20160907 授業アドバイス

昨夜、21時過ぎ。
パソコン画面に向かい、鈍くなった頭を使いながら文字を打ち続けていると……。
コンコンと研究室のドアの音。
こんな時間に?
しかも、わたしにはまだ研究生がいない。
「失礼します」
『はい。どうぞ。』
見ると、いつも世話になっている先生のゼミ生2人が立ってました。
「ちょっと質問したいことがあってきました。」
『はい。何でしょう?』
「今、学校支援プロジェクトで授業をしていて、明日もその授業を続けて行うのですけど、どう進めようかなって悩んでいて……。ちょっと先生のアドバイスをいただけないかなと思ってきました。」

「学校支援プロジェクト」というのが上越教育大学教職大学院の特徴の一つです。各ゼミごとにチームで上越市内(以外もあるけど)の学校に長期的に入って支援を行うわけです。院生は、自分で課題を持ち、学校の課題解決に取り組むと同時に自分の研究にも関わらせてもらうような、互いにWin-Winの関係づくりの中で「学んで」いきます。

院生の思い、そして、そちらの学校の担任の先生の思いなどを伺いながら、わたしなりに誠意を込めて話をしました。
ただし、「こうしたらいいよ」「こうすべきだよ」ということは言わなかったんですよね。
院生達が、研究室を去ってから、果たしてこの対応は良かったのかどうか……。悩むわたしでした。
わたしが授業で何が楽しいかというのは、頭の中で自分の授業を構築できること、それを子どもと共に試すことができること。だから、命令調で「こうしなさい」と言われたくないと思うわけです。
ただ、これも人それぞれでしょうね。本当にわらを持つか向き持ちできたにもかかわらず、何の答えらしきものももらえなかったら、がっかりして帰るだろうし……。
もうちょっと、わたし自身、しっかりと考えていかなければなりません。

さて、翌日(つまり、今日)の夕方、昨夜の学生さん達がわざわざわたしの研究室へ来てくださいました。
こういうところがしっかりしているのが上越教育大学の学生のすごいところ。
「先生、昨日はありがとうございました。」
『いえいえ。なんだか、わたし自身、もやもやしていてね。お二人の役に立ったかどうか、逆にむしゃくしゃさせてしまったんじゃないかと思ってさ。』

話を聞くと、当たり前ですけど、うまくいったこと、うまくいかなかったこと、いろいろとあったみたいです。
でもね、それが当たり前。
で、その自分の中で「うまくいった」「うまくいかなかった」と言語化できる部分を大切にしてほしいんです。
実感し、納得し、前に進む。

自分は、今日、生産的なこと、何一つしていないけれども、学生さんの話を聞いただけで、自分も一つ前に進めたような気持ちになりました。

© Takayuki Abe 2016