2017年10月

20171031 学生との会話で自分の立ち位置に立ち戻れる

大学外で、仕事をすることが多くなる日程になると、自分の立ち位置というか、今、自分が何をしているのが「正常」なのか分からなくなるときがあります。

それを戻してくれるのが、「学生」との会話です。

今日も、

  • 卒論に向けての話
  • ゼミに向けた話
  • 現在の研究の話
  • 連携協力校でのやりとり

とわたしが、ぼうっとしている時に学生の方から話しに来てくれます。ありがたいですねぇ。
いや、まてよ。
ありがたいじゃないか。
わたしから何も動いてくれないから、学生が業を煮やしてわたしに働きかけてきているのに、私自身が鈍くて感じていないだけなのかな?

あれれ(>_<。)。

もうちょっとしっかりしなくちゃな。自分。


20171030 にわかにD・カーネギーブーム

私の中で、にわかにD・カーネギーブームです。
特に下の本。

以前、自動車の中でAmazonの「Audible」を聞いていると書いたかと思います。上越から福島の自宅まで自動車を運転して帰ると、4時間なのです。この4時間の間、最近は「Audible」で本を(「読む」ではなく)聞いて帰るのですが、ここ最近、ずっとずっとD・カーネギー。

この「人を動かす」ってすごく長い本で、1回聞き終わるのに、6時間程度かかります。で、この本を何度も何度も繰り返し自動車の中で聴いています。

どの人間も「自己重要感」を満たすために動いている。
だから、「人を動かす」とか「人に好かれる」とか「人と良好な関係を築く」とかは、(おおざっぱに言ってしまえば)相手の「自己重要感」を満たしてあげるように働きかければ良い。

ということは、相手の立場に立って、相手のことを考えて、こうしてほしい、こうしたい、という部分を見つけたらそれをこちらがしてあげればよい。

なるほどその通りだよなぁ。
と思います。

これらを上から目線でやられたのではたまったものではありませんが、他者貢献というか相手と同じ目線で考えて、動くことができたら、それこそ自分の喜びにもなり、相手も喜ぶことでしょう。

わたしは、マザーテレサでもガンジーでもありませんし、人一倍欲望がありますから、自分をなげうってと言うことはいうことはできませんけれども、少しでもそういったエキスを吸い取り、考え方、生き方をカーネギーのような生き方にシフトしていきたいなぁと思っています。

音声だけでなく、テキストでも記録しておきたくて、最近、この本のKindle版を買ってしまいました。Kindleは、文字をなぞれば、AmazonCloudになぞった文字部分を保存してくれます。それを、諸々のところで引用しようと考えているところです。

頭の中で、膨らませているだけで、うまくできないのですけどね。
それは、もともと、他者へ対する思いが少ないこと、そして、(ガッキーではありませんが)とても面倒くさがりの自分がいることです。
ぼちぼち、変えていきます。


20171029 つまらない人

対人関係で、たくさんのことを引きずっているわたしは、自分自身が「つまらない人」というコンプレックスを持っています。まぁ、以下。自業自得の部分もあるわけですけどね。

大きく2つあります。

一つは、実際に「つまらない人」ということを指摘されたことが何回かあると言うことです。

特に印象的だったのが、有田和正先生(笑)。東北青年塾で有田和正先生をお招きしたときの懇親会の席上。近くで会話をする機会があったときに直接指摘されました。
「あなたの講座ではね、それなりに、おもしろい話をする人なのかなと思っていたけれどね。直接話をすると、あんまりおもしろくない人だねぇ(君は)。」
と(苦笑)。
その時、
「そうなんですぅっ。良く言われるんですぅっ。つまらないって……。」
まぁ、その後、有田先生は、わたしにもしかしたら、「おもしろい話をするには……」と話を続けたかったのかもしれませんが、わたし、何かあって、有田先生の近くから席を離れてしまってそのまま……でした。
もともと、「つまらない人間」と自分のことを思っていたので、そのことをズバリと言われて、印象に残っています。

そして、現場にいたときに、(一人ではなく)数人の子どもたちから、個人的に会話をしているとき、「先生と話しをしていてもつまらない……」みたいなことを言われたことがあるのですよね。それも一人ではなく、別な場所、別な時、年に、なんどか(苦笑)。まぁ、相当ですワナ。

二つは、もしかしたら、これがつまらない現況なのかもしれないのですけど、「おもしろくしよう」と思わないのですよね。そして、あまり、他人に興味が無い。これ……うーん、そりゃ、つまらんわ……(^0^;)。

たまーにね。
なんとかしなくちゃならんと思うのですけど、もともとそういうところにエネルギーを使う人間ではなく、サービス精神(他者貢献的なものも含めて)もあまりなく……。
かつ、年齢を重ねるとそういう部分も少なくなってきて……。

どうにかしなくちゃならんですねぇ。自分。
歳をとってきて、よけい、この部分に関して、なさけない自分がいます。

といいながらも、(おわかりかもしれませんが)別にいいでしょ。つまらない人間でも。という自分もいるわけですよ。

うーん。


20171028 ほんとほんとほんとーに、久方ぶりの息子と二人きりの日帰り小旅行!……仙台へ!!

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一緒に住んでいて、毎日卓球をしていたとき。
いつもとなりにいて、ぺちゃくちゃ話しているのが当たり前だった。

今日は、久々に、そんなかわいらしい息子と二人っきりで仙台へ。
ちょっと目的を持った小旅行。日帰り旅行。

まぁ、息子は、いい加減わたしがうざくて困っているようだけどね。
でも、いいのよ。いつもはいっしょにいないわけだから。
一緒にいるときに、「君のことが大好きだよ」「君がこの地球上に存在してくれているからわたしは上越でも楽しく生きていけるんだよ」というメッセージを熱く熱く語りかけ続ける。

それでいいんだ!
と思う(というか思ってる)
何かで辛いことがあったとき、お父さんがいてくれる!
(と思わないかもしれないけれど)何かの力の足しになってくれたらうれしい。

わたしは……わたしは……そのために存在するんだよ。



20171027 連携協力校での学生授業実習

連携協力校で授業を進めていて、本日が最後の授業ということで、見に行きました。
中学校社会科の授業です。
目標と学習と評価の一体化をもとにした『学び合い』をベースに、自分の研究課題をのせて授業を進めていました。
ストレート院生で、教育学部畑ではない大学からこられたにもかかわらず、いい感じに授業を進めていました。

「どうでしたか?」
と聞かれたので、
「授業の成立という意味ではバッチリだね。もちろん、細かいところではいくつかあるけどさ。それは何だろう。本当に細かいところだから、意識することで簡単に修正改善できるよ。」

という会話を、帰り、昼食を一緒に食べながらの会話でした。

『学び合い』なので、最初5分程度に全体に語りかけるわけですが、彼の声が抜群にいい。お腹から声が出ていて、教室で共鳴しているのですね。かつ、説明や指示が端的でわかりやすいです。生徒は聞きやすいだろうなぁと思いました。

声については、先日、学部生の教育実習授業でも書いていましたね。
わたし、もしかしたら、聴覚優位なのかなぁ……。それとも、声フェチなのでしょうか。わたしだけがそう感じることなのかどうか……ここポイントですね。(そういえば、お目にかかったことのない女性でも、電話とか声で好きになってしまうことがあるもんなぁ……。注意注意。キケンキケン。)

