2017年1月

20170131 次のやりたいことへ

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さて、すこ〜し、今の仕事が一段落ついた(というか、現時点で次へ進めないため)ので、1ヶ月前から予定していた作業に取りかかりました。

それは、iPadの整理。研究のために、数台、購入してもらったのはいいのですが、なかなか箱から出せない状態だったのです。

こういうとき、わたしは、いい研究者になれないかもなぁ……と自分で思ってしまうのは、iPadのフィルムを貼るのに丁寧に時間をかけてしまうんですね(^0^;)。(ま、結果的には丁寧に貼っても気泡は入ってしまうのですけどf^_^;)。

結局、機械好きなんですよ。愛しちゃうんですよ。時には人間よりも……(^0^;)。

PCにのめり込んでいる人って、PCには詳しいかもしれないけれど、よい授業ができるかというと(一概に一般化できませんが)、詳しいがゆえに、愛しているがゆえに、こうしてほしいという思いが強いがゆえに、そういう感情とは全然関係のない授業者に通じないということはよくありますよね。
わたしはそうならないようにという思いで授業を考えようと思っている「つもり」ではありますが、あくまでも「つもり」なので、実は独りよがりのところ、多分にあるだろうなぁと思っています。

明日、学部ゼミ生が集まって、iPadを操作しながら、どんな授業だったら楽しく授業を受けられそうかというゼミを開催する予定なのです。
こちらで、準備しすぎは、学生さん達が考えなくなるのでよろしくない(というのは、京都での「明日の教室」で池田修さんや糸井登さんと話した内容と合致しますけど)とは思いますが、スムーズに操作には入れるように準備しておかなくちゃね。

集まったところで、もたもたすることほど、時間がもったいないことはないから。

そして、若い感覚を身近に感じながら、いよいよ、わたしのiPadを日常的に学習者に使ってもらう授業の構想を練っていきたいと思います。


20170130 ここ数日の編集作業も佳境!

月曜日。週の始まりも、最近はダラダラせずに少しずつ切り替えできるようになってきました。まぁ、昨日のエントリでわかるとおり、日曜日はクタクタだったので、単なる移動だけだったにもかかわらず、夜21時前には就寝。朝は7時近くまで寝ていたので、なんとか立ち直り、新鮮な気分で仕事。

ここ数日、がんばっている(つもり)の編集作業も佳境に入り、なんとなく自分のゴールが見えてきました。かかわっている皆様のご協力のおかげです。目に見えて、ゴールに近づいていくというのは気持ちの良いものですね。

あとは、どんな仕上がりになるか……です。ここでは、業者さんとの兼ね合い、かかわりがあります。プロにお任せです。

同時並行で、他のことができないわたしはこれをやりきると決めて、それを仕上げてから次へ行きます。これって、効率的ではないのでしょうかね。心のモヤモヤが残っていると次へ行けないのです。

ということで、明日(31日)はこれが終わったらやろうと思っていたことに進めるかな。どうかな。


20170129 いやぁ、意識放出でした(^0^;)

朝、大津駅目の前のホテルで目を覚まし、ホテル内で仮面ライダーを見た後にすぐに上越へ帰る支度。

約6時間近くかけて上越に戻ってきました。
帰りは、ずっとぼんやり……。

上越の家に着いても、ぼんやり……。

先週も今週も、週の半分を出歩くという……。
わたし、心も体も頭も体力がないのでなかなか厳しかったですね。
といいながらも、その行程行程で、新たな発見、気づき、そして、なんと言ってもその場所でしか味わえない人とのつながりを感じることができるので……これがなんといってもたまらない遠征の魅力なんですよね。

さて、少しは2,3月は地に足を付けた生活ができるかな……。

あっ、土曜日は自宅に帰ると同時に、地元で開催される西遊記講座に参加するんだっけ(^0^;)。まぁ、それも楽しみ\(^o^)/。

20170128 明日の教室へ

憧れと緊張の場所「明日の教室」に行ってきました。

ここの主催者池田修さんと、糸井登さんは、簡単に一言で説明できないくらいのチョ〜長く、深いつながり。

もちろん、このお二方の背中を見ながら進んできたわたしですから、このお二人を前にして話をするというのは、緊張以外の何者でもありません。(それでなくても、緊張するというのに)

まぁ、わたしなりにわたしなりの講座を進めましたが、どうだったでしょう……。
まだまだ感が強いので、もっともっと学び直しをしたいと思います。

みなさん、それぞれに忙しい時間があるにもかかわらず、お集まりくださり感謝したいです。

20170127 先端の実験授業の場面に遭遇する!

教育ネット

本日、東京。

いろいろと関わっていただいている「教育ネット」さんが、東京の小学校と協力して「実験的な授業」をされるというので、見学に行きました。

いやぁ、すごかった。

教育ネットさんの主戦場は「情報モラル」。

単に教材を開発するだけではなく、この分野で、アクティブ・ラーニングや協同学習など、学習者主体の授業を構想して、実際に現場におろしているのが素晴らしいといつも思っています。

今回は、小学校さんの雰囲気も素晴らしく、現場の先生と外部の関係者が上手に関わり合うという構図も目の前で見せていただきました。
こうした貴重な場を体験させてもらっているのだから、自分の活動に生かさなければと思います。

20170126 リーダーシップ

トランプ大統領が、次々と自らの公約を実現させる大統領令を実行しています。

アメリカの法律に則り、誕生した大統領です。
メディアでは、アメリカの混乱を日々、メディアは報道していますが、公約を実現させようとしている姿は立派と言えば立派です。

例えば、日本で民主党が政権を取ったとき、民主党に投票した多くの人たちはそれを実現してくれることを望んだはずです。しかし、その多くは、実現されずに終わりました。もちろん、反対する人がいて、うまく実現できなかったのだと思います。
でも、あの時に、どの政権を戦況で選んだとしても、何も変わらないということを実感したわたしたちがいたのではないでしょうか。

という意味では、口に出したことを実行しようとしているトランプ大統領はそういう意味ではしっかりと自分の責任を果たしているのだと思います。

内容は……本当に、それでいいのか?という疑問ばかりですけどね。

総理大臣になんてなるはずはないけれど、学校の経営、学級経営をはじめ、自分の大学内の仕事等々、様々なところで「リーダーシップ」を考える機会、実際に自分がリーダーシップをとらねばならないとき、そして、リーダーをフォローするフォロアーシップ等々、考えていきたいなぁと思います。

