2017年2月

20170228 にぶいんかなぁ……やっぱり

本日、約束していたちょんせいこさんとのSkype会議

なんというかなぁ。お話ししているとせいこさんの聡明さと、自分の愚鈍さが明確になる感じがして、ちょっと自己嫌悪

自分の癖なのかな。それとも、面倒だからやろうとしないのかな。

会話をしていると、ある一定のところから深く入って考えないようにしているというか、そこから先に行かないようにしている自分に気付く。

しかし、せいこさんはそこを軽く乗り越えて、わたしの脳の奥に入ってくる。

せいこさんと話をすると、グドンと疲れる。
なんだか脳の奥、自分の恥部を覗かれたよう。

教育のこと、授業のこと、教室のこと、子どもたちのこと……。

いろいろと話していくと、表面的な理解にとどまって、わかったつもりになっている自分がいる。

なんだかなぁ。
今まで気付かなかったことを明らかにしてもらえるのはうれしいけれど、今までの自分は何だったのだと自分のにぶさに、がっかりする。

さて、「ねばならないこと」はなんとなく終わったかな。
でも、やるべきこと、やりたいことはたくさんある。
どこから、手を付けようか。
未知のわくわくを楽しもう。

20170227 明日の教室DVD。いよいよ発売開始らしいです!

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本日。いよいよ発売開始です。

語りはしどろもどろだし、特徴的な動きが映像を見ていると気になるし、一生懸命標準語で話をしようとしても福島弁なまりで聞きにくいし……

と、歴代のこのDVDシリーズの方々から比較するとレベルが落ちてしまっているのは否めません。

でも、でも……。

この内容を欲している人も全国の中に何人かいらっしゃるのではないかと思います。わたしは全国を渡り歩くことができないし、わたしを招くにもわたしには集客力がないので簡単にいろんなところへ行くことができません。
そんなときに、ぜひ、これを参考にしていただけるとありがたく思います。

第1回協働的な授業リフレクション研究会in東京」で実験授業をされたお一人は、秋(9月)にわたしが仙台で行った「上越教育大学教職大学院サテライト講座」に来てくださっていた方です。その時、初めてお目にかかったわけですけど、(その方が言うには)お世辞ではないと信じたいですが、わたしのこの日の講座をもとに、いろいろと授業を考え始めて、かつ、第1回協働的な授業リフレクション研究会in東京」の実験授業に子どもたちの自由度の高い、選択肢がたくさんある授業を持ってきました。
すごいなぁと話したら、もう、ニッコニコでした。

もちろん、わたしが話していること、伝えていることが、絶対の解ではありません。しかし、わたしがなんらかの前進するきっかけになれたらうれしいです。

お目にかかったことがある人も、まだお目にかからない人にも、何らかの役に立ちますように……。

20170226 熱中する、のめり込むという「時期」がある幸せ

昨日、「第1回協働的な授業リフレクション研究会in東京」を開催し、今年、6月で52歳を迎える老体は疲れてヘトヘトで起きてはいたけど、ぼんやりと1日を過ごす中、実験授業を担当した教職4年目の若者2人(映像が流れているからだれだかすぐに分かるね……笑)は、またまたいろんなことをしてたみたい。

研究会があった夜の懇親会。一人は、世界遺産を取り扱った社会科授業を実験授業で取り扱ったので、わたしはてっきり江良直紀著「社会科から楽しめる世界遺産」(幻冬舎ルネッサンス新書)を読んでのヒント、発想と思ってそんな本は知らなかったと言うことで、その時は会話が終わりました。本のタイトルの紹介もしなかったのね。
飲んで帰って、0時を過ぎるころ、メッセージにてその本のタイトルを教えてくださいとのこと。酔った頭の中で伝えた記憶は残っています。
すると、翌日、メッセージにて「もう読みました!」の報告!
すげぇ!
わたしが、情報を伝えてから24時間も経っていないんですよ!
やっぱり、こういう行動力だよねぇ。

例えば、実験授業された方は上條さんに以下のようなコメントをもらっています。めちゃくちゃすごい!

わたしは、その傾向が強いので、声を大にして言うのはなかなか怖いのですが、「言うだけでなくて」「行動に表さなくちゃ」ね。
ということ。
その行動が、もし、万が一、誤っている方向に進んだとしても、「行動(表現)」は目に見えるから、協働的に取り組んでいれば、誰かがどこかで「軌道修正してくれる」気づきを与えてくれるはず。だから、「行動(表現)」なんです。

わたしも、新卒3年間までは、(法則化全盛期だったかもしれませんが)、毎日、翌日の全授業の指示発問を自分のノートに書き出して準備していき、その指示発問をもとに、子どもたちが反応するであろう予想の答え、行動を書き込んでおき、授業後、その予想と違った答えや反応が出たときに、色別のペンで記録するということをしていました。

このノートね、今思うと、めちゃくちゃ貴重なノートになるはずなのだけど、どこかに(家の中のどこかにあるような気がするのですけど)隠れてしまっています。見つからなくて残念。たしか、ルーズリーフノートだったと思うんだけどなぁ。

まぁ、自分の自慢とかじゃなくてさ、教員になった頃、めちゃくちゃ授業(を中心とする学校を巡る仕事)にのめり込むのって、次に繋がると思います。

もちろん、その「のめり方」で、今、どういうのめり方をするか、どんなのめり方をするか、考えてみることは大切だと思いますけどね。

いろいろと、一緒にのめり込みませんか?(笑)。
わたしと。


20170225 「第1回協働的な授業リフレクション研究会in東京」終了!

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わくわくとドキドキとこわごわと緊張の「第1回協働的な授業リフレクション研究会in東京」を終えました。

終わった後、いつも以上に興奮しています。

たぶん、久しぶりに新しいことに触れたからでしょう。

これまでの授業をアップデートするのに十分に影響力を与えるものであるという感覚と、(もともと、わたしは)新しいことを人よりも先に触れることについての喜びを持っているからです。

会の最中も、そして、終わってからの懇親会でも、ずっとずっと、「今」新しく触れた学びについて、しゃべり続ける様は、ものすごいものでした。

昨日の学びを、上條研のエースと言われるKさんが、映像化してくださいました(上がそうです)。これを見ると、今までの「観」が揺さぶられる感じが少しは伝わるのではないでしょうか。

わたしは、もともとが頭でっかち(って、標準語?)な人間で、体を通してよりも、頭で理解しようとして、それでわかったつもりになってしまうところがあります。
そこを何度も何度も、上條先生に指摘されました。

たぶん、何十年もそういう生き方をしてきたので、簡単に転換できるとは思えませんが、その頭でっかちの自分をわかりつつも、この魅力ある方向性へ進んでいきたいと思います。

「協働的な授業リフレクション」のFacebookページも立ち上げました。
今後、ここから情報を発信していきます。ぜひ、どうぞ!