『学び合い』にはじめて対面する生徒達は、なかなか、面食らってか、「協働的」な動きができないということを、大学では以前話していたようですが、それも、最終日の今日にはさらっと学び合う姿がそこかしこに見られていました。大丈夫。
だって、長年、生徒はピシッとした良い姿勢で、教師だけを向いて、授業を受けなさいと指示を受けてきたのですから、そんなに簡単にできません。
でも、それに慣れてしまえば、なぜそうじゃなかったのか不思議なくらい、当たり前に協働的に学べるわけです。
だって、協働的に学ぶということは、「人間」としての「性(さが)」ですもんね。

で、この学生と共にそれ以上に素敵な存在が、連携協力校で本学生に社会科の授業を任せてくださった社会科担当の先生です。
教室後ろにいらっしゃったので、いろいろとお話ししました。
たいへんお世話になっていること、
学生のやりたいという気持ちを受け入れてくださり、ある意味、わがままを通してくださったことへの感謝。
それらを続けていく中で、この先生が、学生と共に学び、学生から学ぼうとしているところがあり、すてきだなぁと思ったわけです。

もちろん、本職として学生が作成したワークシートや授業の進め方に、こうしたらどうだろうかという助言、支援をしてくださっています。現場ならではのやりとりでありがたいですね。本学教職大学院の学校支援プロジェクトだからこそできる魅力的な現場です。ぜひ、こういうことを味わうためにたくさんの学生さんに本学教職大学院へ来てほしいです。

この社会科の先生は、学生が考えた授業をベースに、自分も別の教室で同じ授業を(少し自分のカラーを入れて)展開してくださっているわけです。学生の授業と比較できるように進めてくださってもいます。

まずは、「やってみる」「受け入れてみる」というところを、先生ご自身がされてくださり、感謝と共に、わたしたちが研究していることがそのまま現場の刺激に、そして、刺激だけでなく役に立つような方向性があるようで、大変嬉しく思いました。

エネルギー、もらえますね。こういうのを見ると。
昨日、日帰りで、上越に帰ってきたかいがあります。\(^o^)/

大学にもどってから、11月3日の資料も、プレゼンもできました。
本日も良き1日でした。
ということで、これから、福島へ(自分の実家へ)向かいます。f^_^;。


20171026 福島県岩瀬地区小教硏社会科部会講座講師として

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本日は、福島県、須賀川市まで行って、日帰りで上越に帰ってきました(汗)。

内容は、小教硏の社会科部会の講座講師です。
なんだか、ウホウホです。
わたしの立ち位置は「授業づくり・学級づくり」ですが、こうして、「社会科」で招いていただけることにも感謝ですね。

しかも、今回は、自分が小学校教員で若かりし頃に、何度も学ばせていただいた先輩からの声かけでした。本当に、こういうつながりがあるって……。不思議です。声をかけていただき、喜んで出かけていきました。
喜んでといいましたが、先輩が目の前にいるわけですから、めちゃくちゃ緊張します。
子どもを見る目、そして、学級づくりに関しては、たぶん、わたしは今でもかないません。足元にも及びません。そんな方が声をかけてくださる……。
こういう縁を大切にしなければと思いました。
わたしなりに、わたしが考える今を、その場で表現してきました。
少しでも、そこにいらっしゃった方の刺激に、明日に、つながればうれしいです。



20171025 卒論指導……その他諸々

「院ゼミ」「卒論指導」「教職大学院内の仕事」「原稿チェック」……と、今日も、仕事が楽し〜い1日でした。

歳と共に、体の衰えるスピードって早くなるじゃないですか。
みなさん、どうしているのでしょうか。
1日のほとんどの時間を「座って」すごしています。

もともと、体を動かすことが嫌いでした。
しかし、小学校現場にいるときは、なんだかんだいって、体育や休み時間、陸上指導等々があって、それなりには体を動かしていました(まぁ、他の体を動かしている先生に比べれば圧倒的に少なかったとは思いますけど)。
しかし、本当に、体を動かす必要性がなくなってしまい、どうかんがえても、「実感」として衰えていることがわかります。

足が細くなっています。
体の節々が硬くなっています。
昔は軟体動物と言われるくらい、気持ち悪いくらいに体が柔らかかったのがさすがに今、硬くなってきました。

どうしているのかなぁ……。
今の生活じゃ、定期的に体を動かすという感じにはできません。
ちゃんとルールを決めて、大学の体育館に行って体を動かすとか出来ればいいのでしょうけど
(大学の卓球部の練習にまぜてもらうのが一番いいかもしれないけれど、それはそれで、そういうルーティンが成立する生活なのか、わかりません。)

もうそろそろ、安定した生活パターンを組み立てたいっす。

20171024 次への切り替え

昨日はなんとか原稿を書き終えたと思ったら、当たり前だけど次の仕事が待っています。

「やること」「やりたいこと」が尽きないということは、幸せなことなんだよなぁと思いながら、研究室と大学図書館を往復していました。

その都度、仕事の内容が異なるので、飽きやすいわたしはバラエティに富んだことができるので随分と楽しく仕事をしている感じです。

あとは、その「ゴール」に自分の能力がついていけるかどうかということだけです。だから、自分自身の研鑽を続けなくちゃね。

最近、少しずつ「学び」のバランスが崩れてきているように感じます。もう少し外へ出てインプットの機会を増やさなければなぁと思い始めているわたしです……(とはいいながら、そういう時間を確保しようとしても時間がない自分もいます)

どっしよっかなぁ……。

20171023 悩みに悩んで書き上げた原稿

1ヶ月くらい前から頭の片隅にあり、悩みに悩んでいた原稿を本日書き上げました。

論文という形式はまだまだわたしは、慣れていないと同時に、そのしきたりという部分がわかっていないために、まだまだ修行中です。もっと論文を読む必要があると思っています。

論文とは別。今回はある教育雑誌の原稿です。

教育雑誌にも、それぞれの作法というか読者層といいますか、そのしきたりが雑誌ごとにあるので、そこを理解した上で、自分の頭の中にあるものと組み合わせるとなるとなかなか大変です。

わたしは、自分で言うのもなんですが、(いわゆる)難しい文章が書けません。簡単に言えば、そういう本を読んでいないからです。

次に、過去に遡って、その当時の子どもたちとの具体的なエピソードを交えた文章というのもあまり得意ではありません。自分の性格がおおざっぱなゆえにそういった細かいことを観察する、記憶するということができないのでしょう。そして、短期記憶に残っているかもしれない貴重なエピソードも、その後、すぐにノートに記録するという習慣がないので、きれいさっぱり忘れてしまいます。今は、エピソードが大切な時代です。だから、わたしのようなエピソード苦手人間は、しっかり訓練していかなければならないかなと考えています。苦手だからといって逃げるのではなく、最近は、授業研究会などに参加しているときは、少しでも個々の子どもたちのやりとり等を記録しようと、自分なりの変化へ向けて努力しているところがあります。

さて、今回の原稿は、初めてのところからの原稿依頼です。わたしが、この原稿を書けるだろうという予想の元依頼されたのでしょう。わたしは、基本、(今のところ)お願いされたら、本当にやりたくてもできない(つまり、不可能)を除いては引き受けることにしています。ですので、まずは引き受けました。

で、引き受けてから、苦しみました。
わたしのような書き手が書いていい原稿だったのだろうか……と。
なんとか、やっと、おおざっぱな原稿を書き上げました。
でも、現時点で書き終わったとか、書き切ったという感想は全く持ててません。うーん、何なのでしょうか。この気持ち。これが初めての原稿と言いますか、いつもの自分とは毛色の異なるところからの原稿依頼ということなのでしょう。これは……たぶん、最初で最後かなぁ……。

ちょっと頭が飽和状態なので、今日はこのまま終わりにして、明日の朝、再び、新たな目と頭で読み直して修正をかけたいと思います。

本当に、こんな感じの方向性でいいのだろうか……。

20171022 人生の決定権は主体者である本人にある!