わたしは、ずいぶん前から、サーバント型リーダーシップを支持しているのですが、まだ、それに関しても表層的な理解です。
この部分についても学んでいきたいです。


20170125 パッケージ

先週も、今週も、後半、大学を出ての仕事です。
まだまだ慣れないのが、数日間出るときの「持ち物」の整理。
その都度、そういうことを考えて、整理するという人はしっかりできるのでしょうけど、そういうことを得意じゃないんですよね。わたし……。

ウーム。


20170124 PagesのWordへの再現力が増していることにビックリ!

わたしは、文章を書くときに、大きく3つのソフトを使い分けている。(アイデアを練るとか、メモをとるとか、文章をデータベース的に保存するとか、講義・講座の記録をとるというときはまたこの3つとは別のソフトを使っているけど)

「Pages」「MSWord」「Mi」である。

Pagesは、Mac用のワープロソフト。iPhone、iPadにもあるのでわかる人も増えてきているのかな。わたしは、iPhone、iPadが登場する以前から、それなりに使ってきた。
最近は、DTPなど構えた文章を作成する機会が減ったけれども、ちょっとしたレイアウトを工夫した文章を作りたいときは、自由度が高くてものすごく便利。ホント言えば、長文を書くにしてもWordなんかよりも書きやすいので、これは絶対に誰とも共有しないであろうという文書はPagesで書きたいくらい。実際に、小学校現場にいて、年に1回、自分の実践を実践論文としてまとめていたけれど、このときはPagesを使っていた。
今回、大学の「編集」の仕事をするのに、ちょっと凝ったつくりをしたくてPagesで作成。なかなか満足して、あとはこれをpdfにして提出すればいいやと思ったら、Word等のOfficeソフトのファイルで提出してくれたらうれしいという話。まぁ、一般的にそうだよね。
だから、一応、Pagesで作成したものをpdfに保存し、PagesのファイルをWordに変換してみた。その後、ずいぶんと崩れているのだろうなと思ってWordで開いてみたら、おおっと、90%のレイアウト維持率。これは、思ったよりも今後使えるかもしれない。
Pages最大の欠点は、縦書きができないこと。
見出しだけ縦書きというのは、わたしはちょっとした裏技で行っているので十分に対応できるのだけど、縦書きで長文となるともう無理。Appleさん、縦書き対応……してくれないだろうなぁ。

Wordは言わずもしれた、文章作成ソフトのスタンダード。
一般の仕事文書はこれで作成する。
まぁ、このソフトで文章を書いていて楽しさは感じないんだけどね。
これ、なんだか不思議。
同じことをしていても、Windowsパソコンで仕事をすると楽しさを感じないのに、Macですると(例え同じ事でも)楽しく感じるんだよね、これ、Wordもそう。Pagesで文章を書いているときの楽しさは、Wordでは味わえない。

そして、とにかく、黙々とテキスト(文章)を打ち込めばいいときはテキストエディター。いろいろと使ってきたけど、今はどんどん簡素化していって、「Mi」(かつて耳かきエディットといわれていたもの)に収まっている。
Macは、Windowsよりも、フォントのクセを残したままのソフトが多いので、余計なテキスト情報をぬぐい去ってしまうのにも、テキストエディタは役に立つ。

ということで、今日はまた仕事に戻るわたし。

20170123 人生は選択なのだ!

休日明け1日目。休みぼけしがちのわたしだけど、集中して取り組めた。
これ、平野美宇選手効果かなぁ。
そんなに長く続かないとは思うが、あの卓球にかける覚悟にものすごく影響を受けた。わたしだったら、当たり前だけど、目の前の仕事が向かっていくそれだ。
やるべきこと、やらなければならないこと、やりたいこと、やっていく。

ということで、またしても、平野美宇選手。

昨日の、NHKサンディスポーツに生出演するというので、上越の家にはテレビがないのだけどなんとか見られる環境にして見た。

すごすぎ!と思ったのは、
「スポーツ選手は、勝敗が全てなので、もう好感度はどうでもいいと思った。考えたこと感じたことを口にしていく」(ちなみに、わたしが聞いた印象なので、そのまま正確ではありません。たぶん)
というところだ。
16歳という年齢で、そこまでの覚悟を決めたというのがものすごい。
わたしなんて、この歳になっても、というか、歳を重ねるごとに周囲がわたしに対してどんな噂をしているかとかイチイチ気にしてしまう感じになっている。

そして、家族が目の前にきているにもかかわらず(もしかして、だからかもしれないけど)家族と離れて過ごすことを寂しくないと言ったことだ。そして、卓球にかけるのであれば、それは当たり前と言い切ったことがものすごい。

何かを選ぶと言うことは、何かを捨てること。

わたしは、家族と一緒にいることを捨てきれないよなぁ。
もちろん、平凡が下で、平野美宇選手のような生き方が上ということはないと思う。自分の人生の価値は、自分が決めるのだ。

「今」を生きていて、「今が幸せ」「今が充実している」と思ったら、それが正しい。

20170122 人生を思うがままにしたその時

本日の平野美宇選手にはびっくらこいた。
昨日のエントリ「20170121 人生は思い通りに行かない、だから……」となんだか、自分でもわからない形でリンクするけど……。

昨日の時点で、このような幕切れになるとは……想像も付かなかった。
とにかく、石川佳純選手を圧倒した試合であった。

−−−以下は、わたしの勝手な想像、思いであることを強調しておく−−−

平野美宇選手がこのように「強く」なったのを感じさせたのは、たぶん、昨年のこの大会で2位になったとき。
(昨年の大会で2位になったとはいえ、その前にオリンピック代表は決められてしまっていた)
その前も、その年代にしては強い選手であったが、世界選手権代表にしてもらって中国選手と戦ったときなど、なんとなく代表にしてもらっただけという感じでどう見ても勝つ雰囲気は皆無だった。

しかし、昨年のこの大会で伊藤美誠選手を圧倒して勝った試合で伊藤選手に「中国選手と戦っていたみたいだった」と言わしめるほど攻撃的になった。

ボールの打球点を前に置き、とにかく前へ前へ攻撃するようになったのはわたしのような素人から見ても明らかだった。
しかし、「前に」というのは簡単で、後ろに下がらない、前で打つということはそれだけ速い段階でボールに触ることがひつようになるわけで、めちゃくちゃたいへんなこと、努力が必要だと思う。

