160618 日本国際理解教育学会(小西正雄先生と提案する社会科)

そういえば、この立場になって初の学会への参加だ。まぁ、参加と言ってもこの学会の学会員ではないし、発表者でもなくただ参加料を支払ってその場にいるだけなので、真剣勝負の参加ではないけれど。
これから、少しずつこういう機会も増えていくのだろう。自分の中で、本気で取り組んでいく方向性と学会とうまく結びついたところが見つかるといい。

学会員ではないにも関わらず、なぜ参加したかというと……、まぁ、本学が会場であったこと、そして広く言えば「社会科」の範囲内だからね、自分の興味関心からは大きく外れていないことが挙げられるが、一番は、自分の柱の一つである「提案する社会科」「出力型授業観」をわたしに根付かさせてくださった小西正雄先生(前鳴門教育大学、現関西福祉科学大学)がいらっしゃったからが一番大きい。遠く福島に住んでいた私、ずっと鳴門で研究をされたいた小西先生。お目にかかったことがあるのは2回だけ。にもかかわらず、こちらにいらっしゃると分かった段階で、小西先生はわたしにメールを送ってくださった。

わたしとしては、緊張しまくりである。

17年前、わたしは「提案する社会科」をモチーフとした修士論文を書いた。面識はなかったのだが、せっかくだからと(読んでもらえないかもしれないが)小西先生へ送った。「単に『提案する社会科』を焼き直ししただけの論文ですが、送ります」という旨の手紙を付けた。返事は「確かに、焼き直しだけだね」だった(笑)。
研究にものすごく真摯に向き合い、学生たちに厳しい(しかし、学生達に愛されている)、そういうイメージがある。

そんな中での、1日。いやぁ、緊張し、とても楽しかった。

シンポジウム。
上越教育大学附属中学校の取り組みの中で、独自に「アビリティ」ということを掲げて、(おおざっぱに言えば)所謂、汎用的能力を育もうとしているということを話し、それが身についたかどうかの「パフォーマンステスト」として考えている一例に、(これ、これから子どもたちへテストする内容なのかもしれないので、あえて具体的に書かないが)まさしく、「提案する社会科」が20年前以上に当たり前に言っていた「課題」を出していた。

その会場にいた、小西正雄先生とわたし。
吹き出すしかなかった。

そんなこと、20年前にやってるよって(大笑)。

まぁ、もちろんそれだけでなく、それまでのカリキュラムの組み立て方等いろいろとあるから、「そんなこと!!」などと言って上から目線で語るつもりは全くないが。

とにもかくにも、あの当時の小西先生(とその周りにいらっしゃった、研究者、そして学生さん)は、ものすごく「先を走りすぎた」のだろうと思う。当時、社会科系の学会に、論文を出そうとしても、「それは、社会科(系)のものではない」とキッパリと断れたときがあったそうだから。

じゃあ、今、「提案する社会科」は今の世の中に飲み込まれてしまったかというと、そんなことはない。詳しくは書かないが、未だに、たぶん多くの方がすんなりと受け入れてもらえないであろう「考え方」「仕組み」が「提案する社会科」「出力型授業観」にはある。

はたして、それは「先見性」なのか?それとも、単なる「常識外れ」なのか?わたしは、「先見性」と見たいのだが、これからそれを探っていくこともわたしがこれから歩んでいきたい道の一つではある。

小西先生とお目にかかることで、自分の根本を見つめる時間を持てた。感謝の一言である。

© Takayuki Abe 2016