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今日のお昼は、珍しく、妻が近所の人気ラーメン店に行こうというので息子と一緒に行きました。(ふだん、妻は基本的に、そんなにラーメンが好きなわけではなく、わたしと仕方なく付き合いで入るという感じなのです)
支那そば「やまき」というところです。
素朴な味で、なかなか好きです。

まぁ、今回は、ラーメンの話と言うよりも、そこでのエピソードで考えたことを書きます。

妻は(ラーメンだけではないかもしれませんが)食が細いです。だいたい、どんなメニューでも一人で1人分食べられません。最近、富みにそんな感じになっています。まぁ、わたしもですけどね。歳を重ねるということはそんなものなのですね。ラーメン屋に入ると、(自分は)必ず、ご飯を追加するか、大盛りにするかが当たり前だったのですが、今では一人前で十分です。

で、ここは、(わたしの住む二本松では珍しく人気店なので)それなりに人が待つんですね。で、本日、台風の天候。昼間はまだ大雨とはいかないまでもそれなりに降っていました。

わたしたちが食べ終わる頃、それなりに店先で人が並んでいます。
わたしと息子は食べ終わり、あとは妻だけが食べ終わるのを2人で待っていました。
見た目、妻の食べ方は、ゆったりしていて、大げさに言うと、ダラダラしています。
(わたしも)息子も、待っている人のことを考えて、早く店から出たい、出ないといけないという気持ちでいました。それが息子からも伝わってきます。でも、妻は……という感じです。

やっと食べ終わり、料金を支払い、店から出た後、つい、家族だから言ってしまう一言を自動車の中で言ってしまいました。

わたし「店の前で雨に打たれて待っている人がいるんだから、もう少し早く食べるそぶりを見せてもよかったんじゃないの?」
息子「そうだよね。」
妻「……。あのね、あなたたちには、ゆったり、だらだらして食べていたように見えたかもしれないけれど、わたしなりに、早めに食べよう、迷惑かけないようにたべようと一生懸命だったんだよ」
わたし「そうなのね……。」
妻「なんだか、ラーメン、もう一人前食べられない感じになってきた……」
わたし「そうなのね……。」

いろいろと頭の中をめぐりました。
例えば、この数日、交わした妻との会話です。

高校受験になっても、わたしたちの目の前で、試験に向けて一生懸命やろうと映らない息子の姿。

たぶん、(自分自身を客観化できないので、美化している部分も多々あるでしょうが)わたしが中三時代、息子より、絶対的に勉強時間が長かったと思います。だから、それを考えるとイライラしてしまう親としての自分がいます。

でもね、それは、親としてのわたしからの視点なんですよね。
息子としては、息子の中で必死でやっているのだと思います。だって、息子がそう言っているんですから。物理的に、客観的に、わたしの勉強時間より短いからと言ってそれは、でも、息子にとっての「事実」なのです。

リジリエンス(レジリエンス)という面から考えてもそうなのかなと思います。

たとえば、管理職など上の役職についている人たちは、基本、プレッシャーやらストレスやらに強く、努力を継続的に行うことに慣れており、当たり前と思っている人たちです。
そういう人たちが、それに強いわけではなく、慣れていない人たちに、「自分だって大丈夫だったんだから」ということで接しても、通じない、ことがあるわけです。だって、その人の感覚は異なるわけですから。
これを、「甘い」と言い切ることもできるでしょう。

でも、そうじゃないんじゃないかな。
と思う私がいます。

そして、人生、「生きている」ことに価値があるわけだから、「強いる」ことに価値をもつ必要ないんじゃないかな。
と思うわけです。
それぞれが、それぞれの方向に行けばいいんです。
それが、自分の中で「満足」であるのなら。「幸せ」であるのなら。
「幸せ」を決めるのは、自分。
他人じゃありません。

20171021 3年連続合唱コンクール指揮者だった息子の中学校最後の文化祭

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10月はなんだか、毎週、自宅に帰っています(^0^;)。
春や夏は、家に帰ることなんてめったになかったのに……。
4時間かけての道中。大変ですが、家族との時間は大切にしなくちゃね。

さて、今日は息子の中学校最後の文化祭へ。
中1からなぜか合唱コンクールの指揮を任されている息子は、3年間ずっと指揮者に(^0^;)。本人もそんなことになるとは思っていなかったでしょうね。だって、音楽的なこと何も活動してないわけですから。
とはいいつつも、そういう経験ができると言うことは、それはそれで貴重なこと。
親としては、すごくすてだなと。わくわく感を一緒に味わわせてもらって感激です。
息子と一緒にいられる時間がどんどん短くなっているので、こうして堂々と一緒にいられるときくらい、くっついてますわ(笑)!

そして、これからは、久しぶりに卓球チームの方々と夜、集まっての懇親会。
息子と一緒に卓球を続けてきた女子選手が全国大会へ出場
あと、なななんと10月27日から、上越市で開催される、平成29年度全日本卓球選手権(マスターズの部)に出場
の、応援会です。

若干、遠い感じ鳴ってしまっている「卓球」
久しぶりに、そちらの話題でもりあがってきます。

そういえば、この土日、そして、来週の土日、卓球のワールドカップがありますね。「テレビ東京」さんがネット配信してくれます。これも楽しみ!(といいつつ、ちょうど生配信時間が、懇親会開始時刻の19:00です!)



20171020 自主ゼミで「『学び合い』×ファシリテーションで主体的・対話的な子どもを育てる!」のブッククラブを始めている院生達!