錦織選手が、今の世界ランクをキープしているのも、他の選手よりも前でプレーしているからと聞いたことがある。

それに、加えて、「気持ち」であろう。
平野選手は、この大会に入ってから「優勝したい」と公言していた。
オリンピック組ではない平野選手だからこそ、石川選手を本気で倒そうと思うことができたのか。

例えば、男子を見ると、どれだけの人間が本気で水谷選手を倒すと思っていたことだろう。決勝で戦った「吉村選手も、がんばる、勝ちたい」というようなことを語っていたが、明確に倒す、勝つ!という言葉は聞かなかった。

この本気度が、平野美宇選手だけが違うものを持っていたと言うことが言えるのではないか。

これがまぐれだったのか、勢いだけだったのか、これからが本当の本番である。今後、石川選手と戦って再び勝つことがあれば本物だろう。
ただ、また立場が代わるわけだ。
追う立場の方が、後先のことを考えなくてよいから勢いで戦える。
「守る」心が芽生えたとき、どうなるか。

現に、世界ジュニア選手権では、皆、平野美宇選手を倒そうと向かってきて、結局力を出せずに調子を落とした。

女子選手の中では、石川選手だけが頭一つ飛び抜けているように見えたが、今や本当に本当に群雄割拠の時代に入った。これからが楽しみだ。

さて、男子……。
水谷選手の一人勝ち状態は続く……。

平野選手からの学び。
目標を明確に持ち、
達成するための方策を練り、
しっかりやり遂げること
その際、臨機応変も忘れない
そして、根底に強い思いを持つ。

そしてそして、よい経験も残念な経験もしっかり次へと生かすこと。
これがポイントである。

20170121 人生は思い通りに行かない、だから……

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卓球が好きだった。
でも、あんな小さいボールを追うスポーツ。
「やる」ものであって、「見る」ものではないと思っていた。
しかし、2011年3月11日におきた東日本大震災の復興支援として日本卓球協会は福島県に住む卓球愛好少年少女をその年の全日本卓球選手権に招待してくれた。
その時、偶然にもわたしも参加。見て、大感激して帰ってきた。
それからだ。卓球観戦にはまっているのは。

今年、見られる機会があって、2011年以来の全日本卓球選手権を見に来ている。

試合だから、「勝敗」が決まる。
それを見て、わたしが感じることは
「人生は、いかにノッテいるときであっても、自分の思う通りにはいかないものだ」
である。

オリンピック銅メダリストになった丹羽選手、吉村選手、伊藤美誠選手が早々と姿を消した。彼らはオリンピックから帰ってきて、言わば、上げ潮に乗っていたハズである。ここで、優勝、もしくはそれに準ずる順位であれば、また、次の揚々たるステージが待っていたかもしれない。

同様に、世界ジュニアを制した張本選手、今年5月に開催する世界卓球の代表になった松平健太選手……と再注目されるきっかけになれたはずである。しかも、自分たちも「今年はイケル!」と思っていたところも多いのではないだろうか。
しかし……人生は、思うとおりに行かないものだ。

数年前、錦織選手が全米オープンの決勝に残ったとき、自分の人生を自由に上手にコントロールしていると思ったものだ。神様が何か見えない手で誘導してくれているのではないかと。準決勝で世界一位のジョコビッチ選手を倒した錦織選手はもう優勝するものと思っていた。
しかし……そうはならなかった。

オリンピック、3位決定戦に臨んだ福原愛選手。勝利まであと一歩というところで、最後は失点を続けて負けてしまった。あの試合を見ている途中、神様が今までの福原選手の努力や境遇を見続けていて、「お疲れ様」という形で福原選手に銅メダルとプレゼントしてくれるのだと思っていた。しかし、そうならなかった。

人生って、自分の思う通りにならない。

当たり前だけど、そういう事実をスポーツは見せてくれる。
まぁ、それが頻繁にあるスポーツとないスポーツがあるのだろうけど。
最近、卓球を見続けて、卓球はある程度のレベルの試合になると、誰が勝っても負けても不思議じゃなくなるのだということがわかった。
単に5点差があっても、逆転したり逆転されたりする。

まさに
100mを全力疾走をしながら、チェスをするスポーツ
である。
ボールの「速さ」「回転」「コース」を組み合わせて、頭と体を使って相手とやりとりする。
一球一球見ていて、「次、こうきたかぁ……」と思ってしまう。

そんな、何が起こっても不思議じゃない中、
「全日本卓球選手権」
においては、水谷隼選手と石川佳純選手は毎年勝ち続けている。

この二人を倒す権利を得るのはだれか?
男子で言えば、吉村真晴選手の弟「吉村和宏選手」か?、年長者でペンホルダードライブの星「吉田海偉選手」か?
女子で言えば、ワールドカップを日本女子で初めて制した平野美宇選手か?
ここで、自分の人生を思い通りにする選手は誰なのだろうか。

20170120 ICT教育最前線!

わたしの研究の柱の一つにしたいと考えているICT教育。
しかし、わたしの頭の中にある情報は5年くらいまでストップしています。特に変化がめまぐるしいICT教育にとって、5年間の更新ストップは非常にまずい。

ということで、今日は、自分のICT教育情報、感覚をアップデートしに来ました。
どこへ?
東京の聖学院小学校へ。

聖学院小学校は、池内清氏を中心に最先端のICT教育を展開しています。
例えば、最近では続けて2つの記事が公表されていました。

ということで、朝から晩(というか退勤時刻)まで、お邪魔させてもらいました。

例えば、池内清先生の「MetaMoJiClassRoom」を思考ツールとして活用した「社会科授業」。授業内容は、「提案する社会科」を彷彿させるもので、個人の思考と協働的な思考をうまく組み合わせていました。これらの接着剤として「MetaMoJiClassRoom」をスムーズに使っている様は、さすがと思いました。一人1iPadを実現させて、いつでも自由にiPadが使えるようになっている強みと、せっかくそういう環境なのだから積極的に活用していくのが当然という教員の感覚が合致した姿です。

例えば、田村一秋先生、濱住聖史先生の小学1年生のiPadを使った授業。図工と国語で見せていただきました。偶然か意図的かこの二人の授業が連動していて(対象としている1年生は同じ子どもたち)、スムーズに授業ができるように設計されていました。さすがです。
1年生は、iPad授業の入門期と言うことで、カメラ機能をうまく使った授業。1年生と言わず、iPadを使った授業、ICT活用授業の最初の一歩として参考になると思いました。

