2016年11月

161130 めちゃめちゃ未来と可能性を感じた「情報モラル」講座

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とにかく、刺激の多い、未来と可能性を感じた1日でした。少し、興奮しています。わたしの中に新しい研究の方向性を与えてもらえたようで、なんだか一人得した気分です。

古くは2000年前後のWeb学級日誌、そして2013年の子どもSNS「ぐーぱ」の活用で、いろいろとお世話になった大笹いづみさんとのつながりで、横浜方面へ情報モラル研修講師として招かれて仕事をしてきました。

わたし自身のICTスキル、そして知識は、2,3年前で実は止まってしまっています。最後に勤務していたところの自治体はICT教育にあまり積極的でなかったこと(というか、お金をかけられなかったのかな)、『学び合い』への熱の入れ方が激しくてあまりICTに関して興味関心を向けていなかったことが理由です。

それでも、枯れた実践の中から、アクティブ・ラーニングを意識した手軽に行えるICT実践の話、そして、協同学習の技法を使ったSNSに関する話し合いを展開してきました。

ちょうど、協同学習のアドバンス・ワークショップで学んだ「双方の言い分」という技法を使ってみたかったので、それを上手に入れられるシチュエーションだったのでさっそく、チャレンジ的な意味合いを込めてワークに入れてみました。反応は……、まあまあだったかなぁ。
こうして、試していくことで自分の技法として使えるようになっていきます。

それ以上に、大笹さん率いる「教育ネット」の面々との会話はとてもとても刺激的でした。みなさんとお話ししていると、とても「いい気分」になります。これって、「宇宙兄弟」や「ブルージャイアント」を読んでいるときと同じ感覚です。
つまり、「登場人物」(といっては、教育ネットの方々に多少失礼ですが)である、そこにいる方々が、みなさん、「利益」や「自分の実績」ではなく、「目の前にいる子どもたち、日本の子どもたち、世界の子どもたちの幸せを考えた活動」ということを考えて、仕事をしているからです。
やっていることは、とてもとても大変なのでしょうけど、みなさん、笑顔が耐えなくて、わたしの話を興味深くうなずきながら聞いてくださり、自分の今やられていることとわたしの話とを結びつけて、何やら新しいことを生み出そうとお考えになる姿は、もう、本当に凄い!の一言でした。

こうした、方々に囲まれて、教育の話をしているとわたしもとてもとても幸せになります。そして、やらねば!という気持ちになります。

ここで、明らかにしませんが、「教育ネット」のとてつもない秘密兵器も見せてもらい、今後は、わたしの研究対象としてわたしからいろいろと教育ネットさんにおじゃまして情報をいただくことになりました。

いやぁ、本当に実り多き1日でした。

これから、教育ネットさんとWin-Winの関係で、新しいことを生み出すことに挑戦していけそうです。
古くからのつながりが、こうして、また新たな関係としてつながり、発展していけるって、とてもとても幸せなことです。

大笹さんを始めとする、教育ネットのみなさんに、感謝感謝!!
これからもよろしくお願いします。

20161130 会場のみんなでつくった情報クイズ!


20161129 ドキドキ授業

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小心者のわたしは、講座や講話等で人の前に話すときは、緊張しすぎてたまらないわけですが、とりわけ、外に出かけていって先生方に話す講座以上に、緊張するのが大学での授業です。

まだ、20代前半の人たちを前にして話をするのに慣れていないのですよね。もう、心臓ドキドキ、バクバクです。

もちろん、90分も話し続けるなんてわたしにはできないので、必然的にアクティブな授業になります。90分話し続けて講義をする大学の先生方の技量というか度胸というか信じられません。そういう、話術がある方がうらやましいです。まぁ、そういう修行をしろと言うことなのかもしれませんが、今の自分にその修行をする気持ちは無いんですよね。自分にあきらめている感じがあります。

さて、この「生徒指導・進路指導と教育相談」の2回目の授業では、ジグソー学習と『学び合い』を都合良く取り入れた感じの授業展開で進めました。

まずは、学生さん達が一生懸命なのがすばらしい。

「協同学習」の技法、いろいろと役立ちます。
感謝感謝。


20161128 うん!わかるわかる!いいね!「幸せをはこぶ会社 おふくろさん弁当:本当にあった!こんな会社~規則も命令も上司も責任もない!」

石巻に住む大好きな本川良さんのお薦めの本だから、すぐに購入しました。

本川さんとは価値観がほとんど重なると(わたしは勝手に)思っていて、違うのは、目立ちたがり屋のわたし、思ったらそれをちゃんと実行する本川さん、ここが異なっていて、今の環境、仕事なのかなと思っています。

特に最近、わたしは所詮、人間は「生まれて、死ぬだけ」だと思っていて、その間に「苦痛」というものがあるのがおかしいと思っています。

ちょっと具体的にいえば、「命令される」「ストレスを与えられる」「やりたくないことをさせられる」などです。

それこそ、「社会」とはそういうことで成り立っているのだ、何甘っちょろいこと言っているのだという人もいることでしょう。

わたし自身、心の中で「抵抗したい」と思っても、自分に向けられる、そうした「命令」「ストレス」「やりたくないことをしなければならない」ことを断れない生活をしているので、それに対して胸を張って反論できないでいます。

しかし、しかし、せめて、わたしから関わるとき、その時は自分が嫌だと思っている「命令」「ストレスを与える」「やりたくないことをさせる」ということはしないようにしたいと思っています。

あっ、もちろん、自分から「苦痛」に向かっていく人は別ですよ。自分からプレッシャーに向かっていく人とか、高きめあてを目指して、そこにいろんな困難があることが分かっていてそれに立ち向かっていく人。それは、自分が求めたことであり、それでいいと思います。

でね、そういう人が人間として「上」とか「下」とか、別にいいじゃないですか。それはそれ。自分で選んだんだからね。もし、「立派」と言われたくて、そういうことに向かっているとしたら、気持ちがちょっとゆがんでますよね。

みんなが、自分の気持ちを大切にし始めると、他の人の気持ちにも心が向くように也、温かい空気が職場に流れるようになってくる。(p46)

例えば、他人に対してちょっとムカッときたり、あれ?と思ったりするときは、それはそれで「自分の価値観」なのかなと考えてみるといいみたいです。

仕事ができる人が偉いのだろうか?という考え方もすてきです。

少し時間が経つと、「仕事がデキル」人が、人に命令したり、出来ない人に腹を立てたり、不満を持つようになった。「仕事がデキル」人が「上」のような空気が漂い始めたのだ。ただ、これにもカラクリがあって、「仕事がデキル」人が一人では偉くなりようがない。一人が偉そうになっても、周りが相手にしなければ、そんな関係は生まれようがない。

 でも、その人の言うことには無意識的に「従おう」とする人がいて、「下」になる人がいて、初めて上下の関係が生まれてくる。「自発的服従」という状態だが、なかなか「自分がそうしている」という自覚が生まれにくいのが、この「自発的服従」の特徴だと思う。

「下」の人は、もちろん「上」の人に対して、安心して何でも言える関係にはないし、「上」の人は、自分は「デキル」んだから、人に命令して指図するのが「良いこと」と思い違いをして、どんどん仕切るようになった。(p50)

ありがちです。というか、当たり前に「社会の中」では成り立っているのではないでしょうか。
これに当たり前なのも、ものすごく心地悪く感じていたわたしです。
ミスや失敗しても、怒られないというのがすごいです。
ミスや失敗は叱責するものではなく、慰めるものでしょうという感覚。すごい。
その具体的な話もいくつか載っているけれど、それらのミスが大事件になる前に、みなさんでなんとなく協力してやりすごしてしまう力、それって、毎日のコミュニティの中で培われてきた考え方、生き方なのでしょう。

