん、担任の先生は『学び合い』をしていません。子どもたちはちゃんと使い分けられるんですね。

昨日も、今日も、わたしのお師匠さんである水落芳明先生のお話(総括)はいつものように素晴らしかったです。
当日の授業の写真を用いて、その瞬間瞬間にあった出来事を取りあげ、そのよさを説得力あるエピソードを交えて解説します。そこにいる人間が前のめりになって話を聞く姿が見られました。
まさしく「即応力」。
すごいです。
また、与えられた時間ピタリに終わる正確性。そこにいる人間全員が気分よく帰れます。
話の隅々に、そこにいる方々を勇気づけ、やる気を高め、明日への活力をいただくような気持ちになりました。
わたしは、こういう話ができません。
ますます、人間「水落芳明」に磨きがかかってきているなぁと思いました。近くにいて学ぶことができて、幸せです。

© Takayuki Abe 2016