例えば、プログラミング教育。クラブ活動ですでに「プログラミング教育」を意識したクラブが設立してあって、池内清先生、田村一秋先生が進めていました。使用アプリは「Scratch」「ピョンキー」。わたしも少し子どもになって参加。参加しやすい状況をデザインしていました。

当たり前ですけど、「授業」があって、「ICT活用授業(iPad活用授業)」があり、iPadだからこそできる授業を構築している、構築していく最中とのこと。
これからも、いろいろと互いに情報を交換しあい、互いにアップデートしていきたいです。

もう一つ。
池内清先生、田村一秋先生は共に、「授業づくりネットワーク」の初期からの友人。わたしは、すでに活躍していた池内先生、田村先生の背中を見て育ってきました。
特に池内先生には、レポート検討会でわたしが持参するレポートを厳しく検討していただき、貴重なアドバイスをいただいてきました。

そんな池内先生の授業。
実は、15年くらい前にやはり聖学院小学校を訪問して、池内先生の授業を参観しています。今の自分、今の池内先生を重ねて、池内先生の「授業」を興味深く参観しました。
小学校ディベート授業、作文授業の第一人者としての池内先生はわたしの中ではキチッキチッと授業をしているイメージがあったのですが、まあ、「ゆるい」授業を展開。生意気にも「ほほうぅぅ……」と思いました。
たぶん、わたしもそうでしたが、歳を重ねるごとに段々、隅々まで管理することに「飽き」や「面倒」さが来て、緩くなっていくのも一つ。あとは、今の世の中、子どもたちの様子をしっかり見ていれば分かるのですが、子どもたちと「対話的に」接していかなければ、学校生活が成立していかなくなっているのが一つ。だから、この「対話的」というのが見る人によっては「ゆるく」見えるときがあります。
これ、石巻の佐々木潤先生の教室にも似た感じがあります。

日常を緩やかに穏やかに生きる。その中に、授業を乗せる。
そんな感じでしょうか。
これからも、学び続けます。

20170119 君はDTPを知っているか?

今週前半は研究室にこもっての仕事。
後半は東京へ出てきての仕事。
環境が変わるのはいい。

今日は、東京に来ている中で、大学の仕事の一部「編集」に関わっての打合せで秋葉原の真ん中に久しぶりに出かけた。この街に来るのは本当に久しぶりで、筑波の研修センターに3週間の長期研修に来ていたとき、そこで知り合った友と「つくばエキスプレス」を使って買い物に来て以来だから8年ぶりくらいだ。
そういえば、あの頃はまだiPhoneは使っていないで、「EM・ONE」という小型PDA端末を使っていたことをふと思い出す。
秋葉原のど真ん中、日本の中でも特異な場所を歩いていると、50を過ぎたおっさんは(もともとドギマギしやすいので)妙に緊張する。ハハハ(^0^;)。

さて、仕事。

「編集」「紙面デザイン」といえば、DTPだ。
本当にずっと前、Windowsがやっと市販され実用的に使えるようになったのは、Windows3.1だと思うが、わたしはその一つ前、Windows3.0の頃からWindowsを使い出した。
しかも、このWindowsを入れた機会は、NECの98互換機を出していた、エプソンの機械。たぶんWindows3.0を入れることができるギリギリの環境だったのではなかろうか。
そこに、入れた第一のソフトは、DTP(デスクトップパブリッシング)ソフトであった。

このDTPというのは、MS-WORDのようなワープロ(ワードプロセッッサー)ソフトとは違い、もっと自由度が高く、図や表、その他を自由に構成、配置、デザインできる。
たぶん、画面、見たままに印刷できるようになったWindowsにとって花形ソフトであったろう。

当時は、PageMakerなど10万円に近いソフトが一般向けに売られていて、わたしも買った。なんだか、(今もそうだけど)一人最先端を行っているような気がして、一人興奮していたなぁ。
新卒3年目(平成3年)で地区の社会科資料集を作成する委員に指名されるんだけど、取材した内容をこのDTPソフトで構成して喜々として持っていったことを思い出す。

もっとさかのぼって、大学時代。
自分の人生のほとんどを「演劇」に捧げていた頃。
わたしは、役者を希望すると共に、裏方では「制作」を自ら担当した。
ここでは、いくつかの仕事がある中で、チケット、パンフレット、ポスターのデザインを考えて、作成するという仕事があって、ここに没頭した。
外部に発注でなくて、自分でつくりたくなっちゃうんだよね。

でも……、自分に対しての但し書きがあって、わたしはデジタル人間なので、0か1の関わり方しかできないんです。
「任せる」のなら自分に全て任せてほしいという考え。
ここなんだよなぁ。
うまく、折り合いを付けること、他者のいろいろと受け入れることがうまくできない。こういうところが、他者から見るとへそ曲がりにみえるときがあって。
つまり、自分が喜々としてそういう「デザイン」や「編集」作業に取り組んでいたとして、他者が「そこはそうじゃなくて、こういう考え方があるんじゃない?」「こういう方法もあるからそういうのを取り入れたらいいよ」となったときに、勝手に自分の鼻がへし折られたと感じて、「あっそ、じゃ、いいよ。わたし、下りるから。勝手にやってちょ」となるんだよね。
大学時代、「制作」担当の時は、そういう自分を周りが分かってくれていて、全てわたしに任すということをしてくれたから、わたしの中では自己満足できていたわけ。でも、これは他者の考えを取り入れていないので、「デザイン」「編集」は独りよがりだったわけで、完成度や見た目が「わたし」の域を超えていないんだよね。「自分一人で完成させた」という満足度が高いだけのなんの発展もないわけなんだよなぁ……。

まぁ、「編集」と「デザイン」に関する仕事、打合せというのを久しぶりに行って、ホント、自分の片隅にあった記憶、経験がふと蘇ってきてしまったのでこんな(いつものような)自己満足、自己開放の文章を書いてしまったf^_^;。

コラボレーション、協働……。
これ、大切。これ、できないとこの世の中、うまく生きていけないと思う。

しっかりできる人間になりたい。
早く人間になりた〜い(^0^;)。

20170118 ダメだ頭が思考停止状態

とにかく、自分の頭の中で追い詰めて仕事をし続けたので、もう、この時間で思考停止状態です。

今日のところは終わっておきます。

「やらねばならないこと」「やるべきこと」が自分自身に迫ってきているとき、集中して仕事できますね。
でも、脳に心臓に自分を追い込んで仕事をするので、なんだか、誰かに覆い被さられているような気分になります。

仕事をしていると言っても、論文を書いたり、研究計画をするというものではなくて、大学内の来年度に向けた校務処理です。
もちろん、やらねばならない仕事なのはわかっているけれど、自分の成果としてイマイチ繋がらないであろうことが残念ではあります。

ただ、残念ながら、こういう「事務的な仕事」嫌いではないのですよね。
まぁ、結局は配分なのでしょうけど、こういう仕事に追い立てられて必死になって仕事をしている自分を、自分が見て、がんばっているなぁ自分と思うときがあります。

もう、ホントにダメ。
ここで終わります。
今週後半に向けては、また、いろいろと自分の中で楽しみ、そして、将来の研究に繋がるいろいろな出来事がある日。
になるはず。

積極的にゴー!!だ。


20170117 学修成果発表会!お疲れ様でした!