社長というよりも、社長係、
店長を、インタビューしていて、初めて店長だと気付く、長年働いてきた店員(笑)、など素敵なエピソード満載です。

役割どころか、責任も明示されていないでしっかりと会社が動いているという姿に対して次のような一文が目につきました。

ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ著「懐かしい未来」でも、人間本来の社会が残っているとされるラダックにおいて、ヘレナが観察していて、とても複雑な共同農作業や、宗教行事が、いくら観察していても、何の指示もなく、いかなる命令者もいないが、流れるようにスムーズに、開始され、進められていくという様が驚きとともに、報告されている。

この本、後で読んでみようと思います。

とにかく、従業員同士、または、お客さんとも、誰とでも上下目線ではなく、水平目線。

自分自身の生活でできるかというとですね、実際できていないわけで、理想だろ!と言われるかもしれません。職種等々でできるところやできないところもあることでしょう。わたしの仕事の分野だと……どうでしょうか。

ただし、人間関係という意味では、相手はともかく、自分自身の考え方次第でこの本の接し方や、自分の生活の環境の一部をこういう感じにできるもではないかと思います。1日の、または1週間のどこかにこういう環境のところがあったら、または、構築できたら、自分の生活の中でうれしいじゃないですか。ほっとするじゃないですか。潤滑油になるじゃないですか。

そして、この本は、実際の会社が理想ではなくて実現させているわけで……。とてもとても参考になると思います。

こういう人間関係の中、私生活も仕事生活も進められたらとても気持ちいいだろうなぁと思います。

来年度から、研究室に人が入ってくるわけだけれど、この本を何冊も買っておいて、みんなで読み合わせるところから始めようかなぁ。


20161127 自分にとって価値ある古い本を手に入れる

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仕事の傍ら、気になる本(特に少し古い本)を買い求めています。
希少本、古本なので、定価で買い求めるのはあきらめて、定価の2倍、3倍の値段での購入です。でも、わたし自身が「欲しい!」と思っての購入なので、全然オッケー!。まぁ、まだどれもしっかり読めていませんが(^0^;)。

藤岡信勝さんの「授業づくりの発想」(日本書籍 1989年)。
これは、「授業づくりネットワーク」仲間には、
「おいおい、今更の購入かいっ!」
と頭を叩かれそうです。立ち読みとか図書館で読むと言うことはしたことがあったのですが、実はずっと手に入れないままでした。わたしが、必要感を感じたとき、すでにAmazonでは高い値段がついていたのですよね。
でも、古くから「授業」について研究してきた方と「授業づくり」について話をしていくと、必ずといっていいほどこの本の名前が出てきます。
まずは、ここをしっかり自分の中に落とし込みたいと今更ながらに思っています。

Y.シャラン・S.シャラン著 石田裕久・杉江修治・伊藤篤・伊藤康児訳:「協同」による総合学習の設計〜グループ・プロジェクト入門〜(北大路書房 2001年)
これは、先日の「協同学習」のアドバンス講座に参加してきたときに、講師の関田一彦先生が話をしていたときに、ちらっと「シャラン」と「2001年」というこの2つの言葉をメモしておいたことをきっかけに、検索して購入したものです。この時、関田先生がわたしたちに促した協同学習のワークショップがめちゃくちゃおもしろくて、そういう発想をもっと得られるかもしれないのならと思って購入しました。その時は、30分足らずのワークショップだったのですが、本書は「グループ・プロジェクト入門」という名称通り、時間をかけて学ぶものになっています。総合的な学習の時間はもちろん、カリキュラム・マネジメントを想定したアクティブ・ラーニングを促す考え方、手法として使えそうです。

そして、
塩田芳久・横田證眞編著「バズ学習による授業改善」(黎明書房 昭和56年)
これも、「協同学習」のアドバンス講座で、関田先生からポロッと言葉に出たことをキャッチしました。
基本的に、単元を通して子どもたちに任せる学習の紹介でして、その時に関田先生が
「『学び合い』もこんな感じなのかなぁと想像しています」
と話されたのです。
そこで、一発購入。昭和56年にいろいろと挑戦していたのですね。
(といいつつ、もっと古い時代にいろんなことに挑戦している先生、学校があることは知っています。そういう記録を読むと、よくぞこういうことできたなぁと思ってしまっている傍観者のわたしがいて、悲しくなるときがありますけどね)
ここで提案しているのは「単元単位のバズ学習」。
基本、単元表を子どもたちに提示して、あとは子どもたちの協同的な学びで学習を進めていくというもの。
見るからに単元を見通した『学び合い』学習ですよね。
これは、まだ目次をパラパラめくった程度なので、じっくりとコーヒーを飲みながらでも読んでみたいと思っています。

入力も、出力も、楽しみながら!
ってね。(^0^)。


20161126 2017年1月8日はぜひ東京でお目にかかりましょう!「信頼ベースの学級ファシリテーション講座」

【東京】信頼ベースの学級ファシリテーション講座 - 株式会社ひとまち

おっとう!!!!
わたしにとって大切な広報を忘れていましたぁあああああ!!!

2017年1月8日(日)。東京の東京学院ビル(東京都千代田区三崎町3-6-15)2階教室におきまして、ちょんせいこさんと二人で「信頼ベースの学級ファシリテーション講座」を開催します。

昨年に続き、2回目です。

せいこさんと一緒だと、せいこさんに全てを委ねられるので、安心です。ラクです(笑)。ぼうっとしていていいし。

ぜひ、みなさんも、ゆったりとした気分で、翌日からの活力、エネルギー、技術、考え方を充電しに来てくださいませ。
「一緒に考える」というスタンスがいいかなぁ……(^_^)V。

詳細とお申し込みはコチラへ


20161125 明治図書「授業力&学級経営力2016年12月号」に原稿掲載

初めて、明治図書の「授業力&学級経営力」(2016年12月号)に原稿を書きました。

「全員活躍!グループ学習でアクティブ・ラーニング」という特集で「グループ学習を成功に導く7つのポイント」の中での「評価」についてです。

目次を見ると、大野睦仁先生、池田修先生に続いてのわたしということで、なんだかうれしくなってしまいます。

興味ある方は是非どうぞ!



20161124 蔵満逸司さん発行「MM小学校教師用ニュースマガジン」連載開始!

小学校教師用ニュースマガジン  まぐまぐ!

インターネットが一般に普及し、「メールマガジン」という新しい用語ができはじめた頃にいち早く、小学校の授業実践等の情報を世の中に発信し続けてきた蔵満逸司さん(琉球大学教職大学院准教授)。そして、蔵満さんが発刊し続ける「MM小学校教師用ニュースマガジン」。

わたしも現役小学校教師時代に数回書かせていただいたことがありますが、今回、改めてこの「MM小学校教師用ニュースマガジン」にて連載を始めることになりました。

タイトルは、「実務家教員トボトボ日記」。

開設されるようになってから、それなりの年月が流れているはずの「教職大学院」。にもかかわらず、以前からある教育系大学院とどこがどのように異なるのかということはあまり知られていないようです。
現に、今、ここでこうして文章を書いている、今や、教職大学院内部であるわたしでさえ、外にいるときはその違いをあまり知らなかったですから。

そこで、「教職大学院」そして、特にわたしの勤める「上越教育大学教職大学院」のことを知ってもらおうという文章をメールマガジンに書いていきます。

わたし自身、まだ大学人になってまだ1年が過ぎていません。
いまだに毎日が、「へえっ、ほおっ」の連続です。
そういうことも含めて、紹介していきたいと思います。
問題は、わたしの文体です(汗)。
わたしには、文才がないので、おもしろおかしく書くことができないのですよね。この連載を通して、少しでも柔軟な書き方をマスターできれば嬉しいのですが。

購読料は無料です。
メールマガジンですので、登録しておけば、メールとして情報が自動的に届きます。
私以外にも、図書館教育の鎌田和宏先生(帝京大学)とかお笑い教育の中村健一先生、学級づくりの城ヶ崎滋雄先生、教材研究のプロフェッショナルである森竹高裕先生、授業づくりネットワークの大先輩である佐藤年明先生(三重大学)、社会科の教材研究のプロといえばこの方の村上浩一先生、実力家養護教諭の澤栄美先生など、執筆陣が豪華です。

20161122 心地よい『学び合い』授業3連発!