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阿部研究室のゼミの基本曜日は水曜日の1回。
しかし、彼らは、金曜日午後もほぼ全員が揃うことができると知り、自主ゼミを開始しました。自主ゼミですから、わたしは基本的に「気まぐれ〜」に参加するだけです。

まず始めたのは、みんなで同じ本を読み深めたいということでホワイトボードを使ってブッククラブをすることにしたようです。
で、同じ考え方に立ち、現場で使える本を一緒に読んでいきたいということで、わたし(とちょんせいこさん)の近著「『学び合い』×ファシリテーションで主体的・対話的な子どもを育てる!」(学事出版)を読み始めました。
以下、好評発売中です\(^o^)/


毎回、各章ずつ読んでいるようで、今回は3回目のようでした。
なんだか、裸にされるようで、恥ずかしい反面、みんなで本を読んでいくと、そこに書いてあることを媒介にして、自分たちの経験へ進んでいけます。これが、めちゃくちゃいいですよね。
結局は、本に書いてあることは踏み台なのです。
ほんの少しだけ、同じ空間にまぜてもらいましたが、彼らの学びからわたしも学んでいます。
いつもいつもありがとう。

わたしは、1日かけて、来週の講座のレジュメ、プレゼンを作成しました。これでなんとかなりそうです。
新しいテーマをお願いされると、たいへんですが、その都度、自分の学びになります。結局、資料とかプレゼン作成以上に、自分の入力がポイントになりますね。これがわたしなりのアップデートに繋がるわけです。
今日も、いろいろと講座準備をしながら、少しは新しい自分になった感じがします。

ブログは、わたしの中で1日1回投稿、1回投稿につき1テーマというように決まりを設けているので、続けて書けませんが、今回の講座等々の作成に当たって、夢中になり、力を発揮してくれたツールがScrapboxです。
これ、本当にめちゃくちゃいいツールです。
今回、どのようにしてどうなったか、いろいろと書きたいわぁ。
Scrapboxに関しての詳しい投稿は、もう少し待ってくださいね。

ではでは。



20171019 実験授業事前準備……自分をよく知るために……

阿部の構成要素@モザイク

木曜日4限目。学部生との楽しい授業。(とはいっても、緊張しながら準備をしています)

今回は、中盤からの各自の実験授業の準備を兼ねて、自分自身を深く知るという活動を3つに分けて行いました。

  1. ペアトーク 相手に自分のことを話すことで、自分自身でも気付かない自分自身のことに気付ける(かもしれない)活動
  2. わたしの構成要素 ペアトークを基本形にして、自分自身をマップに表していくという活動。
  3. 偏愛マップ 上條さんの「理想の授業づくり」でも紹介していますが、齋藤孝さんの「偏愛マップ」を作成してみるということ

これらの活動を通して、互いに、見せ合い、話し合うことで、学生たちが身を乗り出していく感覚を把握できます。

少しずつ、自分の理想(好き、こだわり、強み)を生かした授業を展開することを楽しみにしている感じの感想文が増えてきています。
とはいっても、このままでは、たぶん表層的な授業になるだろうなぁ。

次の1時間で、実験授業の準備を促します。さて、どんなことになるかな。
楽しみ楽しみ。




20171018 ゼミ!(あんなことも!こんなことも!)

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わたしの理想の一つ!「のぼうの城」状態(城主がたよりなくても、その周囲の人たちが頼もしく、発展していくということ)になってきています。
今週は、月火と大学にいなかったのですが、こうしてゼミの時間に(しかも会議で送れて)顔を出しても、学生さん達は、自分たちの計画に沿ってしっかりと進めています。

わたしが途中で入っていっても、(入ったことは確認しつつも)基本、無視です。わたしも、その最中の邪魔をしたくないので、机の上にあるお菓子を手にとってポリポリと食べるくらいですかね(^0^)。

わたしのゼミは、「ラーニングの視点」「学習者視点」からの研究であれば、どの教科でも、どんな考え方も手法も扱って構わないということになっているので(わたしがいろいろと雑居的に興味関心があるからなのですけど)、協同でいろいろとやっているようで、実は、それぞれのやっていることが個別的です。だから、それぞれの話を聞いていると、あっちもこっちもという感じでおもしろいです。

そんなこんなで、夜も研究室に訪ねてきます(^0^;)。
わたしがいつどんなときに大学にいるかわからないので、今日はいる日だ!とわかったときは、すかさず訪ねてくるのでしょう。
楽しいですね。

といいつつも、わたし自身も、学生に負けないように、自分の研究を進めなければなりません。よし!あと一踏ん張り!


20171017 福島県石川町へ2日目

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昨日に続き、福島県石川町(2日目)です。
同じ町内でありながらも、別の小学校。

昨日は、校内研修会での講師という立場でしたが、本日は、町全体の研修会の講師という立場でした。基本、町内の小中学校の先生方が勢揃い。
あっ、そういう会だったのね……と、当日、プログラムを見てから分かった感じ(^0^;)。

別の学校に行こうと、『学び合い』授業が参観できるというのがすごいです。
さすが、町全体で取り組んでいる強みです。
子どもたちは、すでに「しっとりした『学び合い』」になっていました。担任の先生は、育休明け(でしたよね?間違っていたらごめんなさい)で現場戻ってきたら、『学び合い』を進めるようになっていて……あれれ??(^0^;)の状態から始まった感じのようです。それがそれが、4月から『学び合い』を進めてこんな素敵な学習集団環境を整えるとは!とても力ある先生だし、職員集団であると思いました。

もう次の段階へ!あとはいかに授業の質を高めていくかという部分についての協議。

ここがね、すごいところですよね。
ふだんですと、お招きを受けるとどうしたら『学び合い』授業が成立するか、という話し合いが一般的で、そういう講話をお願いされるのですが、この福島県石川町においては、その先の話を考えなければならないので、わたし自身、ものすごく鍛えられています。ありがたいです。

今回の話をちょっとまとめると次の通り。

  • 学校だけの特殊ルールを放棄して、社会で当たり前になっているルールを授業の中に入れ込んでいくことで、難しく考えなくとも『学び合い』の授業にシフトしていける。
  • もし、『学び合い』授業を導入しても、「問題解決型の学習から脱却できない」という悩みを持っているのであれば、当たり前の話。『学び合い』の考え方のもと、「問題解決型の授業観」を導入しているから。(ここで間違えて欲しくないのは、「問題解決型の授業」がよいとかわるいとかは指していません)『学び合い』の授業は「問題解決型の授業でなければならない」と考えるのはまちがいということ。『学び合い』の考え方を用いて、計算練習だったり習熟の授業は当たり前にできる。(それがよいかどうかは、授業者のめざすところが何にあるかと言うことに依って立つ)
  • 課題を「〜説明できる」が『学び合い』授業の「きまり」と思っている人がいるようだが、それは大間違い。学習者相互が評価できる「課題」になるべきで、つまりは、自分たちで「できたか、できないか」がわかるような「課題」の表現にするとよい。それを水落研究室ではアウトプット型の課題と呼んでいる。その一つに、「〜説明できる」がある。だから、「〜説明できる」以外のアウトプット型の課題はたくさんある。その都度、使い分けるべき。

だいたい、授業を見てから、それに合わせた話を組み立てるようにしています。それは、わたしの話す時間が、比較的短い時間設定になっているからです。このあたり、石川町の方々はちゃんと考えておられていて、例えば、これが60分とか90分とかだったら、また違った話をすることになりますし、つまらない話になることでしょう。

短い時間だからこそ「わたしでも」授業を見てから、話を組み立てられるであろうと考えることができて、実際、授業を見ながら、今回はどんな話をしようかとその場で考えます。
そうすることで、その場で「空気」を共有している方々の「聞いてみたい」話が、少しは(ほんのちょっとですけど)できてはいるかなと思います。
わたしなりの、即興性が鍛えられて、ありがたいです。
そして、毎回、緊張します。

今回も、すてきな2日間でした。
関係各位に感謝です。

次は、11月!