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今日は、本学教職大学院の「学修成果発表会」でした。
2年間(1年制プログラムの方は1年間)の成果を発表するときです。
みなさん、自分の2年間の成果を胸張って、堂々と発表している姿が印象的でした。

この2年間、誰もが充実していたのでしょうね。
すてきだなぁと思います。

わたしは、まだ院生を持たないので、副査(主査に対しての副査ね)として参加しました。担当した11名に対して、彼らの発表後、積極的に質問をして、発表者の成果を掘り下げる役割です。

その瞬間にプレゼンを見て、これとこれとこれというように、該当箇所を見つけて、周りの聞き手にもなるほどなぁという質問をするのは、至難の業です。特に、わたしのような、脳の瞬発力、即応力、が欠けている人間にとっては。めちゃくちゃ難儀でした。

しかも、発表後半、水落研究室の院生の爆弾が飛んできました。わたしが話し始めたときに、院生のiPhoneから「言っている意味がわかりません、もう一度お願いします(あれ?正確にはiPhoneってどんなセリフを言うんでしたっけ?)」と注意されて、iPhoneに向かって、「言っている意味が分からなくて、どうもスミマセン」と謝る場面をつくってしまいました。
(ま、いつも笑いがとれないのに、iPhoneのおかげで、一つ笑いが取れたからいいか。水落研究室のMさん。ありがとう)

ちょっと、重荷が取れました。
さて、次の仕事。

20170116 一人か集団か

人間は社会的動物だし、弱い動物だから、生きていく上で他者と関わったり、協力したりしていかなければ生きていけません。それは、この世の人間のたぶんほぼ全員が賛成してくれることと思います。

しかし、関わり方、コミュニケーションの取り方や関係、距離感といったものは千差万別なので、ここでいろいろとトラブルやよき思い出や苦い思い出、苦しさ喜び等が発生するのでしょう。

おおざっぱに分ければ、普段は個人で過ごして自分の都合の良いとき(欲求があるとき)に他者と関わることが心地よいと感じる人と、普段は他者と一緒に過ごすことが心地よく、たま〜に一人になりたくなる人とに分けられるように思います。(もちろん、極端を描いているのでその間、グラデュエーションはあると思います)

ちなみに、わたしは、圧倒的に「普段は一人でいるのを好み、都合の良いときだけ他者とかかわるでいい」人間です。
これって、基本、自己中心的でわがままなんだと思ってはいます。
だから、よけい、人と関わるとき、とってもエネルギーを要します。
「たぶん、他者は自分を都合の良い、わがままな人間と思っているに違いない。でも、今は他者と関わりたい、コミュニケーションの輪に入れてもらいたい。こんなときだけなんだと言われるだろうな」
と思いながら、「あの〜ちょっといいですか。」と言って輪に入れてもらったり、別にそのエネルギーを使わなくてもいいから、「やっぱ一人でいよ」となるわけです。もともと、一人でいるのが心地よい人なのでこれはこれで全然気になりません。

こういう人間にとって、修学旅行とか遠足とかは苦痛の種でした。

だって、必ず班をつくって、班行動をとらなくちゃいけないですからね。
「何時から何時まで、自由行動ね。一人でいろいろと巡ってもいいけど、何時までに必ず戻ってきてね」
と言ってもらえたらなんと気が楽だったことか。
(といいながら、わたしが指導者だったとき、こういう言い方はできませんでしたけど。学校が世間が許しませんよね。危機管理として)

わたしが、とった手段は班決めをしているみんなの輪の外で、ニコニコ(といおうより、ニタニタかな)しながら結果を見ている人。
幸い、わたしは、人と深く関わろうとしない代わりに嫌いな人間というのも存在しなかったので(結局、みんなから嫌われているであろう人が隣に来ても、嫌がりはしませんが話をしないだけなので)残った人間と班を構成するだけでした。
(たぶん)担任の先生も重宝したと思います。それなりにまじめで勉強ができる人間(わたし)が、学級のあまった人たちを受け入れるような形で班を作ってくれるから。

あれ?あれれ?

最初書こうとしていた内容と全然違う内容になってきてしまいました。
ここまで書いて消そうと思ったのですが、まぁ、今の心の内が出てきた文章なのだと思って、おもしろいから消さないで、このままアップすることにします。

このように、なんだかんだいって、「コミュニケーション」「関わり方」にいまだもっていろいろと抱え込んでいるのが自分なんですね。面倒くさい奴だ。
また、いろいろとここに書いていきます。
単なる、自己開放、自己発散、だね。

最近、カウンセリング系やアドラー心理学のセミナー等に出かけていないなぁ……。これは、そろそろ、再び、そういう研修を体が頭が求めていると言うことなんだろうか。
ちょっと、考えてみよう。

20170115 上越の雪はともかく、それ以外の……

上越市に一定量の雪が降った。
まぁ、それなりに降ったけど、福島に住んでいたわたしでも「このくらいはあるわなぁ」という感覚なので、(たぶん)上越の人にはふつうの雪なのだろう。あっ、昨年はあまりにも少なかったらしいから、南方から、上越に昨年から来た方には驚きかもしれないけれど。
それであっても、東北の人間なら、まぁ、普通という感じだ。

雪はともかくとして(もちろん、降らない方がいいのだけど)、わたしがこちらに来て驚いている上越独特の天候がある。

第一に、朝に大きな雷がなること。冬に大きな雷が鳴ること。
これには、なんだかビックリ。
雷は福島の人間にとって、夏の風物詩だ。
どうも、上越の人たちにとっては冬の風物詩らしい。
しかも、朝になる雷というのはほとんど経験がない。
近いところでなるんだよね。これが。