「リフレクション」という言葉をどのようにとらえるか、使うか、これをたんなる「反省」とか、学校現場で授業後の後のふり返り、授業後検討会をカタカナ語に変換しただけとして使っている場合があるかと思いますが、似て非なるものです。

といっても、上にも書いたように、わたしはまだまだ分かっているように書いていて、わかっていないのですけどね(^0^;)。

最後に、終わってから、Facebookに書いた素直な気持ちも下に引用しておきます。
これから、が楽しみです。


「第1回協働的な授業リフレクション研究会in東京」を終えました。自分の頭、感覚がアップデートされていくように感じています。

久しぶりの上條 晴夫さんとの会。めちゃくちゃの緊張でした。最近、上條さんと知り合った方はちょっとお茶目な教育研究者という感じで上條さんを見られているかもしれませんが、わたしにとっての唯一の師匠。怖い厳しい鋭いという感覚でしか見えてないので下手なことを口走るとまずい!という感覚です(笑)。

わたしが次のステージに向かう時、いつもそのきっかけを作ってくださるのは上條さん。この「協働的な授業リフレクション」。ホンモノです!まだ自分は言葉尻でしか言えてませんが、繰り返し経験して自分をアップデートさせます。

参加された方々も「授業づくりネットワーク」仲間から最近の若手実践家まで入り乱れての協働的な空間は面白い空気が漂っていました。

そして、実験授業をされた若手実践家のお二人。見てて身震いしました。


あー気持ちよかった。
3月25日(土)は仙台で開催!
まだ若干、席は残っているようです。
みなさん、仙台でお目にかかりましょう!



20170224 「対話」とは「対等」であること

「主体的・対話的で深い学び」を筆頭に、「対話」という言葉を聞く機会が多くなってきました。

さて、この「対話」ですが、「対話」というテーマで新書が一冊かけるほど、いろいろな切り口、があると思うのですが、わたしは「対話」を成立させる条件というものをここ最近、考えています。まぁ、様々な方とコミュニケーションをとる機会が増えてきたからでしょう。

その一つに、「対等」であることというものがあるでしょう。

どんな時でも「対等」という関係であれば、いつでもどこでも「対話」ができるかもしれませんが、少なくてもここは「対話の時間」だよと設定されているときくらいは、両者「対等」であることを了解、または、意識した上で過ごさないと「対話」は成立しませんよね。

一方が一方を「評価」していたり、「評価」するような言葉を投げかけることで「対話」は成立しなくなります。

少なくても、わたしはそうです。「評価されている」と自分が思った段階で、対話はできなくなります。身構えて、仮面を被った、または、上部だけの「会話」を連ねることになりますね。

これは、友人関係がそうでしょう。互いに「対等」であるからこその友人であり、「対話」ができるのですよね。つまり、評価するされる関係であれば、「友人」とは呼べないわけです。

わたし、ずっとずっと前から、友達が少ない、友達が少ないと言い続けてきました。そうかと(今さら)気づいたのですが、「対話」できる人を探していたのです。それがわたしにとっての「友人」だからです。

「対話」できる人、と思って自分の周囲を見ると、何人かの方々の顔が浮かぶようになりました。そうかぁ。なんだかんだいって、自分にも「友人」ができているんだと思って、うれしくなりました。

だから、上から目線で接してくる人は「対話」できませんので「友人」にはなれません。仕事上の付き合いはやむを得ないかもしれないけど。もちろん、下から目線で接してくる人も同様です。これって、年上、年下関係ないんですよね。

自分が、「対等」として様々な方とつながろうとしているから(だと思いたいですが)か、なんだか、ここ数年で、年上の方も年下の方も、友人が増えてきました。とてもとてもうれしいです。

日々、本当に、様々な人と、「対話」をしていて、おもしろいなぁ……ってね。
やっと、自分も成長してきた感があります。
「対話」を楽しめるって、人生を楽しんでいることに重なります。

わたしと「対話」してくださるみなさん、いつも、ありがと♡。

20170223 一人だけど一人じゃない

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上の写真の通り、10:00から11:00過ぎまで、水落研究室の有志でゲームゼミという自主ゼミが開かれてそこに参加したのですが、それ以外は今日はお昼も含めてずっと一人で過ごしました。

だからかなぁ。特に人と交わりがあったこのゲームゼミの最中、一人ではしゃいでいたように思います。ちょっと恥ずかしく、落ち込んでます。子どもと同じで、その場が楽しくなると(一種のゾーン状態なのかな)、場所とか関係なく、はしゃいじゃう癖がわたしにあります。一種の病なのかな。

さて、他の時間ですが、一人でいても、ずっといろんな方とコミュニケーションをとり続ける1日でした。

午前中は、Skypeで3月の大切な話し合い。

午後は、FacebookのMessengerのテレビ電話で、これも未来に繋がる(かもしれない、といいな)という話し合い。

そして、来年度に向けてのまだお目にかかっていない方々へとの電話やメールでの会話。

頭、パンパンです。

どれも大切。どれも楽しい。どれも充実。

でも、普段あまり脳を活発に使わないから、こうしてコミュニケーションにたくさん脳を使うと、なかなかたいへんです。

いろいろとやってるんだけど、ちゃんと未来に繋がっているんだよなぁ……。
大丈夫だよなぁ……。
若干の不安を抱えつつ、楽しむしかないのでした。
不安も楽しめるようになると、サイコーなんですけどね。