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『学び合い』をさせられる(強制される)ことほど、『学び合い』にほど遠いことはないと思いますが、考えてみれば、教師にとっても『学び合い』をしなさいと命令されて行っている場合は、同じように『学び合い』の真の姿とはほど遠いことでしょう。

その意味では、本日、新潟市内の小学校で3連続の『学び合い』授業を参観しましたが、それぞれが自分の意思で行い、自分の考えで工夫した『学び合い』授業をされていて、見ていてとっても心地よい時間でした。

三人三様なんですよね。「目標と学習と評価の一体化」という『学び合い』のセオリーに基づきながら、自分の教育観やキャラクターを重ねて授業をデザインしていくわけです。

そこに表れるのは、子どもたちと先生とで紡いだ学びの姿なのですが、3人の教室で響き合う学びの姿が異なるのが興味深かったです。もちろん、それぞれの『学び合い』はどれも素敵でしたが。

午後の研究協議会。
わたしは、単なる一参観者だけだったはずが、なぜか、この場にいるのだからあなたも話なさいということになり、水落先生の前座として15分ほど話をさせてもらいました。
水落先生を目の前にして話すのは、とてもとても緊張します。
できるなら、もうしたくありません(汗)。



20161123 第46回富山県合同教研集会(富山県教職員組合集会)の分科会「学級づくりのコツ」を担当

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本日は、初の富山市。初の富山大学工学部。
そこで、富山県の教職員組合の集会があり、わたしは数多くある分科会の一つ「学級づくりのコツ」を担当してきました。

福島に住んでいるときは、富山県の方とこうしたつながりができるとは想像もしていませんでしたが、みなさん、素敵な笑顔で、協力的に参加してくださり、わたしのような人間でも、なんとか無事に役目を終えることができました。

プログラムを見るに、講座タイトルだけが書かれているだけで、わたしの名前はどこにも書いていなかったように思いますが、それなりに事前にわたしがそこにいくということを知っていらした方がいらっしゃったようで、会の前後や最中にお声かけをいただきました。

  • 朝日町つながりの方。今年、本大学に赴任してから、2度ほど富山県の朝日町に行かせてもらっています。そこから何人かの方が来てくださいました。嬉しいご縁です。
  • 赤坂先生つながりの方。赤坂先生から学んだという方が来てくださっていました。これも本当にうれしいです。
  • Facebookつながりの方。Facebookをよく見ていますよという方が来てくださっていました。めちゃくちゃうれしいです。こうして「会いに来る」という行動に表してくださることがとてもうれしく、本当に感謝いたします。

今後、これがきっかけとなり、また、いろいろとつながりができたらいいなぁ。
富山県は、上越市から見れば、とても近く親近感のある町です。今回は、忙しい時期だったので、講座を終えてすぐに帰ってきましたが、機会あれば、じっくりと富山市内も歩いてみたいです。



20161121 生徒指導等の授業

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「生徒指導」に関する授業でした。
中心的に取りあげたのは「開発的生徒指導」について。
最初、ほんのちょこっとだけ解説して、グループ・ワークトレーニングを体験してもらいました。

体験を通して、「主観的な感覚」と「客観的な感覚」を感じてもらおうかなって。まぁ、技術やネタとしても見てもらえます。

「学校現場」を想定しながら、いろいろと考えてもらえたようでよかったです。


20161120 家族でビリギャル鑑賞

中2の息子への、少しでも意欲向上に役立てばと思い、AmazonPrimeVideoをテレビに映し出して鑑賞。

レビュー通り、いい感じの映画でした。

プラス思考というか、考え方がポジティブに働く言葉もたくさんありましたしね。そして、親としてもいかにして子どもの側に立って接するかということを考えさせる契機にもなりました。

「促す」ということも大切ですけど、「相手の側に立つ」ということはもっと大切。

「幸せ」を決めるのは自分(その人)だから。

まぁ、有村架純さんの大ファンと言うのもあります。
息子はどう感じてくれたかなぁ。
映画を見たから、大きく代わることはないのはわかります。わたしがそうだもんね。ただ、人間、何がきっかけで動くか、気付くかわからないですからね。
きっかけ作り、環境づくりはしていきたいです。

20161119 「第2回菊池省三先生セミナーIN福島」参加

菊池省三先生と言えば今やNHK「プロフェッショナル仕事の流儀」や「世界で一番受けたい授業」など数々のテレビ番組にも出演されて雲の上の存在になってしまいましたが、かつて「授業づくりネットワーク」などを通して、以前からの研究実践仲間であったわけです。今回偶然わたしが地元福島に帰っているときに同じ福島に来られると言うことで、久しぶりにお目にかかってきました。

「ほめ言葉のシャワー」が一人歩きし、いろいろと誤解されることもあるようですが、今回の講座の話を聞くに、「コミュニケーション活動」「価値語を大切にした子ども同士の信頼関係の構築」「言葉を大切にした人間関係の形成」など以前から大切にされてきたことを「学習者」側に立って再構築、再提案されているように感じました(わたしの受け取り方です)。

現場の先生方から求められている状況にあるという現実を、公的な教育機関、そして、他の民間教育がどのように受け止めるか、解釈するかということかなと思います。

とても「学び」多き1日でした。

20161118 誠実な人の誠実な授業

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福島PIECEという、福島随一の若手教員サークルを立ち上げた、菊地南央さんの学校を訪問し、南央さんの授業を参観し、その後、講話をしてきました。

授業は、その先生の人柄が出ると言われることがありますが、まさしく、南央学級は南央さんの人柄を反映した学級であり、授業でした。

授業後の、南央さんは恐縮しっぱなしでしたが、4月から誠実に子どもたちに接し、教材に接し、授業に接してきたことで、子どもたちが南央さんを信頼し、そして、子どもたち同士が安心安全のもと、関わり合い学び合おうとしている様子がわかりました。そういう現実に比べたら、その時の授業のちょっとした失敗なんてたいしたことありません。だって、子どもたちがカバーしてくれるわけですから。

その後の、講話。
わたしの時間感覚のズレにより、ちょっと早口で進めたり、準備していたワークを一つできなかったりと、自分の中ではいくつかの失敗、失態がありました。もともと、柔軟性に欠く私です。もう少し、精進したいと思いました。

ただし、南央さんの学校の先生方は、全員が私の話を、大きく首を縦に振りながら、つまり、うなずきながら聞いてくださいました。もう、話している私はその反応がうれしくてうれしくて、(最大の私に対する勇気づけですよね)調子に乗って、より早口でしゃべりまくってしまいました。

その後、久しぶりに地元二本松の本音を言い合える仲間と南央さんを囲んでの飲み会。
いやぁ、満足満足。

わたしにとって、大学人になって初めての自分の地元での仕事です。
地元に関わりのない私にとって、最初で最後かなぁ……。
お招きくださった南央さんに感謝!