第二に、天候がころころ変わる。
「女心と秋の空」
ではなく
「女心と上越の空」
である。
朝、青空だなぁと思ってニコニコして通勤すると、30分後、土砂降り、とか、雪!なんてことがよくある。
そして、また、やんで太陽が出てくるときもある。
その後、大風になり、また大雨……とかね。
もう、何が何だからわからない天気なのである。

第三に、風が強く、風が舞う。
とにかく、強い風が日常的に吹く。そして、その風が舞う。
困ったことに、雨や雪が降っているときに、風が吹く。しかも舞う。
だいたい、風って、一方向からふいてくるものではないのか。
福島ではそうだった。
だから、風が強くても、一方向に傘を向ければ、まぁ、だいたい間に合ったというか、それなりに対応できたものだ。
しかし、上越の風は強く舞ながら、雨や雪を降らす。
たまったものではない。
体中が、雨や雪だらけ。
傘が、逆さ状態になる。
これ、子どもがふざけてやるか、ドラマやマンガで見るかしたことないのだが、まさか、自分が日常生活で真面目に歩行しているときになってしまうとは……赤面状態だった。

まぁ、慣れていくしかないのだ。
ここが、わたしの生きる場所と決めたから。

20170114 共通一次テストの思い出

共通一次テスト(とわたしの頃は言っていた)には、「苦い(香りの)思い出」がある。

わたしは、高三時代全く勉強をしなかったので、一浪しており、2回共通一次テストを受けている。

なななななんと、2回とも(つまり、2年連続して)、試験の最中にお腹が痛くなり(というかゆるくなり)、トイレに駆け込んだ(もちろん、監督者が付き添って)。まぁ、生理現象なので仕方ないと言えば仕方ないのだが、監督者が待っているトイレで用を足すというのはなかなか恥ずかしいものだ。

この頃から、小心者の自分は治っていない。というか、治らずに歳を重ねてしまった。

緊張すると、お腹が緩くなり、トイレに駆け込むことを知っていた母は、試験日の朝、「これを持って行きな」といって、ティッシュにくるんだ2,3粒の正露丸をわたしにわたしてくれた。

当時のわたしのお守りは正露丸。

緊張したとき等、自分の意思で事情をコントロールできないときは、正露丸の香りを嗅ぐことで、緊張を解きほぐしていた。
試験当時、ポケットに入れていた正露丸。休憩事に、臭いを嗅いでいたっけ(^0^;)。たぶん、となりの人、いやだったろうなぁ。わたしが原因で成績が悪かったということになっていなければいいけれど。

そんな、30年以上昔の思い出。

雪の中、試験、お疲れ様。自分の実力は出し切れましたか?
明日もありますね。とにかく、明日に向けてゴーッ!です。


20170113 集中と偏頭痛

わたしは単純だから、ちょっとしたルーティンができあがるとそれに乗っかることはできるみたいです。昨日、長時間集中するという波に乗れたからか、今日もその延長で、1日、集中して仕事をし続けることができました。

まぁ、集中して仕事をするにも内容にもよるのでしょうけどね。たぶん、昨日今日と集中して取り組める仕事内容だったからです。

ただ、副作用が早くも出てきて、眉間の奥が重くなると言うか、俗に言う偏頭痛の症状が出てきました。うーん。
集中してあることをし続けると、なんというのでしょうか、心臓の奥が圧迫されるような感じがして、動悸息切れが激しくなります。
別に集中したからと言って、そんな状態になる必要ないのにね。これって、自分の性格なのかなぁ。性分なのかなぁ。どうなんでしょうか。

こういう病的な感覚から解放されたいです。

何はともあれ、集中できた、やることはやれた(ような気がする)というところで、今日は閉店ガラガラ。

読書へ移行!!

20170112 こんなに長い時間集中したのは久しぶり

MS-DOS(シングルタスク)なわたしは、いくつか仕事がある中で、今日、宅配便で送らなければ締切に間に合わないという仕事をとにかく「する」ということを心に決めて、昼食時間以外は研究室にこもって進めました。こんなに長い時間集中して仕事をしたのは久しぶりです。まだ、こんな集中力があったのかぁ。といってもギリギリまでできない自分が情けないですけどね。

(思えば、機能は、Windows(マルチタスク)なことをした、または、しようとしたので、心と頭のイライラが収まりませんでした。あっ、学部生とのゼミと信念食事会以外のところでね)

なんとかクリア。

だから、今日は、夕食を食べたらすぐに帰って、就寝までの時間は「読書」で頭をほぐします。

様々な優先順位、価値観があるでしょうが、「仕事の質が低い」自分は締切を守る等々の「対応」「対面」だけはしっかりしようと心がけています(でも、自分が忘れているだけで、締切遅れとか何度かあるんだろうなぁ……。ごめんなさい)。

明日、やることを「確認」したので、今日のところ、あとは夕食を食べて帰るだけです。

一つ一つ、クリアする!

20170111 学部ゼミ新年1発目!&新年食事会!

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新年1回目の学部ゼミを行いました。年末に課題を2つ出しておきました。

  1. 君たちのことをよく知りたいから10分間自分プレゼンをつくってくること
  2. わたしの基本的な立ち位置と考え方を知ってほしいので、成功する『学び合い』シリーズの本3冊を読んで、感想を中心としたレポートをまとめてくること

それぞれに、自分の考えをしっかりまとめてきてくれて、わたしの方が学びになりました。「やるべきこと」をしっかりやってくる4人。いい感じです。

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そして、夜は新年食事会。(新年会ではありません)
4人中、2人がまだ20歳を越えていないということ、それほど積極的にお酒を飲みたいというということから、アルコール抜きの食事会(^0^)。

ぺちゃくちゃとおしゃべり。

そして、わたしが持っていったカードゲーム。岩瀬直樹さんから教えてもらってすぐに買った「犯人は踊る」。これ、正月に福島の実家でも盛り上がりました。

もう、学生さんとも大盛り上がり!!