20170222 コミュニケーション・ストレス

俺は俺だ!別に他からどう思われても構わない!
という人なら別にいいのでしょうが、「いい人に見られたい」という気持ちは全くないのです。どうかなぁ……自分の好きなことをするには、他の人にも気持ちよくやってもらうことと思ってしまうのかなぁ……。どうも、めちゃくちゃ、わがままなくせに(いや、わがままだからかな?)、人のことをものすごく気を遣います。
特に、歳を重ねるたびに。(十代、二十代なんて、本当に人がどう思うかなんて全然構わなかったのに)

今日、宿舎を出るときに、出入り口に貼ってある非常警報確認日が昨日と今日であることに今更ながら気付きました。
しかし、今から仕事です。待つことができて30分。瞬間的に深く悩み、そして、すぐにその会社に電話しました。

「もしもし、すみません。昨日が確認日だということをすっかり忘れていました。そして、今日が予備日ということを今知りました。自分の確認ミスなんですが。しかし、今日、わたし、これから仕事があるものですから、いるとしても30分しかいることができないのです。突然ですけど、この30分の間に来て頂くことは可能でしょうか。」

めちゃくちゃ、恐縮しながらの電話。
すると、受付の方が、

「わざわざ、電話ありがとうございます。こうして、電話をいただけますと、こちらとしても助かります。今、仕事に向かっている担当者に電話で連絡をしてみますので、こちらからご連絡をし直します。阿部様の電話番号を教えてください。」

なんだか、自分が悪いのに、低姿勢でお話ししていただき、本当に申し訳なく思いました。

その後、30分以内にに来ていただいた担当の方も、本当に丁寧な方。たった、3分の作業だったのですが、それだけでもいい感じの空気が流れて……、自分の連絡ミスを洗い流してもらった気分です。

もちろん、わたしのミスですので、強く出られても仕方ありません。実際に、強く出られる時ってたくさんあります。それでも、このように対応してくださり、ありがたく思いました。

わたしも……、日常的にこうした対応をしたい(お互い様だし、人間に上下関係はないし)と思っているのですが……。
失礼なことをしたときは、指摘してくださいね。
反省して、改めます。

今日は、これ以外の時間で、(いつものことですが)コミュニケーションのストレスがたまりました(まぁ、どれも自分が原因なんでしょうけど)。
最近、胃がチクチクするんですよね。
昨年末に人間ドックで検査をしているので大丈夫と思うのですが……。
ふうっ……。

年々……歳を重ねるごとに、心が、精神が弱くなっている……。


20170221 少し整理しないと……

最近、余裕のない生活をし続けているせいか、身の回りがなんだか雑になってきています(まぁ、一言で言えば、汚れてきているということ)。

もともと、整理整頓が得意ではなかったわたし。

こちらに来てからは、出たゴミはすぐに捨てるということだけと、洗濯はたまらないうちに行うということだけは続けてきたので、部屋の片隅にほこりがたまろうともなんとか清潔(っぽい)生活を続けてきました。

でも……。

まずい状況になりつつあります。

ちょっと……大丈夫かなぁ。
来週になったら、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、心に余裕が出るかも……しれません。
わたしの問題としては、「心の余裕」ができたときに、周囲の整理整頓をする自分がいるかどうかという別な問題が生じてきますけど……(^0^;)。

ははは。

ちゃんとしなくちゃね。
ちゃんと。

20170220 三研追い出しコンパ参加

西川研究室、桐生研究室、水落研究室の3つの研究室合同の追い出しコンパでした。わたしも声をかけてもらい参加してきました。楽しく語らいすぎて、写真を撮るのを忘れてしまいました。

今年度、院生をもたないわたしにとって、この3つの研究室の先生、そして、学生さん達はとても頼りになる方々でした。

「大学」とは自分が大学を卒業、修了してからは、まったく関わりのなかった場所であり、ましてや、「上越」という土地を知らないわたしにとって、いろいろなところで彼らのお世話になりました。だいたい、何かしら声をかけると気軽に(嫌な顔一つせず)対応してくれるんですよね。まずもって、ここがすばらしいと思っています。
この一年は、わたしが彼らに学びを提供するというよりも、彼らから学びを与えてもらったことが多いのではないでしょうか。

この3つの研究室の特徴は、それぞれがそれぞれのアドバイザーのもと、個別な研究を深めているわけですが、院生の研究室はあえて同じ部屋で混在するという形を取っていることです。そこで、日常的に学びの交流が起こるわけですね。

授業づくりネットワークの言う「異質の学び」ではありませんが、互いの学びや研究の様子から影響を受けたり、与えたりと、刺激し合う姿はステキです。

今夜も、学生さんとの語らい、あっという間に2時間が過ぎました。
この楽しい思い出を胸に、次へ進んでいってください。
君たちには、ここで一緒に学んだ仲間がいる!!



20170219 第4回教師の専門職化フォーラム開催と参加

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「第8回学校支援プロジェクトセミナー」の翌日の2017年2月19日(日)。

「第4回教師の専門職化フォーラム」を開催しました。「教育研究は教育実践に生かせるか?」をテーマに、特に地域(自治体、学校、教育センター)とつながり、広げよう、広がろうとする事例の発表と交流、そして、ゲストを迎えてのパネルディスカッションという流れでした。

午前中の、地域と繋がった事例は、4つあったわけですが、たぶん、他教職大学院では実現することがなかなかできないであろう本学の特色を生かした事例なのだろうと思います。
4つがどれも教職大学院のそれぞれの研究室での事例です。つまり、それぞれの研究室がそれぞれの研究の特色を生かして、それぞれの地域と繋がって実践を行い、研究を積み重ね、また、実践につなげていく、それによって地域に貢献していくという形です。
ここには、なかなか言葉に表すことが難しい様々な積み重ねがあること想像に難くありません。
まずは、院生数の確保です。本学教職大学院は院生を他の一般的な教職大学院に比べて多数の院生を受け入れています。それにより、個別的な研究はもとより、チームでの研究実践ができるわけです。これは最大の特徴です。
「学校支援プロジェクト」という本学教職大学院の研究がベースになっているため、「学校支援」ということを中心に地域と繋がりやすい環境になります。
わたしは、今年度、学生を持つ立場にありませんでしたから、この諸先輩方のようなダイナミックな取り組みはできませんでした。かつ、今、じゃあやって見ろと言われても、まだ、具体的な取り組みイメージがないのが実状です。素敵な学べる環境を生かし、自分なりの地域貢献に結びつけていきたいです。
大学や研究者というと、個が立っていて、協働ができないというイメージがありますが、協働を謳うわたしたち教職大学院は、まず、教員達が協働していくところから始めているのも特徴だと思います。