20161117 一歩一歩着実に

とにかく一歩一歩着実に歩んでいくしかありません。
今日のわたしのめあては、2つありました。
一つは、23日に富山大学で行う富山県の教職員組合の集会の資料作成とプレゼン作成です。
もう一つは、月曜日の5限の「生徒指導」に関する授業準備です。

富山大学で行う講座は、今年に入って初めての「学級づくり」講座です。時間も2時間30分という長時間なので、どのように展開しようかと悩み悩み作成しました。なんとか完成しました。どうか、独りよがりの講座になりませんように。参加された皆様の満足度が高い講座になりますように。

月曜日には、久々の授業です。学生さんに少しでも満足度が高い授業になるようにと悩み悩み考えています。自分が大学生だった頃のことも思い出しながら。大学生である学び手。そして、教員としてのわたし。
どうしていくか。
自分がそちらの当事者になると、その当事者側からしか物事を見ないことが多いじゃないですか。特に教員側です。学生側は、学生という立場でしか物事を見られないわけですが、教員は過去に(時代のズレは多分にあるでしょうが)学生だった頃があるわけです。その頃、教員に不満を抱いていたことを逆に自分は教員としてやっていないか?もちろん、すべての価値判断の基準が過去の自分ではおかしいとは思いますけどね。
そのあたりを、自己反省しながら、その時しか大学にいない学生さん、青春時代を生きている学生さんの何らかの助けになれたらうれしいなと思うわけです。なーんて、言っているほどたいしたこと全然やっていませんがね。(特に今年はゼミ生を持っていないので、何もかっこつけたこと言えません。だから、授業だけでもと思うわけですけど)

さて、明日は地元での仕事。
そろそろ、明日モードに視点を移さなければ。


2016116 きょうもなんとかとりあえず

今日の自分の目標は、19日開催の臨床教科教育学研究会の「ポスターセッション」用のポスターを完成させることでした。
なんとか、今、完成しました。
文字通り、綱渡りの人生を歩んでいます。
次から次へとやることが降ってくる……(^0^;)。
それもこれも、自分の力量がないからですね。
まわりの方々は、楽々とされているわけですから…… _| ̄|○

今日の日中は、「論文」デーでした。
論文と言っても「内容」がちがいますけどね。

午前中は、水落研究室のゼミがあり、参加。
そこで、ゼミ生方の論文(厳密に言えばあれは論文ではないのか)を読み合わせしました。時間をかけて、しっかりやっていること、先輩達からの文化が形成されていること、どれもさすがなものばかりでした。

午後は、学部生の卒業論文中間発表会。最後まで学部生達の一生懸命を見届けました。わたしなりに一人一人の発表を真剣に聴き取りました。

「授業実践レポート」は読み慣れているわたしです。追試をはじめとする再現可能性があるかという視点で見ていけるのでラクです。
しかも、授業をイメージしながら読んだり、聞いたりするので、楽しくなります。

しかし、論文は……。
うーん、難しいです。
頭の中に入ってこないのです。
どうなんだろう?自分?おい!……。

20161115 とりあえずクリア!

11月18日(金)に、自分の地元の小学校で行う講話資料とプレゼンの準備がとりえあえず完了しました。

初の地元での仕事です。最初で最後かなぁ〜(^0^;)。
わたし、地元に地域貢献していなかったので、知り合いというかつながりがほとんどないのです。まぁ、知っていても(知っているからこそ)わたしなんかを呼ぶなんてことしないでしょうしねf^_^;。
今回、本当にお招きいただき感謝ですね。
今の自分の精一杯を伝えてこようと思います。

もちろん、授業も楽しみです。
各地へ行って授業を見せてもらうのが楽しくて楽しくて仕方ありません。
がんばっている子どもたち、先生。
映画や舞台よりも、めちゃめちゃ好き!

さて、次。
ありがたいことに、仕事はたくさんあります。
一つ一つ、着実に進めていこう。

20161114 日々の成長が素晴らしい!

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今日は、定期的に入らせていただいている新潟市の小学校へ。
実は、今日が最終の訪問日でした。

最後だからと言うことで、なんと4時間分の校内授業(2校時から5校時まで)をわたしの前で展開してくださいました。もう、お腹いっぱいです。

新潟に何のつながりのないわたしが5月の出前授業に始まり、合計5回ほど、関わらせていただくことになりました。

訪問するたびに、子どもたちのそして、先生方の、意識の高まりが見られて感激でした。
継続して訪れるということの醍醐味を味わわせていただきました。
わたしのような、まだ研究者にもなりきれず、といって、優れた実践家かというとそんなこともなく、とにかく中途半端な人間とよくぞつきあってくださったと思います。

ひとえに、校長先生そして研修主任を始めとする校内の先生方の受容的な心がわたしという中途半端な人間を受け入れてくださったのだと思います。

子どもたちは、「学び」にしっかりと正対していました。

特に、今日は、養護教諭までが『学び合い』に開眼し、保健の授業(喫煙に関する授業)を展開してくださいました。

ギャラリーウォークを学習活動の中心に持ってくる『学び合い』の授業でした。養護教諭ご本人は、ギャラリーウォークという手法はご存じなかったようです。まさに、「天才的」発想なわけです。自分のひらめき、必要性から、そういうものを生み出したわけです。(まぁ、先行研究や実践を調べたら?という冷めた言い方もできるかもしれません。しかし、必要は発明の花なのです。自分が考え出した方法というのは、これ以後も、いろいろと使えるものですよ、本当に)。

こうした、感覚的に、すばやく、『学び合い』を取り入れることができる人っているんですよねぇ。
脱帽です。

いろいろと、関わってくださったこの学校に感謝。
来年は……どうなることでしょうか。
人とのつながりに感謝するだけです。


20161113 協同学習法ワークショップ[ADVANCE]第2日目

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昨日と同様なことを書いてしまいますが、ここ数年味わったことのない心地よいワークショップでした。

協同教育学会がしっかりとテキスト、進め方を考えていることと、講師が関田一彦先生だったからでしょう。とにかく、その場の空間の空気感や温度が絶品でした。

わたしが「協同学習」を真剣に学び始める経緯は、前授業づくりネットワーク代表の上條晴夫先生(東北福祉大学)がきっかけです。もともと、ワークショップ型授業など活動中心の授業について追求、展開していた「授業づくりネットワーク」はもう少し誰でもが高度なテクニックを要せずとも活動的な授業を展開できる考え方や技術を模索します。その時に上條晴夫先生が見つけてきて、これを少しの間、会をあげて徹底的に学ぼうということになります。

2011年の2月(思えば、東日本大震災がおこる1ヶ月ほど前)、創価大学へ出かけていって「協同学習法ワークショップBASIC」を受けます。

その後、本格的に「ケーガン」を中心とした協同学習についての勉強会を開催し、2012年の3月の春集会では、成蹊大学においてスペンサー・ケーガンを招いての講座を行いました。

わたしは、自分なりの解釈で協同学習を取り入れた授業を日常的に展開していきます。実は、すぐにでも「BASIC」の次である「ADVANCE」を受講したかったのですが、毎年、なぜか、ADVANCEのあるときに自分自身の所用が入ってしまい、受けられずにいたのでした。それで、やっと今年受けることができました。木金と福島県石川町にいて、土日は名古屋。少し無理がある日程でしたが、参加して本当によかったです。今後の自分に間違いなく役立ちます。

印象に残っていることをいくつか。

その1
関田一彦先生の協同学習を研究するようになったライフヒストリーを少しお伺いすることができました。なるほどです。

その2
懐かしいことに、この2日間のワークショップでは関田先生は、OHPを用いて講座を進めました。アナログと言えば、アナログですが、使い方が理にかなっていてとっても心地よく進めることができました。説明を聞くとナルホド納得です。

その3
今まで知らなかった「協同学習」の技法をいくつか入手できました。これも、今後自分の授業や講座にうまく使っていけると思いました。

その4
今までのわたしは、「協同学習の技法を伝える、体験する」授業や講座をすることが結局のところ多かったです。でも、実際は「協同学習の考え方や技法でその時に学んでほしい目的を達成することに使いたい」とずっと思っていました。つまり、「協同学習を教える」のももちろん、協同学習を知りたい方には使っていきたいですし、体感してほしいと思っていますが、「協同学習で教える」ということもしたいわけです。自分の中でうまく処理できなくて、応用できない(というか、実際はこちらが本道だと思うのですがね)でいたのですが、今回の学びでなんとかできそうな感覚をつかみました。

