20160830 「限りなく透明人間へ」ですって(10年前のわたし)

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今日も、1997年の自分の学級通信と格闘(というか対話)をしていました。
すると、こんな文章が……(^0^;)。
ちゃんと活字におこすとこんな感じ。

私の考える教師像

 私が考えている言葉のとおりに正確に伝わらないかもしれませんが、未来へ生きる子どもを育てると考えた場合、私は教師は「透明人間」になれるよう努力すべきだなぁと考えています。
 もう少し、簡単に説明すれば、「教師がいなくても子ども達が活動できる」方向へ導きたいということです。この「活動」とは「教師が考えた活動」ではなく、「子どもたちが自分から考えた活動」を「自分たちで計画」し「自分たちで行う」ように導きたいと考えています。
 それでは、「教師はいらなくなるのではないか」ということになりますが、確かに、このような子ども達に成長すれば教師はいらなくなるでしょう。ただし、これは理想像ですから現実にはそこまで達成することはできません。これに達するように、または、達するまでに子ども達は「援助」や「支援」を要するわけで、そのために教師が必要であると考えています。あっ、これは声を大にして述べますが、いつもの「私の勝手な教師の理想像」です。

1997年というと、平成9年。わたしが教師になって9年目です。
翌年、わたしは福島大学の大学院へ2年間学びに行くことになります。

わたしが、『学び合い』に出会うのは、2005年前後ですから、それ以前にまぁ、あこがれとして似たようなことを形にならないまでも、なんとなくイメージしていたのだと思います。まぁ、それが具体化できなかっただけで……。

もちろん、わたしが教員になった頃(平成元年の頃)には、築地久子さんという子どもたちが自主的に学んでいく授業を構築している先生がいらしたので、そういうところにあこがれはあったと思うのですけどね……。

さて、今、教員9年目の阿部青年と対話をしているわけですけど、この頃の阿部青年は、本当に一生懸命に真摯に授業に子どもに保護者に対面していたことが分かります。

学級通信は保護者との「対話」の場でした。
「連絡帳」で保護者全員と文通のようなことをしていたのですが、保護者が書かれてきたことを学級通信で紹介し、意見交流(わたしの授業の批判、子どもへの接し方について)等々をしています。
読んでいて、心苦しくなりますが、わたしへの授業への「疑問」も敢えて、書き出し、自分の意見をそこに書き、そして、再び保護者の方にどう思うかを投げかけています。
なんか……がんばっていたんだね……阿部くん。

この頃のわたしの拠り所は以下の4つのようでした。

「アドラー心理学」。学級通信の中で、何度か、星一郎さんの本を中心にアドラーの考え方を紹介しています。

「仮説実験授業」。1年生と生活科を使って、「空気と水」や「もしも原子が見えたなら」の授業を楽しんでいる様子を書いています。また、「ものづくり」は毎週土曜日、必ずやっていました(あっ、当時、隔週土曜日休日だった時代です。上の学級通信の発行月日を見ても土曜日になっていますね。)。板倉聖宣先生の考え方が(今も)大好きです。

「落ちこぼれをなくす研究会」。習熟とかひらがな、カタカナ、漢字、計算の習得の考え方、方法を岸本裕史先生から学びました。すごく影響を受けていると思います。

「表現読み」これは、大久保忠利先生が進めた「一読総合法」からの流れだと思いますが、声に出して理解するということで、「表現読み」に力を入れていたことがわかります。

いろんなことをくぐり抜けて、今があるんですね。

で、今はここから、どこへ行けばいいんだろう……。


© Takayuki Abe 2016