午後の始まりのポスターセッションもすばらしく、学生さん達は何度かポスターセッションを過去に繰り返してきた中で、都度、バージョンアップしながら、省察しながら、新たな提案を行っていました。わたしも、いくつかをまわり、話を伺うわけですが、どこも、具体的であり、エピソードに富んでいます。具体的な体験とそこに学術的なものを結びつけているのですよね。なるほどと感服しました。

そして、パネルディスカッション。それぞれの考えがはっきりしていて、みなさん、言い切る様子はなるほど!という説得力がありました。

「自分が変わらねば」……ですね。

力をためて、ゴー!です。


20170218 第8回学校支援プロジェクトセミナー開催と参加

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文字通り、教職大学院での今年度最後の大イベント「第8回学校支援プロジェクトセミナー」を2017年2月18日(土)に開催しました。

今年度から本学に勤める私にとって、初めての体験です。

今年度は、自分がアドバイザーを務めての学校支援プロジェクトを行っていなかったため、わたしは裏方で動くだけでしたが、院生さん達の発表を聞いて身震いしました。みなさん、(約)半年の間、ものすごいことをやり続けてきたのだなぁと。

この日は、ある意味、学校支援プロジェクトの成果の発表会でもあり、学校支援プロジェクトでお世話になった先生方をはじめとする関係各位へ感謝を示す場でもあります。ですので、各分科会での発表で、学校支援プロジェクトで関わった先生方が実際に訪ねてこられて、実際の生の声を聴くことができました。それぞれの院生が、自分たちを美化するのではなく、これまでやってきたこと、もがき、苦しみ、悩み、楽しみ、成就してきたことを発表できるってなんと素敵なことでしょう。

さて、今後、わたしもこの当事者として関わっていくことになります。未来のわたしと関わってくださる院生さん、そして、お世話になる学校関係各位の方々に、「それぞれが良かった!(Win-Win)」の関係づくり、環境づくりができるかどうか、わたしの勝負になります。

人生、自分の思い描いたようにならないことは分かっていますが、その紆余曲折を楽しんでいきます。


20170217 ほんと多動であきれるわ……自分。

「明日の教室DVD」の映像編集確認作業をしました。
もう、見なくてもわかるのですが、自分の多動の様子(具体的には、腰をくねくねさせたり、腕をひん曲げて立ってみたり、指と指をこねこねしたり……あーっ、数え上げたらきりがない)が見るに堪えきれないとわかっていたので、やっぱり耐えきれませんでした(^0^;)。

ただ……、自分で意識しているので(というかわかっているし、いろんな方(わたしに直接包み隠さず伝えてくれる方)が指摘してくださって、客観的にも気付いていることなので、30代の頃の自分よりは治ってきているのかなぁと思って見ていました。もちろん、それでも、一般の方よりは動きがメチャクチャ激しいんですよ。
そういうところを見ても、わたしは、わたしの中にいろんなものを持っているのだなと自覚することができます。

DVDの内容も……。(まぁ、売る前にこんなことを書いてしまうと、売れなくて平井さん困るだろうからあんまり直接書けませんが)
とにかく、話が、語りが、ヘタ。聞かせる部分が何もない感じです。
まぁ、一つくらい自分を認めるとすれば、あの場で誠実に話をしよう、対応しよう、質問に答えようとしている自分がいました。
まぁ、それだけです。
タイトルナンバー50ということで、記念すべき番号ですが、歴代のお方々に比べて本当に中身がない。申し訳ないです。

平井さんが、盛り上がっていた対話ですが……。確かに、あそこの場面は、池田修さん、糸井登さんに、救われて、よい内容のやりとりがあったように思えます。

ここ最近、講演会(や講師が長く話をする会)を続けて見ていまして……。金大竜先生、山田洋一先生、堀田龍也先生、青山新吾先生、田村学先生、赤坂真二先生、と60分、90分、平気で話をして、しかも、聞き手に飽きさせず、新たな学びを提供する……ということを目の当たりにすると、本当にすごいなと思うわけです。

あこがれると同時に、自分にはできないとあきらめるわけです。

とにかく、なんとか恥ずかしくて見ることができなかった自分の映像編集の作業が終わりました。次へ進みます。次です。

20170216 自分のキャパが少ない!

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他の大学の先生は、わたしなんかよりもちろん、もっともっとたっくさんの仕事をしていることと思いますが、どうも、自分のキャパが少なすぎて、毎日毎日追い込まれるように仕事をしています。

なんでかなぁ。非効率的に仕事をしているのかもしれない。

現場にいた頃は、自分は効率的にスマートに仕事をしている人間という感覚があったのですけどね。うーむ。どうしてだ……。

今日も、起きてから猛スピードの勢いで1日が過ぎていくんですよ……。

少しはホッとしたい……。
そう思ったとき、
そうだ!今年、唯一もらったチョコレートがあったんだ!
と思い出しました。

仙台でもらったのでした。
愛らしいお二人からのプレゼント。
感謝!

大切に、一つずついただいております。
ちょっとだけ、癒された〜♡。

さ、仕事仕事!!



20170215 やることをやって空気を創り出すこと

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学部2年のゼミ。

課題は2つ。

  1. 卒論発表会を聞いていて、知らない語句がたくさん出てきたと思うので、その語句の意味を自分なりに調べてくること
  2. 自分の興味ある分野、方向性で、本を借りてきて、読み終えないまでも、どうしてこの本を選んだのかみんなに伝えることが出来ること

ちょっと、放り投げすぎた感もあるので、難しいかなぁ、先輩もいないことだしと思ってちょっと、LINEで「難しかったかなぁ……」とつぶやいたら、「それなりにできてます」の声。「そう?じゃあ、予定通りやりますか。」

ふたを開けたら、しっかり、レジュメを作ってきていました。すごいなぁ。感激。わたしも知らない語句等々を調べてきてくれて、学びになりました(^0^;)。

それぞれの選んできた本も納得。

まだ、「学校教育の<こちら側>の入口に立ったばかり」の彼ら。自分の興味関心から、読みやすい本から、読んでいっていいと思います。まずは多読かな。気に入った同じ著者、気に入った本で紹介されていた人、そして本、どんどんつなげていって、入口からどんどん深く、そして、別の方向へ読み進め、あっ、自分の興味関心はここにあったんだと見つけてほしいなぁと思います。

とにかく、多読だね。

がんばって!!