その5
協同学習での「評価」に関して、あいまいでいました。というか、わたしの性格上、「評価」をあえて無視してきたことがあります。でも、そろそろそのあたりもちゃんとしなくちゃいけないよなとは思っていました。その「評価」に関してヒントをもらえた感じでいます。

その6
自分自身がコミュニケーションとか協同的に学ぶ「姿勢」「スキル」「考え方」が若干できるようになってきた感じでいます。条件があって、その空間、または関わり合う方々が「協同的」な方であり「受容的」な方であることなのですが。上達を感じると同時に、他者貢献も少しはできたのではないかと思っています。実際はどうかわかりません。そう感じさせてくれたということに感謝です。

自立した学び手を育てるという目標の上にたつ「協同学習」。
これからも大切に、そして追求していきたい考え方です。

わたしと関わり合ってくださった皆様。ありがとうございました。


20161112 協同学習法ワークショップ[ADVANCE]第1日目

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いやぁ、予想以上に心地よい1日でした。

こんなにもギスギス、ギラギラ、ザラザラ、イジイジ、ガラガガラしていないワークショップというか講座は久しぶり(というか、もしかしたら初めてかも)です。

考えてみれば、環境的に当たり前でありまして……。

協同学習に興味ある方が自主的に集まり、ましてや、この「ADVANCE」は「BASIC」を体験した人しか参加できないので、ある一定の「協同学習」の知識と経験をしているわけです。
加えて加えて、ファシリテーター(つまり、講座で言えば講師)はあの「関田一彦先生(創価大学)」です。
嫌な空間になるはずがありません。

加えて、参加者の構成もいいのかも。
わたしがお話しした方々は、看護系の大学関係者、専門学校関係者、専門学校の先生、等々です。そこには私を知っている人はいません。
わたしも、虚勢を張ることなく、素直に自分をさらけ出して、みなさんの話を素のままで受容的に話を聞くことができたからでしょう。

BASICは、もちろん、理論的な学びもしますが、とにかく体験的に学んでもらおうと言うことで技法を中心に学びます。
ADVANCEの今日の1日目も、もちろん、「学び方」は協同学習の技法を使いますが、その内容はというと、協同学習の本質的なこと、目標だったり、意義だったり、評価だったりと技法の先にあるもの、いえ、技法の前にあるもの、土台にあるものを学んでいきます。

なるほどなぁ。

学びの内容と方法が、ちゃんと、「協同学習」をもとに進めていくようになっているのがすごいです。

個人的には、偶然なのですが、昼食時、講師の関田先生と二人っきりで過ごすという幸運に見舞われました。関田先生を独り占めすることができたのです。関田先生は、わたしとほんの数回しかお目にかかっていないにもかかわらず、なんというのでしょうか。何十年も前からの知人のように振る舞ってくださいます。うれしくてうれしくてたまりません。
(たぶん、関田先生はわたしにだけでなく、誰に対してもそういう接し方をされるのでしょうが、わたしにだけそういう接し方をしているのではないかとスペシャル感を味わわせてくださるのがなんとも素敵な方です)

わたしは、劇中劇ではありませんが、このADVACEの講座を二重の視点から見ています。

一つは、協同学習を小中学校の授業実践の中に落とし込んで今まで以上に誰でもが授業の中で使えるように昇華させて提供していくこと。

二つは、大学の教員として大学の授業の中で(まさにアクティブ・ラーニングの視点で)学生に協同学習の考え方や技法を用いて授業を進めていくこと。

です。

そういう目で見ると、関田先生のファシリテーターの立ち居振る舞いが気になるわけで(つまり、そこに自分が立ったらという感覚で見ると)、まさに絶妙なんですね。わたしなりに、いろいろなファシリテーターを見たり、接したりしてきましたけど、わたしの感覚やキャラクターからして、関田先生のファシリテーターに憧れます。
なんというのでしょうか。
自然さ、目の前の方々に極力プレッシャーを与えない感じで進めるところ、大笑いはしないまでもほっこりする笑い(と微笑み)、

ただ、やっぱり、わたしよりも(力の入れない)「語り」が抜群です。
こればっかりは、豊富な体験(やエピソード)に加えて、知見(というか知識)が抱負であるかと言うところに依拠するのでしょうか……。
わたしは、語彙が少なく、話していても乏しい言葉やエピソードしか出てこないんですよね。頭が回転しないというか……。
うーん、これってトレーニングできるのでしょうか。
別に、セミナー講師とかになるわけではないので、口八丁手八丁になる必要はないのですけど、もう少し頭の回転を早く、エピソードを紡いで、効いている方にわかりやすい話ができるようにする工夫がしたいですね。

明日も楽しみです。


20161111 福島県石川町立石川中学校の授業公開日

石川小学校の翌日、続けて石川中学校の授業公開がありました。
2日連続して、『学び合い』という考え方をもとに授業公開ができるとは、なんと素晴らしいことなのでしょう。

小中連携が叫ばれて久しい昨今、しっかりと「見える形」で提示する石川町の教育に関して畏敬の念を持ちます。

ひとえに、石川町、石川町で勤める先生方、学校関係者そして、水落芳明先生を中心とする水落研究室の面々が年数を重ねて形に表したものです。個人で行うものではなく組織としての提案です。一朝一夕ではできませんよね。

石川町の関係者は目の前の子どもたち、地域住民の幸せのために動いているだけで何らかの表彰をもらいたいと思っているわけではないと思いますが、それでも、こういう、ある意味「奇跡の結晶」に関して、外部から何らかの「称え」があってもいいのではないかと思ってしまいます。

わたしは、昨日も、そして今日も、「そこにいる」だけで何もしませんでした。気付く人、察する人であれば指示もお願いもなく「動く」のかもしれませんが、もともと、そういったボランタリー精神のないわたしです(^0^;)。何か言われない限り何もしません。かつ、頭を使わずぼんやりと過ごします。

でもね、わたしのような末端の人間が「何もしないで過ごした」という事実がすばらしいと思うのです。わたしに何らかの役割なり、何かしなければならないことが何もないということが(あれ?これ、上から目線に読めますか?そうじゃないんですよ)ものすごくいいんじゃないかと思うんですね。

中学校の『学び合い』授業。なかなか中学校では……という、やらずに「無理」を言う方がいますが、全然そんなことないです。もちろん、全校で『学び合い』を進めていけば、その連動の結果、子どもたちは自然な流れでどの教科でも『学び合い』前提の学び、動きができると思いますが、ある特定の教科しか『学び合い』をしなかったとしても子どもたちはその教科ごとの学びができるからできます。大丈夫。
わたしは、小学校で教務主任の役割を6年ほどしていたことがあります。その時は、高学年の社会科だけを担当していました。わたしは自分の社会科授業だけを『学び合い』で進めることをしていました。もちろん、担任の先生は『学び合い』をしていません。子どもたちはちゃんと使い分けられるんですね。

昨日も、今日も、わたしのお師匠さんである水落芳明先生のお話(総括)はいつものように素晴らしかったです。
当日の授業の写真を用いて、その瞬間瞬間にあった出来事を取りあげ、そのよさを説得力あるエピソードを交えて解説します。そこにいる人間が前のめりになって話を聞く姿が見られました。
まさしく「即応力」。
すごいです。
また、与えられた時間ピタリに終わる正確性。そこにいる人間全員が気分よく帰れます。
話の隅々に、そこにいる方々を勇気づけ、やる気を高め、明日への活力をいただくような気持ちになりました。
わたしは、こういう話ができません。
ますます、人間「水落芳明」に磨きがかかってきているなぁと思いました。近くにいて学ぶことができて、幸せです。