時間があっという間に過ぎてしまいました。あーおもしろかった。
次のゼミもゲームの時間になりそうです。ははは(^0^;)。

そうそう。今日は、わたしの研究室を訪れてくださった方が、素敵な書き置きをしてくださいました。ふふふ。

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今日は、あれやこれやとやることが4つくらい並行して処理しなければならないときがあって、頭が混乱しましたが、学生さんと一緒に学ぶことで最後はいい感じに終えることができる1日になりそうです。

20170110 2月25日(土)は東京でお目にかかりましょう!「協働的な授業リフレクション研究会in東京」

昨日の京都「明日の教室」に続き、今日は東京での研究会のお知らせです。

「協働的な授業リフレクション研究会in東京」を2月25日(土)に、東京杉並区「シオン杉並」(東高円寺近く)で開催します。

詳細と申込はこくちーずをご覧ください。

わたしも講師として名前を連ねていますが、上條晴夫先生(東北福祉大学教授)を中心とした会です。どれだけの人が集まるかなぁと思っていたのですが、わたしたちが考えていた以上に需要があるようで、昨日、申込を開始したばかりなのにどんどん申込が増えています。

定員の増員はありません。会場の定員がもともと30名であることと同時に、リフレクションを互いに体験し感じ、考えてもらうのに、多数で開催することは難しいからです。

「打ち上げ花火」の研究会にしないためにも、たんなる冷やかしとか様子見での参加はやめていただきたいと思っています。真剣に「協働的な授業リフレクション」に興味がある方、必要としている方にお集まりいただきたいと思っています。

参加申し込みされた方の名前を見ると、初見の方が多いです。新たな関わりができそうでとても楽しみです。わくわくします。

以下、こくちーずの最初の文面部分を引用しておきます。
下の文章を読むと、若手教員や学生が申し込みにくい感じがしますが、先述したように「本気」であれば、若い方、学生さんも大歓迎です。

「協働的な授業リフレクション」の第1回研究会を東京で開催いたします。
アクティブ・ラーニングなど新しい授業観の必要性が高まっている今、授業を行った後の見方、考え方にもリニューアルが必要です。研究授業後の検討会や話し合いで、授業者も参加者も明日への意欲や考え方、授業技術の向上につながるような環境設定について一緒に考えてみませんか?
この会では短い実験授業を参加者の皆さんと共有した後、上條晴夫先生がリフレクターになり「協働的な授業リフレクション」を体験していただきます。 
どなたでも参加可能ですが、このワークショップの必要性の高いのは大学の実務家教員、若手研究者教員、現場の研究主任、ミドルリーダーとして後進の指導に悩んでいる方、教育センターなどで若手教員の研修を行う方たちです。 

http://kokucheese.com/event/index/446345/

20170109 1月28日(土)は京都でお目にかかりましょう!「明日の教室 あべたか先生 社会科、ICT、『学び合い』」

2017年1月28日(土)。京都を訪問し、糸井登先生、池田修先生が主催する「明日の教室」で講座を開きます。

→申込はこちら(こくちーずへジャンプします)

全国各地の実践者、研究者を現場の人間がお招きして相互に学ぶ会というものは、わたしたちの「東北青年塾」などいくつかありますが、「明日の教室」はこの走りです。今ではあたりまえになっている「会」を糸井さん達はいち早く取り入れてきました。

遠い東北に住む私には、すごいことやっているなぁ。でも京都だから、行きたくても行く機会のないままだろうなぁ……と思っていました。

それが、なななんと、お招きいただくことに!!

たいしたことできませんが、その場にいらっしゃるみなさんと「学校教育」について共に考えることができたらうれしく思います。

糸井さん、池田さんは、わたしが平成元年に教員になった頃から、授業づくりネットワーク等で全国に向けて授業実践を発信していらっしゃいました。わたしは、この方々の背中を見て育ったと言っても過言ではありません。にもかかわらず、糸井さんはご自身のブログでわたしのことをものすごく持ち上げて紹介してくださっています。
とってもとっても、うれしくて、舞い上がってしまう書き方です。
赤面しまくりです。
お招きしてくださる、糸井さん、池田さんのお顔に泥を塗らないためにも、がんばらねばと思います。
(といいましても、本当に興味のある方だけいらっしゃってくださいね)

12月30日 1月の「明日の教室」はあべたかさん : 学校から新しい風を!

20170108 「信頼ベースの学級ファシリテーションin東京」終了!

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昨年に続いて、2回目のちょんせいこさんとの「信頼ベースの学級ファシリテーションin東京」でした。会場いっぱいの参加者。いつものように緊張(笑)。

午前9時から午後8時30分までという、なが〜い講座でしたが、結果は、終了後にこんなにたくさんのFacebook友達申請は初めてというくらいたくさんのメッセージをいただきました。そういう意味では、それなりの時間をみなさんと共有できたのかなと思います。

まぁ、当たり前ですけど、せいこさんという大きな太い道路を創ってくださる方がいて、その合間合間で、わたしがちょこんと、自分の考えや方法を提供したわけで、わたしがすごいわけではなく、せいこさんがすごいわけです。
そんなこと、みなさん知っていることでしょうから、あえて、ここに文字にする必要はないと思いますけどね。

加えて、環境や場の空気は、セミナー講師だけではなく、参加者から創られていくわけですから、今回、参加された方のすばらしさがあります。
だって、休憩を入れてはいますが、ほぼ12時間の長い講座。ほとんどの方が全日参加でした。ワークショップ中心の講座ですから、参加者が話し、関わり合い、活動するわけです。めちゃくちゃ、参加された方が疲れたと思います。脳がパンパンだったのではないでしょうか。
それでも、みなさん、ず〜っと笑顔で話し続けているわけで……(^_^)。

すごいなぁ。すてきだなぁと思いました。

一般的な言葉で結びますが、参加されたみなさんから元気をいただきました。

新年になり、やることいっぱいですが、一つ一つやっていきます。
みなさま、そして、せいこさん。
本当にありがとうございました。



20170107 「第15回臨床教科教育学セミナー2016」で発表

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本日、信州大学長野(教育)キャンパスにて「第15回臨床教科教育学セミナー2016」が開催されました。わたしは発表者としても参加してきました。正直、学会の発表はこれが初めてでした。小心者のわたしはチョー緊張。でもね、実は一昨日、上岡龍太郎さんのYoutubeの映像を見て、上岡さんがおっしゃっていることに納得し、びびりまくっていても、それを表に出さないように、(内容はどうあれ)堂々としているようにしようと心に決めたので、今日は、それなりの立ち居振る舞いができたかなと思っています。上岡龍太郎さん、(勝手に)感謝<m(__)m>。

「学会」って、あたりまえですけど、様々な学会があり、それぞれに求める学会に参加すればいいのだと思いますが、「臨床教科教育学会」という名称通り、現場に寄った学会なので、学校現場の方、実践者の方も参加しやすいと同時に「現場」に役立つ発表、情報が多いと思います。

数少ない「学会」参加のわたしですが、そう思います。

もちろん、「学会」の発表会ですので、「学会」としての作法は踏襲されるわけですけど。「学会」を通して「現場」のことを考えてみたいというときはこの学会はいい感じなんじゃないでしょうか。(現場感覚と離れた教育系の学会って、いろいろとあるでしょ?)