20170214 新潟県立教育センター主催第10回教育フォーラム上越教育大学分科会

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新潟県立教育センター主催の教育フォーラム(第10回)の分科会に我が上越教育大学教職大学院も分科会の一つを持たせていただきました。

こうして、新潟県や長野県の教育センターと協同で進んでいけるというよさ、素晴らしさ、ありがたさを感じます。目的は一つ。子どもたちのよりよい将来のためですからね。

今年は、赤坂真二先生のいつもながらのキレのある話からスタートし、昨年度の修了生、そして、今年度で2年の学びを終える現M2生の発表がありました。

どの視点からも、わたしたちの「理論と実践の往還」に自然に関わり、かつ、それぞれの視点からの提案であり、報告であり、充実していました。

その後の、院生達のポスターセッションも、様々の方に自分たちが行ってきたことを知ってもらおうという「熱」を持った伝導がありましたね。

土日は、上越教育大学でそれこそ、文字通りの、今年度の成果を発表する会が開かれます。

それぞれのチーム、関係者が力を入れた発表を行うと思います。
お時間がある方、ぜひいらっしゃってください。

そうそう。

午前中の田村学先生の講演も、心に残りました。
ちょうど、本日、学習指導要領改定案の公表がある日でした。

「時期学習指導要領のこと」「主体的・対話的で深い学び」「カリキュラム・マネジメント」のことを、実際の授業場面の写真をふんだんに使い、具体的でわかりやすく説明してくださいました。

本当に、文科省の中央の方々は話が上手です。引き込まれます。早口なのは、本学のスター赤坂先生にも似ています(笑)。頭がよく、話がキレる方は早口が条件なのでしょうか。そして、田村学先生は新潟の方です。

まぁ、それは置いておいて。

「主体的・対話的で深い学び」の中でも、どちらかというと「深い学び」に焦点を当てて話してくださった印象があります。たぶん、説明の中にもありましたが「深い学び」を具体的にどう捉えていいかわからないという声が多いからでしょう。

そして、短時間でしたが「カリキュラム・マネジメント」の話も今日深かったです。

みなさんもでしょうが、わたしも、今日の話を聴いて、少し頭の中がクリアになりました。

学びの多き、豊かな1日になりました。
さて、次へ進もう。


20170213 ゲームゼミ(自主ゼミ)にまぜてもらいました

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水落研究室の自主ゼミからお声がかかりました。

なにやら、阿部は「ゲーム」と「学校教育」を結びつけたものに造詣が深いらしいということで……(^0^;)。

まぁ……ね。

上條晴夫先生(東北福祉大学)のお声かけのもと、「学習ゲーム研究会」の一員として、主に「社会科学習ゲーム」などに一生懸命取り組んだ時期がありました。

他にも、ミニネタとか……。

うーん、いろいろとね。
自分のやってきたことは、まぁ、あります。
それを、そのまま語るのってどうなのかなぁ。
いいことなのかなぁ。
次に繋がることなのかなぁ。

ちょっと、わからないでいます。
頭が混乱しますね。

今回は、学生さんが用意してくれた、純粋に手軽にできるゲームを2つ楽しみました。

おもしろかったんですけど、こういうときも、

  • これを「学校教育」の中にどのように仕組んでいくことが出来るだろうか。
  • 取り入れる手順は?
  • 子どもたちって、学校という枠の中で先生が「やりなさい」というから、やるだけかもなぁ。

まぁ、いろいろと考えます。

やっぱり、わたしの頭の中は、授業が中心なので、このゲームは○○という教科の○○という場面に使えるなぁ。変換できるなぁ。

と思うわけです。

しかし……。それは、今どきなのか?単なる過去なのか?これからの学校教育に使えるものなのか?

学生さんたちが知らないだけで、古くて新しいものなのか?
未来に繋がるものなのか?

うーん、ちょっと過去の自分と今、未来の自分をどのように結びつけるか。
悩むところがあります。

そういうきっかけをつくってくれた自主ゼミの方々に感謝。


20170212 家族との一日

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たま〜の家族との一日。

今まではすぐ近くにいるのが当たり前だったけど、たま〜に一緒にいることになったから、一緒にいる時を大切にしようと一緒にいる短い時間をそれなりに考えて過ごすことが多くなっています。

本日は、奥様の誕生日。いつもいつも、たっくさんお世話になっているので、いろいろとご恩返ししたいのですが、上越に雪が降るかも……ということを考えて、午後早く帰ろうと思っていたので、お昼を振る舞うだけで終わりに(^0^;)。

こういうとき、二本松という場所に住んでいると困ります。ちょっとした贅沢を楽しむ「食の店」が見当たらないんですよね。30分かけて福島市か郡山市に行くしかないわけ。
そこまで行く時間がない……というときが困っちゃう。
ということで、今日は市内でもおいしいと評判のお寿司屋さんに来ました。少しでも満足してもらえたらうれしいですね。

午前中は、夫婦二人で自動車の試乗。ちょっと新しい自動車を1台買わないとなぁという状況なのです。何を買おうか悩みます。

で、まぁ、その中でも楽しみは息子とのお風呂(もちろん、昨晩だけどね)。
わたしが家に帰ると、息子とお風呂に入って、いろいろと日常の雑談をするのが楽しみ。
ちょうど、NHKで放送している「八月のライオン」から始まり、銀魂の映画の話、そして、声優の話で盛り上がりました。
イマドキなのか、息子がインドア派だからなのか、血筋なのか、姉と同じように二次元の世界に興味を持ってしまったようで……(^0^;)。ウーム。どうしようか。
息子の止まらない話を、「うんうん」「へえぇっ」「それで?」「ほうっ」と相づちを打ってニコニコと聞いているのがわたしの最大の楽しみです。