20161110 福島県石川町立石川小学校の授業公開日

『学び合い』の現状整理

水落芳明先生(上越教育大学)が町の教育アドバイザーを務めて、水落研究室の全面的なバックアップのもと、石川小学校の研究公開がありました。

わたしも、ぜひ授業を参観させていただきたいと言うことで一緒に(末席に)加えてもらいました。

予想はしていましたが、普通に『学び合い』をする子どもたちの姿は素晴らしいものがありました。
数年前、上のような図を描いて、何度かいくつかの場所に提案しています。

おおざっぱにわけて、今、『学び合い』は大きく3つの必要性があるかなと。

  1. 『学び合い』入門者や入門期の組織(学校や自治体)に対しての援助
  2. 多様な『学び合い』への援助(わかりやすく言えば、一教科だけでなく、他の教科や他の場面での援助)
  3. その教科(や教育活動)特有の性質の深まりを追求する形での援助

「1」と「2」は全国的に少しずつ広がりを見せてきており、わたしもなんとなくそれなりに「1」と「2」に対しては、具体例を示したり、寄り添ったり、話しをすることができるかなぁと思います。

しかし、問題は「3」ですね。

これは、わたしにとっても「未開拓ゾーン」です。自分自身の『学び合い』も、基本、良好な人間関係のもとに、授業を創るということをしてきただけだったので。

石川小学校は「1」と「2」はクリアしてしまっています。
そうなると、当たり前のように「3」を意識して行かざるを得ません。
一緒に模索し、一緒につくっていけたらうれしいなぁ。

いざ、新しいステージへ!!

石川町、そして、石川小学校さんから、勇気をもらいました。
日々、チャレンジし続けるみなさんを心の底から尊敬いたします。


20161109 なんとか最低限のことはやれたかなぁ……

久しぶりの大学です。
今週は、今日しか大学に来る日がありません。
たまっていた事務的なこと、実際に大学にいなければできないことを優先的に行いました。
なんとか、やらねばならないことはやった……ように思います。

うーん、まずいなぁ。ホントに。
もう少し落ち着いて取り組まなければなりません。

自分はそんなに頭の回転が速いわけじゃないし、一つのことに取りかかるのに時間がかかるし、それよりもなによりも大学の作法について全然わかっていないし……。

とにかく、何らかを創り出したい……。

でもまぁ……あれか。
創り出すには、共に進む人たちが必要なわけで、その関係づくりをしているのだと思えば、ちょっとずつ進んでいるのかなぁ。

自分の人生をコントロールできるわけじゃないので、次から次へと「やること」があるということは幸せなことなんだろうなと思います。

感謝感謝。
おやすみなさい。

20161108 前の職場へ

代休でした。地元にいて、平日の休みというのは滅多にありません。というか、初めてかも!

ということで、せっかくだから、3月31日まで働いていた職場(小学校)に顔を出してきました。10月末日に行われた学習発表会も顔出しができなかったので。

すると、全くの偶然。
去年、同じ学年を組んでいた方が研究授業をするというので見ていけば?ということになり、見てきました。

思わず、充実した休みになりました(笑)。
去年まで一緒だった先生は、去年同様、自分のキャラクターを生かして一生懸命体当たりで子どもたちと授業を創っていました。

そして、ここに現場の先生達のリアルがあるんだよなと実感しました。
わたしは、このリアルを忘れないようにいつでもどんなときでも、現場に軸足を置き続けるようにしたいです。

職員室では、今と過去の話を交錯させた楽しい話をしてきました。
「まだ、ここの学校の先生のようだ」
と言われましたが、この「花咲く話ができる」ということは、実はわたしはこの職場の人間ではないという証拠なのですよね。
外部で接することができるよさを今後、何らかの形で換言できたら嬉しいなと思いました。

元気をもらえた1日でした。
よき休日の過ごし方ができたなぁと思いました。

20161107 想像通りのいい授業だったなぁ……

今日は、福島県郡山市の中学校の校内授業研究に招かれました

本日の授業者、酒井浩一郎先生にはめちゃくちゃ思い出があります。わたしは10年くらい前から本格的に『学び合い』授業を始めるのですが、頭の中ではこんな感じかなぁと思いつつも、どうも自分の中で具体的なイメージができなかったわけです。

そこで、西川先生に仲介してもらい、当時、福島県内で先端の『学び合い』授業をされていた坂内智之先生と酒井浩一郎先生の授業を見せていただきに行ったのでした。

その時の授業にガツン!
なるほど、そうかぁ、こんな感じね。
すっごく感謝しております。

で、小学校から中学校に移った酒井先生。
久しぶりの授業参観で、どんな感じなのかなぁと思って楽しみに行きました。

いやぁ、さすがでした。
「文字通り」全員が授業に参加しています。
この参加というのは、全員が真剣に考え、話し、聞き、……ということをしていました。
なぜ、「全員が参加していると分かるのか?」と聞かれるかもしれませんが、教室にいるとわかるんです。本当に。別にわたしが特殊の能力があるわけじゃないですね。本当に、誰でも一見すれば分かると思います。

しかも、穏やかに学んでいるんだなぁ。
この穏やかさって、なんなんだろう。
『学び合い』の初期とか、勘違いしている方とか、(若干)競争主義的な人とかなのかもしれないけれど、一生懸命『学び合い』をしているのはわかるんだけど、声がキンキンしてるんですよね。
でも、酒井先生の教室は、以前も、そして今日も、穏やかでした。すっごく子どもたちの関係がいい関係だと言うことが初めて訪れた私でもわかります。

毎日、毎時間、『学び合い』を続けること。
そこから、こういう姿になっていくんだろうなって思いました。
決して特別じゃないんです。
これが、日常なんです。
だから、誰が教室に入っていこうと、ふつうに学んでいるんです。

そして、その後に学習内容がどうだったか、目標が適切だったか、問いの内容はどうだったか……がくるような感じがしますね。
共に学ぶこと(が当たり前の中)で、前に進むことが、当たり前になるってものすごいことを思いました。

同時に、職場の人間関係もいい感じで、みんなで新しい考え方を取り入れて前に進もうと思っている姿は、素敵だなぁと思いました。
わたし自身、幸せな1日でした。

ぜひ、わたしが訪れたことが、前に進むことのなんらかのきっかけになりますように。

20161106 日本社会科教育学会2日目(最終日)

学会、終わりました。
初めてだからかもしれませんが、とても刺激的でした。

今日は昨日と違いほとんど一人だけで過ごし、だれとも会話せずに1日が終わった感じです。
まぁ、これが普通の自分だから別にいいです。

ただ、頭の中でリフレクションをするわけですが、一緒にリフレクションしあえる友がいたらよりよいだろうなぁとも思いました。

来年、もし参加するとして一緒に参加してくれる人いるかなぁ。もちろん、リフレクションできる心通った友でないとなぁと思うわけですけど。

参加するとしたら次は発表をなくちゃいけないな。

発表できるものがないときは参加しない。できたら発表するということでいきましょう。

「学会」がおもしろいなぁと思ったのは、学校や教育委員会が主催する研究会ではないので、文科省や学習指導要領を批判的に見ながら話ができることです。

だいたい学校内の研修だといかに学習指導要領に書いてあることを実現させるかという視点で話が進みます。そうじゃないのが、心地よいです。学習指導要領を相対化できます。

ある意味、民間教育系の研修会も学習指導要領を相対化し、批判的に語ることも可能ですが、話の内容が変わりますよね。

民間教育系は、子供の現状やサブカルチャー、最近の流行とうから授業を作っていくところがあります。

学会の発表は、歴史的な資料をもとに授業づくりをしていく傾向が強く、へえっと思うこと多々ありました(まぁ、当たり前か)。

考えちゃうなぁ。

わたしはあえて、いつでもどこでもできる授業を目指している分、教材開発、研究を軽く見る流れを重視してきた経緯があります。社会科が苦手な先生、好きでも教材開発に時間をかけることができない先生にとってその提案はとても大切なことだと思うのです。