20171016 福島県石川町へ1日目

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本日は、今年度から仰せつかっている「石川町教育アドバイザー」としての仕事今年度2度目の第1日目。

  • 研究授業を参観し、
  • 事後検討会に参加し、
  • 助言する

です。

すでにわたしが関わる何年も前から本学の水落芳明教授と教育長と教育委員会と現場の小中学校の方々とが協力し合って「学び合う」環境を構築しています。

町のみなさんにもお話ししましたが、わたしなんかが、しゃしゃり出てアドバイスするという場面はほぼ皆無という感じになってきています。

石川町の方々はすでに『学び合い』の協同開発者なんですね。

『学び合い』をし続けた結果、どのように変化していくかということです。
もちろん、みなさまはこのままでよいと全然感じていなくて、「もっともっと」を求めていくところが素敵です。

今回、授業された先生は、いつも、子どもと協同でめあてに向かって歩んで行かれる方。意識はしていないかもしれませんが、ファシリテーターだなぁと思います。本当にすばらしいです。

それでも、課題を見つけ、受け入れ、発見し、次へ進もうとする姿がすてきです。

全体に向けては、今の姿が素晴らしいと絶賛しつつ、どれだけ日常化して、『学び合い』という言葉を使わなくても、意識せず『学び合い』をしている姿になったところに、次があるという話をしてきました。

今年度、石川町に来られた先生もいらっしゃる中で、とてもいい雰囲気での事後検討会。ますます、前進回転に拍車がかかりますね。

11月に石川町の研究公開授業があります。楽しみです。
外部からの申し込みも受けるらしいです。興味もたれた方はぜひどうぞ。

20171015 GPD Pocket のセットアップと半月使ってみての感想

休日は、GPDPocketのことで書けるところを書いていきます。
まずは、基本セットアップとわたしの必須ソフトのインストール。

最初にインストールしたソフト

Ctrl2Cap
これは、以前Windowsマシン(XPくらいまではWindowsを使っていたわたし)を使っていたときも使っていたソフト。
Windows10でも使えるようにバージョンを重ねていてくれてとてもうれしい。
わたしは、文字入力をするときなど、「Ctrlキー」と文字キーを組み合わせて、ショートカットで入力していきます。
(これ、Macでもそうで、だから、MacでもCtrlキーを使ってショートカットができるatokを入れています。)
で、どうしてそのためにこのソフトが必要かというと、「A」のキーボードの横に「Caps」キーがありますよね。「A」の横にある「Caps」キーが打ちやすいのですよね。その代わり、「Cctrlキー」が左下の打ちにくい場所にあるでしょ?
そこで、このソフトを使って役割を入れ替えるのです。
で、簡単に入れ替えられるはずだったのですが、Administratorでないと変更がきかないらしく、そのやりかたに戸惑いました。今どきの世の中、どうにか、いろいろとネット検索して無事に解決。ホッ。

(参考までにGPD Pocketのキー配列)

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atok
いろいろと今どき、賛否両論があるかと思いますが、わたしは今でもIMEはAtok派。

パソコンの文字入力の入口なので、これは慣れと言いますか、安心します。ネット版をインストール。
Macも使っているので、クラウドで登録した単語を自動的に同期されるのが便利ですね。

Mery
エディタ。
今、書いているのがこれ。WindowsXP時代はWzEditorというのを使っていたのですが、Windows10で評判が良さそうなもの、Wzeditor的なものを選んだ結果、これを導入。
なんと、無料。
一番上の画面がちょうどMeryの画面です。これを見ておわかりの通り、アウトラインモードができるのも、Wzeditor的でいい感じ。
みなさんは、エディターを使っていますか?
Macでは、Miというフリーのエディタを使っています。といいながら、Macではあまりエディタを使う感じではないのですが、なぜか、Windowsマシンを使うとなると、エディタ無しではいられないといいますか、エディタ中心のPC生活となります。不思議ですね。
エディタさえあれば他はいらないというくらいの感じですね。

Claunch
Windowsの立ち上がりの画面がどうも使いにくい感じが否めません。
そのためには、ランチャーが必要です。
これも、WindowsXP当時に使っていたランチャーが健在で、今も、人気があるようなので、Windows10のGPDPocketにも導入しました。
左クリックボタン2回(ダブルクリック)でこのランチャーが立ち上がります。
ソフトごとにキーと連動させておけば、ダブルクリック+文字キーでソフトが立ち上がります。
このランチャーは自由度が高くて、ソフトの起動以外に、特定のホームページを立ち上げたり、フォルダを立ち上げたり、他にもシステム的な部分をもこのランチャーで立ち上げることができるのです。

Office365
OneDrive for Businessを契約しているので、その契約料でMacだけでなくWindowsにもインストールできます(たぶん)。それで、GPDPocketにもインストール。

以上、これだけあれば、パソコンとしては十分ですかね。

クラウド各種

あとは特記しませんが、今の時代、iCloud、OneDrive、GoogleDrive、Evernote、Dropbox、はOS関係なく、またがって使えます。基本、今の世の中、クラウド使用が前提になっているので、MacだろうとWindowsだろうとデータのやりとり、受け渡しはあまり心配しなくても大丈夫な感じですね。

メインはScrapbox
特に、iPhoneやiPadProを持っているのだから、わざわざWindows環境を構築しなくてもいいだろうにとおっしゃる方が老いと思います。
たしかにそれはそうなのですが、へそ曲がりの自分に加えて、もう少し気持ちよく使いたいあるサービスがありました。それが、Scrapboxです。

少し前にも書きましたが、現在のわたしのICT環境のど真ん中です。

本当言えば、ゼミの皆さんと研究のこと、ゼミのこと、その他全てをScrapboxでやりとりしたいくらいなのですけど、もともと、押しつけるのが好きじゃないわたしですから、自分自身がこのシステムにめちゃくちゃほれこんでいてもゼミ生に押しつけるのは悪いなぁと思うことが一つ、ゼミ生との情報のやりとりをサイボウズLiveというサービスをわたしからお願いして使ってもらっているのですが、お願いしておきながら、すぐにこちらでお願いしますというのもなんだかなぁと思っているのが一つという理由です。
そんなに、Scrapboxってどんな魅力があるの?ということですが、とにかく、脳のシナプスが簡単に電子上にネットワーク上につくれる感じですかね。いろいろと情報をつなげて考えていくと、その後に、自分の中でこれとこれがつながっていたのか!と後からわかる発見!みたいな感じです。

また、Wikpediaのようなつながりの構築を簡単にできるという感じです。

で、このScrapboxですが、iPhoneやiPadなどタブレットの操作に対応していないのですよ。まぁ、という説明は正確さを欠きますね。タブレットのGoogleChromeあたりだと表示と入力はかろうじてできますが、あまり自由にフランクに操作できる感じではありません。パソコンと比べたら使いにくいです。その点、GPDPocketはれっきとしたパソコンですすから、ブラウザを立ち上げて操作すると他のパソコンと同様に操作できます。(パソこんっだから当たり前なんですけどね)これが、とってもいい感じです。

Scrapboxに関しては今後、色々と書いていくと思います。

全体的なこと

キーボードの打ちやすさ

iPhone6Plusとそれほど大きさの変わらないGPDPocket。
キーボードの入力のしやすさに興味があるでしょう。
まず、大きさだが、個人的な感覚として(わたしは手が一般の大人に比べて小さいのです)、キーボードサイズはわたし的にはオッケーです。