20170211 第54回東北青年塾@青山新吾先生

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いやぁめちゃくちゃ良かったです。わたしの中ではここ数年最大の学び。最高の良さでした。
自分の中にないものを学び、そして体験していたけれどスルーしていたものを意識化させてもらった感じ。
青山さんの文科省等の公的文書や論文を私たちにもわかりやすく整理して話していただいたこと、ありがたかったです。
とくに具体的なエピソードをもとに、説得力ある話はなるほどの連発でした。

何より、わたしのキャラクターだと思うのですが、講師の先生のキャラクターや進め方に自分がフィットするかが話をしっかり聞くことができる大きな要因です。
青山先生は看板に偽りなしでとても安心して講座に参加できる環境をつくるんですよね。すごいなぁ、すてきだなぁ、
もう大好きです。

今まで授業づくりネットワーク集会でご一緒したことはあったのですが、わたしが講座を担当する時間と重なるなどして今回が初めての青山先生の講座体験でした。もっと早く講座体験したかったぁ。
うまく、これからを生かしたいです。
本当にありがとうございました。


20170210 新潟大学教育学部附属新潟小学校参観

久しぶりの堀田龍也先生のご講演。目的の半分はこの時間でした。圧巻でした。内容もそうなんですがどうしたらあんなプレゼンというか話し方、スライドができるのか2000年最初のの頃、スマホもタブレットもない時代から授業場面の写真を自分の話すスライドにわたしたちが知らない間に話の流れに沿ってスマートに入れ込んで話す様子が不思議でなりません。授業を見る目も全然歯が立たないし。

20170209 様々な役割を経験すること

わたしが現場を退職するまで、わたしの一つのよかったことは、管理職は経験できなかったものの、小学校内のほとんどの役割を担当することができたということです。

低中高学年の担任を経験しましたし、研修主任、教務主任も経験できました。嬉しいことに、研修主任や教務主任を経験した後に再び学級担任を経験することもできました。

一つ、経験できたらよかったなぁと思うのは、特別支援学級の担任でした。自分はいつも来年度の希望を出すときに、初任者の頃から

「校長先生にお任せします。校長先生がわたしに一番ふさわしいと思う役割を割り当ててください」

と書いて出していました。だから、特別支援学級担任を経験するのもよいなと思っていました(特別支援コーディネーターという役割は4年ほど経験しました)。

多くの役割を経験すると思います。

みなさん、ぜひ、いろんな役割をするべきだと。

自分の主張を通して、低学年ばかり、高学年ばかり担任し続ける先生がいます。それで、他の方々の気持ちを察してあげられるならともかく、逆に相手を批判したり、攻撃的な言葉を投げかける方も時々います。

学級担任達が教務主任批判を、または教務主任が学級担任批判を平気でし続けるところもあります。まぁ、もちろん、批判されるに値するキャラクターの人もいることでしょう。
しかし、その多くは、その人達の役割や苦労を知らずに批判してばかりという方が多いことと思います。

学級担任しかしたことがない方は、ぜひ、職員室集団全体を見ることになる教務主任を担当してみるとよいと思います。

今日も、目の前にあった仕事をし続け、なんとなく闇から光が見え始めました。

仕事の順序ですが、当たり前ですけど、自分自身の仕事よりも、大学や教職大学院全体に関わる仕事から手を付けます。だって、その仕事をすることで、その仕事を引き継ぐ方が次の仕事に入れるわけですから。
だから、とにかく早く進めなくちゃいけないわけです。
自分自身の仕事は、どうにでもコントロールできます。
こういう配慮は、まぁ、当たり前と言えば当たり前ですけど、教務主任の仕事あたりを経験すると、すんなりと理解でき、当たり前のように始められます。

いろんな仕事をしてみることです。
そして、自分が得意ではない仕事を割り振られたときは、新しい仕事を覚えることができると思って楽しむことです。

高度な技術を伴わなければならない仕事(例えば、ピアノ伴奏等々)以外は、だいたいは大丈夫なはずだからです。

20170208 平成28年度教職デザインコース第6回卒業研究発表会&懇親会

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今年度の卒業研究発表会(いわゆる卒論発表会)がありました。
教職大学院は学部の教職デザインコースと深いつながりをもっていて、この教職デザインコースに在籍する学部生達がわたしたち教職大学院所属の先生方のゼミに入ることになります。

ですので、わたしのところに4人ゼミ生がいるわけですけど、まだ学部2年生ですから卒業を意識するわけではありません。しかし、先週のゼミで語ったとおり、2年後のおおよそを五感で感じておくことはとても大切です。しっかり参加したようです。
中でも、ちゃんと発表の後質問した学生もいたようで、能動的に参加できてよかったと思っています。なんだかんだいって、人前で挙手して発言するのはとても緊張しますからね。

その後、夕方から懇親会にかけて学部生とゼミ。
卒論発表会をどのように感じたか、交流しました。
わたしの言葉で、わたしの思いを語っても伝わりません。今の学部生達の興味関心立ち位置に寄り添い、どれだけ聞いて語れたかが勝負ですが……。どうでしょうか。まだ、当事者意識が不足しています。(というかどんどん歳を取っていくわけでより離れていくのだろうなぁ)

そして、懇親会。
いやぁ、いい会でした。
2年生の終わりからゼミに所属するわけですけど、2,3,4年生が一緒になることは珍しいです。
みんな素直、明るい、まっすぐ!
余興も、あってオモシロ〜!

普段は一箇所でダラダラとおやじ飲みをするわたしも、なぜか自然に会場内をビール片手に歩き回り、真っ赤な顔で学部生と語っていました。
いや〜楽し。

懇親会後も、先生方と深い学び飲み(笑)。

思わず楽しい時間を過ごせましたとさ!!


