20170618 ストーリーやエピソードなんだよねぇ……。

自分の中のコンプレックスとして「ストーリー」「エピソード」というものを持ち合わせていなく、基本、興味関心がないというところがあります。

正確に言えば、興味関心がないというのはウソでして。もちろん、小説、マンガ、アニメ、映画……等々は、いろいろとそぎ落としていった中で、同じ「主張点」を述べていたとしても、それにまつわるストーリーやエピソードが様々であるからこそ面白く感じるし、その部分を楽しむわたし自身がいます。というところからすると、そこで楽しんでいるわけですから「興味関心がない」というわけではありません。

しかし、何かから「学ぶ」という視点に立ったとき、わたしは、ほとんど「ストーリー」「エピソード」というのをそぎ落として聴きますし、「ストーリー」「エピソード」を頭に残らないようにしてインプットするわけです。

このわたしの性格というか、特徴というか、特質が自分の人前で話すということに関して邪魔をしているなぁと思うときがあります。

人前でお話をされる方々で、面白いなぁ、なるほどなぁと思う方の話は、ほぼ例外なくこの「ストーリー」「エピソード」があり、「ストーリー」「エピソード」が説得力があり、面白く、「ストーリー」「エピソード」が今伝えたい主題と密接につながっている……という感じになっています。

ここがね……。わたしには、どうもできないんですよね。

Audibleでキムキョンテ著「スティーブ・ジョブスのプレゼン技術を学ぶ本」(PanRolling)を聴いています。
Kindleでジェレミー・ドノバン著「TEDトーク 世界最高のプレゼン術」(新潮社)を読んでいます。
「ストーリー」「エピソード」の大切さをやはり説明しています。

自分は日常生活の中でも「ストーリー」「エピソード」をそぎ落として生活しているのでしょうね。そういった、「あんなこと」や「こんなこと」を覚えていないのですよ。こだわりがないというのかなぁ。いろんなことをスルーして生きています。こういうところから、もしかしたら、自分自身の認知症につながっていくかもと半ば本気で心配しています。

これは、自分自身が小学校現場にいたときでもそうでした。
つまり、子どもたちのそれぞれの学習場面の様子や、もう少し、自分に近づけたとしてわたし自身と子どもとのやりとりでもその時々の様子を「ストーリー」「エピソード」として記憶しているものは少ないです。かろうじて、何らかの記録に残していたものがあるときに、それを参照してあんなことそんなことがあったか……もしれないなぁとやっと思い出すくらい。

そして、話をしていく中で、日常会話でもプレゼンの準備をするでも、「ストーリー」「エピソード」を思い出す作業を億劫に思います。心の中で抵抗があります。なんでかなぁ……。

相手側に立つということが苦手なのかな。
想像するということが嫌なのかな。
どんなところでも自己が中心というところから離れられないのかな。

人だけでなく、「ストーリー」「エピソード」も、様々な物事と結びつけるようにして記録、記憶していくように心がけようと思います。

たぶん、わたしのような人間にはことあるごとに「記録」することを忘れないことが一番名のと、その記録したことをすぐに取り出せるような「検索システム」をしっかりしておくことが大切なのかなと今のところは思っています。

© Takayuki Abe 2016