過去に、カシオのCASSIOPEIAやHPのJornada720を普通の文字入力マシンとして使っていたわたしとしては何ら問題はありません。キーの感覚も安っぽくなくていいです。

(ちなみに、下がCASSIOPEIA)

CASSIOPEIA

(そして下がJornada720)

jornada720

しかし、打った感覚といいますか、キーを打って文字に反映される感触が悪いです。

深くしっかり、強く押さないとパソkんに反映されないようです。

このパソコンを使ってわたしの打つ感覚が分かったのですが、ローマ字入力をしますよね。ローマ字入力は普通2つキーを打って一文字が完成するじゃないですか。例えば、「き」という文字を入力するのだったら、「ki」と押すわけですよね。私の場合、1音目、つまり、「き」でいえば「k」を少し弱く打つようなのです。で、これをGPDPocketは認めてくれないようで、わたしは「き」と入力しているつもりが「い」と表示されてしまうこと、多々あります。

まぁ、慣れればいいのかもしれませんが、少し丁寧にキーを一つ一つ押さなければならない感じがあり、そこがわたし的には残念ですね。

それ以外は、ほぼ満足です。

今更なのですが、Windows10になり、電源を入れてから起動が速くなったことを知りました。なんだかんだいって、WindowsからMacに映った一番の理由が電源をオンにしてからの起動の遅さかもしれない私にとって、軽いショックですね。

あと、もう一つ、GPD Pocketの何気ない魅力としては画面タッチができることです。これ、とてもいい感じ。変にマウスポインタを該当する場所まで運ぶよりは、指でポンポンと押したり、画面を指でなぞって動かす方がめちゃくちゃ普通の感覚になっています。これができるのがいいですね。

まずは、GPDPocketについてのレビューはここまでにします。
(ちょっと、書く時間を確保できるとこういう長い文章を書いてしまう私)
(まぁ、書きたいこと、書けることがあるからなんですけど)


20171014 「守る」と「つくる」

もう、いい加減踏ん切りを付けることにしました。科研費。
今週は、「やらねばならない仕事」を除いては、ずっとこれにとりかかっていました。いろいろと頭の中で考えると、袋小路に入っていきます。

先々週の苫野一徳さんを招いた東北青年塾で、印象に残った一つに、

道徳などを中心に、「ルールを守る」という指導や授業をおこなうことはあっても、「ルールをつくる」という指導や授業がなく(とても少なく)、この経験が少ないことが社会に出てからの日本人の弱さではないか(えっと、わたしの思いきりの意訳です。責任はわたしにあります)

という感じの話がありました。

なるほど。これって、「主権者教育」につながるなぁと思いました。

「主体的」と「自主的」にも関係ありますけれど、「自分から発想する」という経験がすくないわけですよね。
だから、社会に出ても、「雇われる」という感覚が主といいますか、「起業家精神にもつながらないわけで……」

うーん、頭が痛いな。これ。

自分自身にも言えます。おもいきり。

わたしの人生は、他人が馴らしてくれたきれいな土地を、きれいな土地のママに生活すること、維持すること、ここに力を注いできたわけですよね。開拓するという感覚は、皆無です。

ま、「憧れ」だけはあるので、まだましかな。
あとは、動かなくちゃ。

どうすればいいのかな?
というところですね。

土曜日もお昼近くになってしまいました。
さて、大学を出て、福島の自宅に向かうことにしますか。


20171013 今日もいろいろあった……

はあっ……。
今日もいろいろあった……。
これを充実しているといっていいのかどうか。
まぁ、充実しているということにしたいと思う。

いろいろありすぎて、それを書いていくだけで疲れるので、一つだけ印象に残っていることを書くとしたら、学部ゼミかな。

今年は初めて4年生を一人担当しているので、卒業論文の指導もあるのだけれど、少しずつエンジンがかかってきているようで、フィールドが少しずつ整理されてきていることがわかる。
アイデアもそうだけれど、あとは、「行動」するかどうかだよね。
この「行動」ができる人なので、前進していることが目に見えてわかるのがいい。
3年生のお手本にもなるといいな。

ただ、まだ、論点が絞れていないことと、実際に文章に書いていくという作業はまた別物である。ここが、どうなるか。どんどんどんどん進めて行かなければならないのだと思う。わたしが書くわけではないので、しっかりサポートはしたいとは思うが、本人の馬力にかかっている。

学部3年生の2人の、レポートもなかなかいい感じだった。
自分の興味関心が絞れてくると、どんどん、おもしろい情報が机上に提供される。それを共に楽しめる、驚き合える仲間がいる。
いい感じ。

あとは、わたしのゼミ構想というか、ゼミ設計がしっかりしていないのだと思うけれど、他の研究室と違って、まだ、わたしのところは院生と学部生のゼミがうまく交わりきれていないというかいい感じでの回転になっていない。
これ、わたしが問題なんだよなぁ……たぶん。

院生たち、学部生たち、それぞれに素敵で、それぞれにいい感じで前進しているのだけれど、無理して交わるとかではなく「ある目的を達成するために」「必然的に交わる」という仕組み、しかけ、ができたらいいなぁと思うのだけれど、そこがいまいち構築できないでいる。

まぁ、わたし一人で悩んでも仕方ないので、院生や学部生と話し合いながら、相談しながら、形をつくっていこうと思う。

まだまだ、研究室に残ってやること、やるべきことがあるんだけれど、夕食を食べ損なって、夕食を食べていないので、もう帰って明日朝、ちょっとだけ大学で仕事をしてから福島へ帰ることにする。

それにしても、本日の夜、福島に帰るはずが、明日の早朝帰る予定になり……。
明日の早朝帰る予定が、最低限やることが残っているから明日の朝、大学で仕事をしてから帰ることにする。

仕事は嫌いじゃないからね。
別にいいんだけど、もう少し、整理したいよねぇ……。


20171012 沈黙が怖いんですよねえ……

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木曜日4限目。学部生への授業。
自分「だけ」で進める科目。
人数もいい感じなので、珍しく前回の感想カードに赤ペンでコメントを入れて返しました。
大学に来て、初めてだわ〜。

前回の感想をじっくり読んで、一人一人にメッセージを書く。
それぞれに、授業そのものを肯定的に受け止めて感想を書いてくれているので、わたしもとても書きやすいです。応援したり、励ましたり、相談にのれるところはのるよって書いてみたり……。

で、本日、2回目。

でもでも、学生の前に立つとめちゃくちゃ緊張するんですよね。
これ、たぶん、わたし、大きく2つの理由があるのです。

1つは、多くの人間から見つめられると怖い。
なんだか、背筋がぞくっときて心臓がバクバクして何をどのように話していいのかわからなくなります。

2つは、沈黙が怖い。
静かでいられることが怖いんですね。
もう、頭の中でいろんな妄想がおきちゃって。

そのこころは、たぶん、自分って、結局のところ、(いろいろといい人ぶっても)プライドが高いのだと思います。「いい授業だったと思われたい」「いい先生と思われたい」「楽しい時間だったと言われたい」
そういう反応がほしくて、それでいながら、自分の口からでる言葉は決して、実りある言葉ではなく、地に足がついていない感じで話してしまい、それが、そのまま「沈黙」とか「見つめられる」とかになって、なんだか、つまらない時間を学生に与えてしまっているのではないだろうかという恐れを抱いてのバクバク、ドキドキなんですね。きっと。
ああっ、自己嫌悪。