20170207 岐阜大学シンポジウム『学校管理職の養成と教職大学院の役割』に参加

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人生初の岐阜行きの理由は「岐阜大学シンポジウム『学校管理職の養成と教職大学院の役割』」に参加するからでした。

わたしの一番の興味であり、自分自身の核となるものは「授業」です。この「授業」を出発点とすると、教材研究、授業づくり、学習集団づくり、学級集団づくり、学級経営、授業デザイン、教室デザイン、同僚との関係……というように、つながっていはいきます。

しかし、自分の視点にはずっと「管理職」というところに目を向けてこなかった自分がいます。もちろん、学校教育の中の役割の一つですから、教諭であった自分の視点からも管理職を「見る」ということはしてきましたが、「管理職」として考えるという視点は欠けていたのは事実です。

だからこそ、今日のような出張は自分にとっては、「待ってました!」のものです。「管理職」の今、そして、将来を頭の中で描くことができるからです。

以下は、その場で話されたことではなく、その場で聞いていてわたしが思ったことです。
これからの管理職はしっかりと「マネジメント」を学ばねばならないのだと思いますが、知識の量は増やしながらも、システムやコンテンツはできうる限りシンプルにする必要があるのだと思います。ただし、シンプルすぎると人と人の間にすきまができてしまいがちになるので、そこを繋ぐ接着剤としてコミュニケーションを大切にしなければならないのだろうなと感じました。

いろいろとぶっちゃけ話が出るなどして、刺激的な会でした。


20170206 岐阜だ!信長だ!

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今日、明日と仕事で岐阜に来ています。

数週間前のNHKの番組「知恵泉」でちょうど、岐阜の紹介をしていました。
信長、岐阜入城、岐阜命名、450年ということで今年一年間盛り上げようとしているという話でした。

確かに、小説を読んでも、信長の活躍が生き生きと語られるのは岐阜でのことです。そして、岐阜城。なんとも、存在感があります。

岐阜駅前、信長の金像があって、思わず写真。
なんと、信長のちょんまげの上にカラスが。
ウーム、実に趣深い(^0^;)。

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そして、そこかしこに戦国無双のイラストが。

濃姫の色っぽいこと色っぽいこと。

ご本人達も、450年後にこのような姿で描かれることは想像もしていなかったろうなぁ。


20170205 【読書】石川一郎著「2020年からの教師問題 (ベスト新書)」

とても、共感できる、そして、次の何年かに向けて、学校内部の人間中心に考えていく契機となる本だなぁと思いました。

政策を提案する内部の方でないことから、本当にその通りに政策が進むのかが一つのポイント、そして、この本の主題ではなかったからと思いますが、様々な学習課題やテスト問題例の提起、提案をされているけれども、その評価はどのように考えていけばいいのか触れていないのがわたしへの問題提起としてとらえるということでしょうかね。

それ以外は、全て、納得。だから、次へということです。

わたしの感想を読んでみたい方は、下の「阿部隆幸(あべたか)のバインダーで詳細を見る」をクリックしてください。




20170204 福島PIECE主催「西遊記セミナー」参加

教師という職業に就いてから、民間のセミナー、研修会に参加するのが当たり前として過ごしてきている私は、職場環境が変わった今でも、こういった、「主体的・対話的で深いセミナー」に参加することはとてもうれしいし、安心します。

わたしの立ち位置の一つとして、今まで同様に大切にしていきたいです。

たま〜に、講師としてお招きされるときがありますが、わたしの立ち位置はやっぱり一般の参加者なんですね。参加者の一員として、その会の主催者と講師のアウトプットを自分の頭やそこにいる参加者と対話することで、インプットします。
そこで、わたしの自分の場でのアウトプットの材料を得ていくわけです。

わたしなりの、「今の教育現場を吸収する」方法です。そこにいる、現場の先生方の嬉しい話、悲しい話、楽しい話、困った話を伺うことで、「過去の話」に囚われず、今にアップデートして進んでいけるように思います。

だから、今まで同様、これからも機会あるごとに、民間のセミナー、研修会に一般の参加者として顔を出していきたいなぁと思っているわけです。
もちろん、公的な講演会も好きです。今の公はこういう考えを持っているのだと知ることができますから。

もちろん、授業を見るのも大好きで。様々な授業から学ぶことができます。これも大好き!

さて、昨日の西遊記はいろんな方々が混在した中での集合体でした。おもしろかったなぁ。

わたしは、年々、自分の言葉が不足していることがわかっているので、どんどん聞き役として楽しめるようになってきています。聞き役になれば、自分がその場にいる「老害」も出しにくくなるだろうと。自分が変なこといって、若者主体の会を濁したくないですもんね。

赤坂先生、山田先生、金先生のお話は、いずれもその背景、キャラクター、考え方、在り方をしっかりお持ちで、まさに圧巻でした。
こういうとき、単純に話の中にのめり込む一参加者の自分と、その場に自分が立っているとしたらという客観的(ちょっとしたメタ的)な考えの二つを持って、参加するわけですが、「語り」が下手で、「語る」内容を持たない自分は、こうして60分を越える内容を、聴衆の集中力を切らさずに話し続けられる力量の方々を見るに、ため息しかでません。

わたし、どうしても、自分が60分以上話し続けることをイメージできないですもん。
そういう素晴らしい3人の姿を見るに、内容面ではとても学べたと同時に、自分は(好むと好まざるとに限らず、そういう場面がたぶん出てくるときがあるだろうから)ちゃんと勉強しなくちゃと思うわけです。

日々、これ勉強です。

もちろん、赤坂真二、山田洋一、金大竜という民間教育を代表とする3人が集まったと言うこともあるでしょうが、わたしの地元である「福島」という土地に、70人を集めてしまう菊地南央さんを中心とする福島PIECEの面々を敬服します。
かつて、わたしも「福島」の土地でどうにか民間のサークルでいろいろと横のつながりを持てないだろうかと模索した時期がありました。自分のコミュニケーションスキルの低さからどうにもこうにもできないままにわたしの現場人生は終わってしまったわけですが、すごいなぁと素直に思います。

こうした彼らとつながっているというのも、わたし自身の強みになります。
本当にありがとう。

20170203 卒論発表会に向けて、学部2年ゼミ生へ語ったこと

一昨日の学部2年生ゼミでは、来週8日の午前中に卒業論文発表会があるので、授業がある等を除いては、ぜひ全員が参加するようにと伝えました。ちょうど、その日の4時限目に学部2年ゼミを行うので、感想を伝え合うのにも記憶が鮮明に残っていてちょうどよい日にちに卒論発表会をしてくれると感謝です。

卒業論文発表会の見学理由は2つです。

一つは、当たり前ですが、2年後の自分の卒業論文とその発表会のイメージを持ってもらうこと。
二つは、学部3年生が卒業論文発表会の準備進行をするので今から見て、3年生の動き方を確認しておくこと。
です。

