20160920 授業観の転換を!

今日は、福島県内での『学び合い』実践家、高橋尚幸さんのところへ行ってきました。

そこには、なんと、岩瀬直樹(東京学芸大学)先生もいらっしゃるという、スペシャルな時間。

高橋尚幸学級の『学び合い』の授業を関学もでき、岩瀬さんのPAの授業(低学年と、中学年)の授業を2本見て、最後に、岩瀬さんの職員研修の講座にも参加(&見学)。なんと、贅沢な1日だったのでしょう。

現場から、離れ、日々、現場感覚を失っていくわたしにとって、こうした「上質な」「先端の」現場に触れ続けることは自分の感覚を失わないようにするためにも大切です。

このお二人から感じたのは、やっぱり「日常」の大切さ。

そして、日々の教育活動をそこの「文化」にすること。派手な飛び込み授業で、その瞬間、子どもたちが変わったように見えても、それは、見えただけです(もちろん、そういう世界を知らない子どもたちにとって、あえて触れる機会を設けるということは大切かもしれません。しかし、そこから先がとてもとても大切)。

で、「文化」にしていく過程、なっていく過程って、とてもとても泥臭いことなんだと思います。

この泥臭さを、毎日続けていくためには、孤独ではなかなか難しいですよね。だからこそ、「泥くらいもの」であることを共有し、「泥臭さ」をはき出す空間も確保し、一緒に前に進める環境が大切になるわけです。その「場」が必要だし、大切だし、そこに力を入れていく必要があるんですよね。

どの現場に入ってもそうなんですが、こういうことがやりやすいのって、まず管理職がしっかりと理解してくださっていること、受容してくださっていることで、エンジンに拍車がかかります。今日、訪れたところも、すごくすてきな管理職の方でした。

p.s.
そうそう。
岩瀬さんからお聞きしたのですが、わたしが関わった学校で『学び合い』をはじめたそうです。先日、授業公開をし、なんと、(ここがすごい、そして、おもしろいところだと思うのですが)同学年3学級で『学び合い』授業をしたそうなんですけど、全て異なる『学び合い』授業のプランを考えて実行したそうです。
フフフ。いいなぁ。あっ、これ、異なっているからと言って別にケンカしているわけじゃないですよ。こういう異なりながら、つながっていけるというところ、すごいです。インターナショナルな考え方ですよね。
拍手を送りたいです。「揃えること」をしない。「揃ってなくていい」ということです。学級が、教師が、子どもたち個々人が異なるんですから、異なっていて当たり前!

ゴーゴー!!

© Takayuki Abe 2016