それでも、(本心かどうかわかりませんが)今日の授業の感想を前向きに、肯定的に書いてくれる学生さん達。うれしいと同時に、申し訳ないですわ。
自分の中では、もう少し、充実した実りある授業になるはずだったんですけどね……。すみません。


20171011 (>_<。)

ちゃんと6時間は眠りたいので、帰ります。
それなりに集中して、考え続けたと思うのですが、与えられたスペースが埋まりません。たった数ページなのに。

こんなとき自分の力不足を思いきり感じる。
嫌というわけじゃないんです。
だって、こういうことに取り組むのが基本的には好きなんですから。
でも、前に進めないのが悲しい。
もっと、自分に力がほしい。
だから、もっと学びたい。
貪欲に。

考える力をつけたい。
貪欲に。

創造力がほしい。
貪欲に。

どんどん衰える脳を感じているけど。
貪欲に。


20171010 19時過ぎてからエンジンがかかるも……ダメやなぁ。

23時前には寝床につきたいから、そろそろ帰ろう。

今日は、ずっとずっと一点だけを考えて、それだけを考えて進めようと朝起きたときから考えていて。

でも、三連休明けで(言い訳)、三連休はずっとお昼の12時近くまで寝ていたからその感覚が残っていて。

いつもの大学に出勤する時刻には大学に着いたものの、頭の中はぽんにゃりしていて。

でも、やらねばまずいとは頭の片隅には一応あって。

すぐ書き始めるわけにはいかないから、いろいろと調べて。

その途中に、Mendeleyなどという無料の文献管理ツールをMacとiPadとWindowsにインストールしちゃって。

論文やウェブから情報を集めると、ちょっといいアイデアかも!と思ったものがたいしたものではないことがわかってしまって……。

うーん、自分は「追試能力」はあるけれど「創造的能力が無い人間なのだ」といつものように、落ち込んで。

方向を変えようかどうか悩んで。

でも、今更、変えるにもよいアイデアが浮かばないから、今回はこの方向で突き進もうと思って。

よし、書くぞ!と集中したのが夕食後で。

それでも、1頁も書き上げられなくて。時計を見ると22時過ぎてて。

なんだかなぁ。どうしようもないなぁ。自分。と落ち込んで。

とぼとぼと宿舎までこれから帰ろうとする自分。

宿舎で、妻から、母から、いただいた梨を食べてすぐに寝よう……。

20171009 朝寝坊を満喫した3日間!

家に住んでいた頃は、休日、家の外で何をするかと言うことが一つの生活パターンでした。

家の外に住んでいる今、家に戻ったとき、いかに家の中を楽しむかということがポイントです(まぁ、もともと、わたしはインドア派で妻はアウトドア派なので、妻に従えば家の外が基本形なのですけど、受験生を抱える今、そうやすやすと今年一年は出かける雰囲気ではないと言うことが一番ですけどね)。

今まででしたら、三連休、絶好のキャンプディ!
ほぼ、確実にどこかのキャンプ場へ出かけていたのですが、家の中で過ごしました。

この三連休の思い出は、「朝寝坊」。

久しぶりに、もう起きなくちゃ、起きなければまずい!という状態になるまで、寝続けました\(^o^)/。

高校時代は、休日はお昼12時過ぎるまで寝ていることが自分の楽しみであり、自慢でしたが、今はそんな体力はありませんf^_^;。

でも、それに近い時刻まで寝ていました。

家族とまったりと過ごす。
たいした思い出になるわけではないのですが、こういう時間、わたしには貴重なのだろうと思います。

だって、何もなければ、一人でずっとどこかの部屋にこもり続けてしまうのがわたしの性格ですからね。

20171008 本当に後ろを見ない人間なんだよなぁ……

他のほとんどの動物と違って、なぜ人間の目は前についていて、後ろが見られないようになっているか分かるかい?

それはね、過去をふり返らずに、いつも前向きで、前を向いて歩んでいく生き方をするためなんだよ。

などという、セリフがどこかにあったようななかったような……。

私に当てはめると、本当に、過去のことをふり返るのことが嫌いです。これは、よかったこともわるかったことも含めて、とにかく、過ぎてしまったことに関してああだった、こうだったと話し合うのもしかり、記録におこすのもしかり、そういう行為が苦手であり、嫌いなんです。

遊びにしても、仕事にしても、「したこと」はその瞬間、おもしろかったり、くやしかったり、残念だったり、もう一回したかったり……といろいろとあるでしょうが、その時はその時で、時間が過ぎるとその時のことに対しての「何か」をもとにして、うまく今の自分を生かしているところはありません。

このブログをお読みの方は、良好な人間関係を育む力だったり、仕組みだったりにわたしは強烈にコンプレックスを持ち、興味関心を抱いていることはおわかりでしょう。

もう一つ、振り返り、シェアリング、リフレクション……といった、体験したことをうまく自分の知識経験技術等々に落とし込み、次に生かす……ということの力や仕組み等々に興味関心を抱いています。

ただ、良好な人間関係と振り返りという二つですが、わたしの中では随分立場が異なります。

人間関係については、もうずっと前から、小学生時分から、苦手だけれども強烈に憧れを抱いてきたわけです。自分の近くには友達がいなくて、いつも級友のWさんには友達が自然に集まってくる……どうしてなんだろう……とかね。

で、振り返りについては、別にむかしから憧れ等々はありませんでした。逆に振り返りなんてしなくていい。楽しかったんだから(逆に悔しかったんだから)それでいい!とだけ思っていました。

ここの必要感が大きく違います。

じゃあ、なぜ?「振り返り」?

大きく2つあります。

1つは、わたしが尊敬する実践家や研究者は、話を伺ったり、またその方の成果物等々を見るとしっかり「振り返り」を行っているということです。もうこの時点で、自分の至らなさ(だから、自分は二流、三流なんだという思い)を感じます。

2つは、今の役割(大学教員)で、しっかりと実績を残していくためには、振り返りを大事にしないと、前に進めないということを感じているからです。

嫌いで避けてきたことなのですが、竹の節同様、しっかりと意識して進まねばと思うわけです。


20171007 なるほど!歳を重ねると感度が高くなる……か。

先週、東北青年塾後で何人かと食事をしていたときです。
何歳になっても、思考に深まりが見られない私と違って、年々、益々、言葉に重みが出ているJJさんが、またも、「そうそう!それだよねそれ!」という言葉をわたしの前で口にしてくれました。

「歳を重ねると感度が高くなるからね」

若いとき、それこそ生意気で、先輩の先生を前にしても授業その他を意気込んでやっていた自分がいます。
でも、いつの頃でしょうか……。
実際は元々が、小心者で、弱虫で、泣き虫だった自分の顔が出てしまったと言えばそうかもしれませんが……いつの頃からか、何をやるでもなすでも、周囲がどのように受け取るだろうか、反応するだろうかとドキドキしながらの自分がいます。

これ、現代の風潮もそんな感じなので、輪をかけてそうなっているのでしょうね……。

で、いろいろな要素があると思うのですが、たぶん、「歳を重ねて感度が高くなったから」というのが一定の正解ではないかと。

例えば、職員室内でも授業中でも、誰々さんのあれあれの振る舞いが、じつはこれこれを背景に、それそれがあるからこそしている……というようなことをいちいち、見通すというところまではっきりは言えないものの、なんとなく感じてしまい、さて、それからどうしたものか……ということになっていくわけです。

なんだかね、歳を取るっていろいろありますわ。


20171006 地元福島県二本松市内中学校校内研修会へ!そこに、なななんと!