卒業論文を書くことを考えると、ありとあらゆるものを見てほしいわけですけど、まだ、書く段階にもなっていない2年生に全体を見てこようと言っても多分無理です。ですので、各自の発表を聞くときの聴き方の視点を大きく3つ伝えておきました。

その1 誰の発表を聞くか
3会場で同時に進行するので、要項を見て、同時間に発表するタイトルを並べて見て、自分の興味と重なるタイトルの発表を聞くこと。発表の都度、会場を代えて構わない。一つの会場に居続けるのではなく、興味あるタイトル優先で発表を聞こう。

その2 問題の所在をしっかり聞く
発表全てがみんなの学びになるとは思うけれど、特に問際の所在をしっかり聞こう。

なぜそこに興味、関心、疑問を持ったのか。
「自分の強い気持ち」と共感できる問題共有できるものがあるかどうかを見ていくと面白い。ただし、「自分の強い気持ち」だけで、世間的に、社会的に意義がない、意義を認められていないものもあるので、そういった「個人的な興味関心」と「社会的な意義、要求」との関連性が大切になる。そこをしっかり読み取ろう。

問題の所在に関しては、もう一つ、先行研究もしっかり聞きたい。
もし、自分と強く共振する興味関心で進めている先輩の発表があったとして、「先行研究」はものすごく大切になる。自分と似たような興味関心にどんな先行研究があるのか知っておくことは今後、有効だ。
すでに、自分の疑問は解決済みということがよくある。その場合、その中のどれに絞っていくか、違う方向性から迫るかなどを考えていくことになる。

その3 参考文献、引用文献をチェック
ほとんど、研究という研究をしていないというか、世の中の教育情報をこれから学んでいく君たちは、「教育情報」をたくさん入手していくことが最初の入口として大切になる。
そのために、自分が興味関心をもった発表者の発表の「参考文献、引用文献」をぜひチェックしよう。
そして、君たちの場合、まず広い情報が必要になるので、今回の発表を入口にこの参考文献、引用文献で紹介されている論文や書籍をたくさん読んでみることから情報を掘り下げていってみてはどうだろうか。

というようなことです。

卒論発表後の、ゼミ生の感想交流が楽しみです。

その人その人の、容器の形があり、大きさがあり、容量があり、デザインがあり、溜め方があります。こちら(わたし)に合わせろといっても無理です。
だから、その学生、その学生に合わせた消化をしていってほしいなぁと思います。

20170202 一生懸命やっているつもりなんだけどなぁ(^0^;)

 今日も、大学に来てからずっと、自分なりに目の前の仕事に取り組み続けているつもりなんだけど……なんだろうか、この「進んだ感」がないのはf^_^;。

あっ、でも、一つ山を越えたかな。

そうか。一つのことをやりながら、次に繋がるかもしれないことを、今日は、あっちこっちと手を出しながら、目の前のことをやっていたので、ごった煮みたいな感じだったんだね。

よし。

明日、新しいことに(というか、たまっていた仕事だけど)取り組めます。なんだかんだいって、少しずつ前進してるんだよ。
自信持て!自分!


20170201 本日の学部ゼミは「MetaMoJiClassRoom」と「lino」で協働の授業の可能性を探る!

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本日、2週間ぶりの学部2年生のゼミ。
昨日、準備したiPadminiを用いて、「MetaMoJiClassRoom」を体験してもらいました。
若い彼らですが、「タブレット」に関しては、ちょうどすきま世代のようで、iPhoneは触ったり、所持したりしているようですが、iPadに触れるのは初めてということでした。
そうなのかぁ〜。ファイト20歳!

ちなみに、MetaMoJiClassRoom」の紹介は以下で。

まぁ、とはいっても、iPhoneは普通に操作しているわけですから、使ってみれば簡単。しかも、MetaMoJiClassRoomは、もともと、iPadやAndroid端末向けの手書きノートとして定評のあったMetaMoJiNote(前進のNoteAnytimeにはめちゃくちゃお世話になりました)を学校向けにし、様々なところを共有化したり、教師用と児童生徒用に区別したりと教育向けに変更したものです。ですから、操作感覚はとてもすぐれた手書きノートアプリなわけですよね。

  • 教師が見せるだけの形にした「一斉学習」モード
  • 誰とも共有せずに自分だけで活用できるようにした「個別学習」モード(もちろん、教師はこの活動をモニタリングできるようになっていますし、前面に映し出す教師用のiPadを通して一人一人の画面を個別に見せることが可能です)
  • グループごとや学級全員で一つのシートを編集可能な「協同学習」モード

があるわけです。めちゃくちゃいい感じ。
臨時に、ちょっとした「上教大新聞」というのを、作業を分担して作成してみました。こんな感じに簡単に作成できます。1人で作成したのではなく、同時編集で分担執筆という感じで作成しました。

あとは、「協同性」をいかにして高めていくかですね。
一人一人に機械を与えると、機械に自分の意識が向いてしまい、機械を通しての交流になりがちなので、そこが問題のように感じます。

先週、見学に行った、聖学院小学校の池内先生は、実際の生の対話、会話を大切にしていて、そのあたり見事に授業を運営していたなぁと改めて思いました。

次に、みんなでさわってみたのは、ずいぶん前から、ウェブサービスにある「lino」。これは、ウェブアプリといっていいのでしょうね。iPhone版、iPad版はアプリとして存在します。
イメージとしては、コルクボードに付箋紙を任意に貼っていくという感じ。これも、もちろん、グループ機能というものがあって、協同で作業ができます。

今回は、自分の興味がある、教育活動&事情を書き出してもらいました。
課題がなかなかいい感じだったのか、付箋紙を貼り付けていくときに、友人がどんな内容を書いたのかを確認し、似た内容かどうかを考えるというところで、頭の中で協同作業をしている感じでした。
もちろん、この作業も、先ほど紹介したMetaMoJiClassRoomでは簡単にできます。MetaMoJiClassRoomには付箋紙もあるので、任意に付箋紙が使えるのも魅力です。

機会あるたびに、いろいろと使ってもらって、無理なく、必要感を高める使い方にはどういうものがあるかを探していきます。

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© Takayuki Abe 2016