しかし、(もしじっくり時間があれば)、あまり人目につかない資料を探し出してきて授業に乗せていくという作業はめちゃくちゃ楽しいことだろうなぁと学会のいくつかの発表を聞いていて思いました。

話は変わりますが、今日の発表では社会科教育実践を知る人にとってはものすごい有名人の発表を聞くことができました。

お一人は、加藤公明先生。

社会科教育で実践者研究をすると必ずといっていいほど名前が出てくる方です。わたしが社会科教育修士であったころ(16年前)でさえ、そういう方でしたから今や生きる伝説的な方ですが、その方の発表を初めて聞きました。もちろんご本人を目にするのも初めて。「颯爽」という言葉がぴったりですね。加藤先生の発表が始まるときに続々と人が教室に入ってきてほぼ満員になり、終わると皆さん出ていく姿は現金だなぁと思いつつ、はっきりしていて面白かったです。

内容もすごくて、なるほどなぁと思いました。

おもしろいです。歴史の授業。高校生だからこそ、話し合えるような魅力的な課題でした。

もう一人は小幡肇先生。

奈良女子大学附属小学校で長年勤められた方です。今、大学に移られたようです。

大学院から現場に戻った数年間、この小幡先生の「おたずね」の授業を追いかけた時があります。ビデオを見て、本を読んでいろいろと自分の中でアイデアを膨らませました。なかなかうまく進められず、子どもたちを苦しめた時があったかなぁ。

いろいろとその時の自分を思い出します。

その小幡先生のお話を直接お伺いできるのも感慨深いところがありました。

自分の居場所がありそうかどうか?

正直いって、コンテンツベースで授業づくりをしてこなかったわたしにとってなかなか辛いところがあります。だって、どの教科でも使える技術、当てはめられる考え方ではこの学会には必要ない話ですからね。

わたし自身、社会科教育専攻の教員でもないので社会科教育にしがみつく必要はないわけですし。

自分の活動範囲の中に社会科を起き続けたいのは事実ですけど。

どうするか考えます。

今回は、なんだか「学びのディズニーランド」に出かけてきたような気分で、アウトプットとしては何もしていないのですがインプットとしては刺激大き旅でした。

追伸

単なる偶然で今回は2日間とも弘前のスーパーホテルに泊まりました。ここの居心地がとてよかったです。システムや料金が良心的というのあります、最大は人です。ホテルマンの方々が皆、いい感じの人ばかりでした。やはり、「人」が最大の環境ですよね。

そしてこのホテルのすぐ裏の地酒と焼き鳥のお店に2日連続して顔を出したのですが、こことっても美味しく、静かでいいところでした。

満足満足!

20161105 日本社会科教育学会(本当の)1日目

社会科のことだけを考える3日間。その2日目。実際には、学会の1日目ですけど、刺激バンバンで面白かったです。

自由研究発表と言って、事務局側が同じジャンルだろうと思った発表を1つの教室に集めて9:30〜12:00まで1発表30分の持ち時間(20分発表、10分質疑)でありました。(つまり、基本、5つの発表を見聞できます)
もちろん、教室感の移動もありなので、自分の興味関心に沿っていろいろと移動できます。

「授業実践」そして「参加型」を意識していると思われる発表が中心となっているところに行きました。それぞれにおもしろかったです。

5つ見た中で、わたしの中でダントツに面白かったのが、江間史明先生(山形大学)の発表でした。江間先生とは、授業づくりネットワークを中心に以前からご指導をいただいておりましたが、こうして学会の席上で、江間先生のお話をお伺いするのは初めてのことでした。

「ワークショップ型授業」に関する発表でしたが、研究者と実践者が授業をつくっていく一つの理想を形に表したもののように見えました。
ワークショップ型授業での中心的な場面である「対話」を理論的な見地から種類分けして提案し、それをもとに授業化しています。
この授業も、歴史学習で無理なく思考できる素材を持ってきて、教材化し、授業にのせています。抜群だなぁ。
しかも、「対話」場面も、子どもたちの感覚で自由に「どうぞ」というのではなく、当時の「価値」を通して思考するような投げかけもしています。
うーん、やられました。
「ワークショップ型授業」といういわば方法(手法)と教材研究とが見事につながった実践でした。
社会科授業の醍醐味ですねぇ。

午後のシンポジウムは、受け取り方は人によって様々なのでしょうけど、わたしにとっては、首都大学東京准教授の山下祐介先生の話に釘付けでした。

ちょうど、自分の今の頭の中の関心に直接訴えかけてくる内容だったのです。シンポジウムのことを全然意識していませんでしたが、数日前にこのぶろぐに書いたとおり、偶然、TBS日曜劇場「ナポレオンの村」を一気見したところでした。ここでのテーマは「限界集落」。そこで、「限界集落」に興味を覚えたわたしは、このドラマの出発点となっている高野誠鮮著「ローマ法王に米を食べさせた男 過疎の村を救ったスーパー公務員は何をしたのか?」(講談社+α新書)をKindleで買い、iPhoneに入れて、隙間時間にちょこちょこ読んでいる途中だったところに、山下先生のお話でした……。ガツンです!(笑)。

ずいぶんお若いのに、文章も、口調も、はっきりした物言いをするので、立場によっては、とらえ方が様々なのだろうと思いましたが、特に「地方」にずっと住み続けるわたしとしては、話していることにものすごく共感をもちました。

この2つだけでも、ここに参加したかいがありました。
新しい知見を得ることができて感謝です。

他にも、ここに来なければ出会えなかった方とお話しできました。

まずは、小西正雄先生。いつものように緊張して挨拶しました(笑)。

そして、最近始めた「21世紀型提案する社会科」のFacebookグループで知り合えた先生。このグループにいらっしゃるお二人が参加されていました。初めてお目にかかった方もいらっしゃり、いろいろと教えていただきました。感謝感謝です。

そしてそして、熊本からいらっしゃった方に声をかけていただきました。ちょんせいこさん、そして、苫野一徳先生つながりだそうで、わたしと共通点が多い方でした。一瞬、その時だけ、この場所がホームになった気分でした。

本当は、(野心があれば)もっともっと、自分から声をかけて、自分から新しい出会いを求めていってもいいのでしょうが、(実は、十数年前からお名前を知っており、自分の実践にめちゃくちゃ参考にした方とか、今、自分が社会科授業を進めていこうとする中で自分の中で引っかかっている方、などが同じ場所にいるわけですけど……)、考え方は「公的」に見ることができる文書(または文章)から学べばいいし、もともとコミュニケーション疲れをすぐにしてしまう自分が無理してまでお近づきになる必要ないなぁと思い、遠巻きに見ておりました。まぁ、これがわたしの生き方です(^0^;)。

さて、2日目、最終日。どんな学びができるかなぁ。
今日も楽しみ!!