「授業づくりネットワーク」の集会が元気だった頃、毎回、「レポート発表(と吟味)」の時間がありました。自分の実践を発表し、全国の猛者からいろいろともまれるわけです。あの当時、本当に生き生きしていましたね(メチャクチャどきどきもしましたけど。何回、池内清さんや池田修さん、藤川大輔さんに深くつっここまれて、答えられなくて、固まっていたことか……(^0^;))。あの時は、法則化レポートも全盛期。各地で、現場の実践者達がレポートをもとに、いろいろと情報交換をしていました。

「学会」の作法に則らなければならないので、そこを納得できるかどうかですけど、「臨床」で交流したいと思って、「学会」の空気を吸ってみたい方。「臨床教科教育学会」はオススメです。

もちろん、わたしはわたしで、「授業づくりネットワーク」ではありませんが、「現場」の先生方が書きやすい、交流しやすい、「アクティブ・ラーニング時代」の実践論文の形式ってないかなぁというのも考えてみたいと思っています。

さて、明日は、ちょんせいこさんとのセミナー。
こちらも楽しみます。

(上の写真は、今朝、8時過ぎの上越から信州大学への途中、戸隠の近辺を通ったときの風景。-10度でビックリ。それでも、近年では温かい方なのでしょうね。植物に霜がキラキラはりついていてとってもきれいに見えました。決して、自動車から出ようとは思いませんでしたけど……(^0^;))

20170106 なんとかなんとか

とりあえず、今日めあてにしていた2つは終えました。
できはともかくとしてね。
こうして、自分で決めたことをとりあえず終わらせていくことが大切なんだと思うことにしよう。

もうちょっとワクワクする仕事をしたいんだけどなぁ……。

自分がワクワクするようにすればいいのかなぁ……。
自分ができること、自分でできることを考えよう。

20170105 初日にしてはがんばったかな

今年、本格的な仕事始め。
寝起きは、大変でした。のっそりと起きて、
「あ〜動きたくないなぁ……」
って、感じ。

のろのろと仕事を始めるも、次第に集中。
なんとか1日を乗り切りました。
というか、初日にしては、いつも集中が切れて、1日をふり返ると何をやっていたか分からないまま過ぎてしまうことが多い私にしては、なかなかがんばれたような気がします。

今年は、1日をうまくつかうことを考えたいと思っています。
仕事をするときは集中して行い、仕事をやめるときはキッパリとやめて別なこと(趣味や読書、その他)に1,2時間使うことにしたいと思うのです。

なんだか、24時間、研究し続けなければならないという囚われがあって(あっ、そう思っているだけで全然できていないのです。それどころか、だらだら生活して1時間さえ集中できずに1日をおえるなんてことが昨年は多々ありました)ちょっとでも別なこと(ビデオを見たり、漫画を読んだり)すると後ろめたい気持ちになることがあったのですが、ちゃんと仕事に集中する時間を高めることで、1,2時間は思いきり仕事を忘れてよい時間をつくるということにしたいと思います。

わたしは、アドラー心理学の学びができるヒューマンギルド(代表;岩井俊憲)の会員でもあるのですが、このニュースレターで代表の岩井さんの今年の巻頭言「2017年はイノベーションの都市」がなんだか心に残っています。これを心に今年一年は進もうと思いました。

岩井さんは、イノベーションを世に広めたシュンペーターの言葉を引用してます。

いくら郵便馬車を列ねても、それによって決して新しい鉄道を得ることはできない

基本的な発想は

「過去の延長線上に未来はない」「異質なものをどう取り込むか?」

だと受け止めることだといいます。

わたしの中で、ドキドキし続けていたって世界が変わるわけではないのに、本当にこの歳になって、この世の中はどうなるのだろう……と過程でも、地域でも、仕事場でも、そして日本でも世界でも、見ていてワクワクではないドキドキ(動悸ですね)が起こるのです。

自分の中で、もう少し冒険をして、面倒がるのをやめて、おもしろがっていろいろなものに取り組み、自分の中だけでもいいのでイノベーションをおこしたいですね。

さて。
明日は、これとこれをやると決めたので、今日は終わっておきます。
また、明日。

20170104 前を向いて生きる

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正月は例年以上に、仕事を忘れて休みました。だらけました。
わたしのことをよく言ってくださる方は、仕事のオンとオフの切り替えがうまいとか仕事も私生活もうまく使い分けているとか言ってくださいますが、そんなことはなくて(^0^;)、ただたんに、「休み」とか「遊び」とかになったとき、仕事のことを一切頭から切り離してしまう特徴があるというだけなのです。

ということで、本日休みをもらったので、明日から本格的に仕事の開始。
いよいよと思い始めて、またドキドキしてきました。

わたしは、大学教員としてまだまだ「仮」免許状態です。来年も、まだまだ「仮」免許。
この「仮」免許の状態で、どれだけしっかり「足元」と「少し先」を見つけていくことができるかどうか、考えていきます。

情報過多の世の中。有効な情報を入手しながらも、情報に振り回されずに「自分なり」の研究、実践、人との関わり方をしていきたいです。

数は少なくていい。「あべたかと仕事がしたい」と言ってもらえるように「自分」のぶれない考えを持ちたいです。
ずっとずっと、自分というものを持たないで、持てないで、来ましたから。まぁ、性格上、強く「コレコレ!」というのは今までもこれからもできないとは思いますが、わたしにコンタクトをとってくださった方とはしっかりつながっていきたいです。キーワードは「誠意」ですかね。

互いに「誠意」を交換しながら仕事をしたいです。しっかり、「積み上げて」いきたいです。

自分にそんなに能力がないことは知っているので、ちゃんと「やれる仕事」「できる仕事」だけを引き受けて、しっかりやること。ここですね。たまに、自分ってすごい人間と勘違いするときがあって、できないのに首を縦に振っているときがありますから。

ということで、明日のために、本日、早めに寝よう!!

© Takayuki Abe 2016