20161104 日本社会科教育学会1日目(プレ集会:弘前大学教育学部附属中学校)

せっかくこの立場になったのだからと言うことで、初めて「日本社会科教育学会」に参加することに。
自分のこだわりを持っている教科の学会に、自分の居場所があるか(できそうか)今回は様子を見に来ました。

せっかく来るのだから、発表も……とも思いますが(汗)、わたし、「学会」というものに参加したことがないのです。まず、学会の作法も何も知らない人間がどうしていいのかどぎまぎしてしまうことと、まぁ、研究ができていないということで今回は参加を見送りました。

土日の2日開催なのですが、学会開催と抱き合わせで開催された、附属中学校の授業公開にも参加。それぞれに「立ち位置」があるでしょうけど、わたしにとって「授業」は外せないもの。授業参観、大好きだしね。どんな授業であっても大好きです。つまらない授業、見たくない授業ってありません。

それで、授業。

まぁ、すごいなぁ。わたしにできるかな。
というのは、参観されている方が、社会科のプロパーな方々ばかりじゃないですか。例えば、弘前に到着するまでの間、「社会科教育学研究法ハンドブック」(明治図書)を読みながら来たわけですけど、ここに登場する先生方が目の前にいるわけです(汗)。もちろん、小物のわたしは話しかける事なんてできないですけど(それはおいといて、)、それぞれに「深い社会科観」をもたれている方々の目の前で授業を進めるのは並大抵の気持ちではできないですね。

内容は、子どもたちの一生懸命が見られる弘前市の人口減少をテーマにした「ポスターセッション」の授業でした。
この日までの、しっかりしたカリキュラムの流れを垣間見ることができました。
それでも、この授業をどういった「社会科観」で見ていくかでいろんなとらえ方ができるのでしょうね。授業後の質疑に参加しているだけでも、ものすごく参考になりました。

一人で参加している私は、(今までの民間の研修に参加しているときと同様に)いつものように誰とも話さずに縮こまって見ていたのですが、それでもお二人と会話しました。

お一人は、同じ大学から見にいらっしゃっていた先生。お顔だけは大学内で拝見していたのですが、わたしの方から挨拶。帰りのバスの中でいろいろとお話しできました。こうして、遠くに行くことで普段はお話する機会のない身近な方とお話しできるきっかけになるっておもしろいです。

二人目は、ずいぶん以前から、インターネット内での知人であった鎌田和宏先生(帝京大学)。鎌田先生の東京学芸大学附属世田谷小学校時代の実践をいろいろと参考にさせいただいた記憶が蘇ってきます。最近は、図書館教育でもご活躍です。

そういえば、鎌田先生とは、なななナント!蔵満逸司先生(琉球大学教職大学院)が発行するメールマガジン(MM小学校教師用ニュースマガジン)で一緒に連載を始めるのですね。
ここ最近、頭と心の体温が下がってきてるところなので、どの程度しっかりした文章を書けるかわからないのですが、(わたし以外の教育情報で)興味ある方は登録してみてくださいませませ。

さて、土日が学会の本番。プログラムを見ると、(当たり前ですが)隅から隅まで社会科教育の内容ばかり!「インプット大好き人間」からすると、もうウキウキの2日間になりそうです。
まぁ、この立場からするとアウトプットしていかなければならないのでしょうけど。今後、できるかなぁ。してもいいばしょかなぁ。それも合わせて見極めるつもりで参加してきます。

20161103 少しずつ息子とフラットに会話できるようになってきているかなぁ

自宅に帰ったけど、特別、何をするでもない1日を過ごしました。
まぁ、これが日常だし、これが幸せだなぁって思えるのって、幸せなんですよね。

DVを受けて育った人って、自分もDVをする側になる可能性が高いというじゃないですか。
この理屈、よくわかります。

貧しい人が貧しい生活以外のことが実体験として想像できないのと同様、金持ちがそれ以外の育ち方を想像できない。
わかります。

わたしは、ずっと父親がそばにいながら育ってきたのですけど、基本、父親がわたしにかかわらないで育ってきたために(日曜日は家にいないか、いるとしてもずっと茶の間で寝ているか、お酒を飲んでいるか、テレビで野球、またはゴルフを観ているかという姿しか記憶にありません)、他の人と接する以上に(他人と自ら接することも未だに苦手なのですけど)子どもたちと(息子だけでなくて、娘達とも)どうやって接していいのかわかりません。

わたし、「どうしても」という必要感がない限り、自分から人にコミュニケーションを図ることをしないんですよね。できないんです。これを他者から観ると上から目線と観る人もいるかもしれませんが。

で、そういう父親が本当にいやだったので、自分は父親のようにならないようにと思って息子と接するようにしようと思っているのですが、どうしても、父親の性格に似ている自分がいます。それに気付くとがっかりする自分がいますが、それはそれで仕方ないと受け入れる自分がいます。(と受け入れること自体、父親の性格っぽいんですけど……、ってめんどくさいよね、自分)。

で、自分がずっとずっと、親から、親は親心として言ってくれているのでしょうけど、「指示される」(これを命令と受け取ってしまう)のがすごくすごくいやだったので、自分はそういうことをしないようにしようと思っている訳なのですが、「親」としてのなんというのでしょうか、独特な利害関係があると、結局は命令調になってしまって……。いつも、息子にイライラし、自分にイライラしていることが多かったのですが……。

やっと、最近(今日も)、息子を一人の対等な人間として接することができるようになっている自分がいます。息子も、わたしに同じように接し返してくれはじめていると感じ始めています。

人によっては、自分も親に言われていたとき、うるさくてしかたなかったけれど、自分も子どもには自分の親のように接している。なぜなら、親と言うものはそういう存在だから。という方がいます。
まぁ、そういわれると、そうなのかなぁと思います。

が、自分は未だに、そうされたことがいやだった自分が心に残っているので、自分はそうしない親でありたいと思っているだけです。

勉強?……しません(笑)。
生活?……ほんとうに(母親がイライラするほど)だらしないです。(笑)。

でも、いいです。
自分で考えること
これをしてほしいんです。

最後の最後は、わたしの命がある限り、守りますから。

20161102 ファカルティ・デベロップメント研修会に参加

大学が開催した「ファカルティ・デベロップメント研修会」に参加しました。

特に面白かった設定が、講師の先生が「小林直人先生」という方で、愛媛大学の教授なのですけど、「医学部」であるということです。

文字通り、目の前の大学生に対する「授業」をいかに「アクティブラーニング」にしていくかということでの講義、そして、グループ討議でした。タイトルも、微妙におもしろいですよね。話の中では触れられませんでしたが「アクティブ・ラーニング」ではなくて「アクティブラーニング」なのですよ。(ふふふ)。

「医学部」と「教育学部」いろいろと重なる部分があり、めちゃめちゃ遠い部分がある中での「アクティブラーニング考」。
わたしも、別角度から考えることができて、興味深く思いました。

「教育」系の大学で働いていると、学生に接することも「教育」であり、学生さんが向かう先も「教育」であり、どこからどこまでが「現場」なのかわからなくなるときがありますね。
なんとなく、「劇中劇」のようにまたは、合わせ鏡のようになって、頭が目の前がくらくらする感覚になります。

そして、
新参者のわたしにとって、こういう機会がうれしいのは、大学内の知らない先生方と話す機会が増えることでもあります。
グループ討議、という時間の中で、「教職大学院」とは別の教科系のそして、特別支援教育系の先生とお話ができたのが貴重でした。
それで、こういう場所にいらっしゃる先生は、アクティブラーニングに積極的であったり、すでに実践されていたりするわけですね。学びが多くありました。

大学では、大学の教員に向けてもいろいろと学びの機会を設けてくれています。これからも、積極的に参加したいと思いました。

20161101 バッグが届いているし……。

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いろいろと使わないのに買い込んでしまうモノってあるでしょ?

わたしは、「使うつもり」で買うのだけど「結局使わなかった」というパターンがあって、それは、バッグです。

なぜか、定期的にほしくなってしまうんですよね。
そして、買ってしまうわけ。
それで、そのあげく、使わなくなるんですよ。
もちろん、買うときはこれがいい!って思うんですけどね。

わたしの場合、日常的に「iPadPro」を持ち歩きますよね。
それがすっぽり入りつつ、読書用の本も入って、できれば、レポートなども入って……などと考えると、最初は小さいモノを思っていて、結局はたっぷり入る物を買っていたり……。
うーん、難しい。

これも、いつまで使うかなぁ。
まずは、使いこなしてみないと……と思うのですけど……。
うーん、どうだろう(^0^;)。

ちなみに、下のブログを見て、つい、ポチッと押してしまいました。


© Takayuki Abe 2016