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わたしの地元、福島県二本松市内のある中学校の校内研修に講師として招かれました。

春に同じ校区の小学校にも招かれた後での今日。なんだか、つながりができたようで嬉しく思います。

さて、どこからどのように書いていこうかなぁ……。

まず、この中学校にはもともとつながりがありません。つながりがない中で、わたしに注目し、声をかけてくださった校長先生に感謝いたします。実際は、今週月曜日にお招きされた福島県郡山市のB先生と校長先生がつながっていて、わたしと結びついたようですが……。それでいても、普通はそれだけでわたしを呼ぶ発想はしないはず(笑)。わたしに何らかの価値があると思ってくださり、呼んだはずです。それに答えることができたかどうか……。心配ではあります(^0^;)。

テーマは「ホワイトボードの活用」と「協同的な学び」を結びつけて話してほちいということで、今回、またまた新たにいろいろとプレゼンを作成して臨みました。なんだか、自分の頭の中だけで泳いでしまったかなぁ……どうかなぁ。自分自身で評価しかねます。
先生方の何かのヒントになることを祈っております。

そして今回、なななんと、突然、二本松市の教育長が来られましたf^_^;。
みなさん、ご存じの通り、わたし、権威にめっぽう弱いんです。
めちゃ、緊張!
実は、わたしが小学校教員二校目の時(まだ二十代)に、(教育長は)勤務校の保護者として関わりがあります。覚えてらっしゃらないかなぁと思って話し始めましたら、ちゃんと覚えてくださっていました。わたしの実家の場所までわかってらっしゃるf^_^;。悪いことできません。
今回も、いつもの通り、アクティビティを入れ込んだ講座です。2つのアクティビティを入れたのですが、教育長もアクティビティに普通に参加してくださいました\(^o^)/。わたし、自分の講座に、アクティビティに当たり前のように参加してくださる管理職とか高い立場の人を見ると、一気に親しみがわきます。緊張していた私が、もう、ぐっと溶け出しました。
教育長に感謝です。

事務の方も、実は、教育長同様に、二校目で一緒だった方。
二人ともチョー若手教員だったのに、互いに老けました(苦笑)。
懐かしい思い出が蘇ります。

参加者にも、最後から二つ目の学校で一緒だった同僚。
今は、隣の小学校で教頭先生になられている方が参加。

そして、帰り際に話しかけられたのは、その最後から二つ目の学校で、とてもとてもお世話になったある先生と今、一緒に勤めている若手教員。
その元同僚から進められてこの会に他校から参加されたと言うことでした。

なんだか、輪がどんどん広がっていくようで、うれしいですね。

実は、自分の地元、二本松市にはわたし、一度も勤めたことがないのです。
平成元年に、教員になったとき、いろいろな場で公言していたことの一つに、育てられた地元二本松に学校教育を通して還元すること、貢献すること。

結局、そういう機会を得ずに、避けるように、逃げるようにして小学校教員を27年間勤めた上に、最後は、大学人となってしまったわけですが、遅くはありませんよね。今からでも、自分の立場で、自分ができる役回りで、なんらかの形で地元二本松に貢献したいと思っています。

今日が、そのきっかけになればうれしいなぁ。
というか、その前にわたしを2年連続で地元二本松に呼んでくれた本日の中学校の隣の小学校に勤めるK先生に感謝ですね。

なにかが始まる!!!……はず(と思う)。


20171005 各所でドラマチックなことが頻発していたらしい……

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今日は、学生たちもわたしもいろいろとドラマが頻発したようで……人生ってチョータノシ−!!

まず、わたし。
10月から後期授業始まり、わたしも大学教員となって初めての自分自身の15コマ全てを担当する授業(学部生)をもちます。今日がその1回目でした。それなりの人数が受講してくれたようでうれしい反面、教室が狭いんだよねぇ。もう少し、授業の中で動き回りたいので、今後、そういう意味ではやりにくさを感じそうだけど……まぁ、いいか。授業ができると言うだけでもうれしいわけだからね。

当たり前だけど、15回をどのように展開するか、今日のこのときまでずっとずっと考えていました。この授業のモデルベースには、上條晴夫さんの「理想の授業づくり」を使っていくつもりでいます。

まだ学部2年生なので、教科書だ、学習指導要領だという狭い枠に囚われずに、自分の「理想、こだわり、好き、強み」を強烈に意識した実験授業を展開してもらい、その後、リフレクションをするつもりでいます。
ただ、時間の都合上などいろいろと授業進行の課題はあるのですけどね。
最初の数回は、ワークショップを入れながらもわたしの話を中心とした講義。
いい学生さん達ばかりで、時間が過ぎました。
「20分の実験授業を全員が体験するようにしますね」
と話したとき、にわかに緊張する学生さんが数人いました。(まぁ、当然と言えば当然だろうけど)
そういう、壁を少しでも低くしながら、「やってみてよかった体験」を味わわせてあげられるかどうかがわたしの今後の授業の鍵になります。

次、院生達。
わたしの院生達は、2つの連携協力校に別れて出かけています。
今日は、それぞれで授業をさせてもらい、それぞれで、感動的な出来事があったと言うことでした。

ある現職院生は、ストレート院生のその授業を見ていて「涙が出そうだった」とのこと。いい関係ですよね。
ストレート院生のがんばりもそうですし、その院生を見て、涙が出そうになる現職員生徒の関わりも素敵だなと思いました。
この授業前までに、いろいろと関わり続けてきましたからね。
今回が、始まりです。
日常が続くと、こういう感動が薄れて当たり前になっていくかもしれません。
当たり前になるということも、一つの価値です。
その都度その都度を見つめていきたいですね。

そして、一方の現職院生は自身が授業の中に飛び込んでいきました。
この方は、授業に見る力がとてもある方。
それだけに、見えすぎるだけに自分自身が授業者として飛び込んでいくことに臆病になってしまいそうになっていました。
その背中を押してくださったのが、一緒に連携協力校に入っている水落研究室の院生。前日から2人でずっと相談し、授業も一緒に入ってくださったそうです。
一つ、山を登りました。

みなさんの話を聞けるのがとっても嬉しい。

これから、ゼミの懇親会があります。
富山の内地留学生の方の歓迎会、学部生の教育実習お疲れ様会等々を含めています。
今日の授業の話もめちゃくちゃ話題に出ることでしょう。
テレビやドラマ、ゲーム、恋愛の話で盛り上がるのもまぁ悪くはないですが、今日は、授業実践、研究の話だけで盛り上がりそうです。
いいなぁ……。
みんなの、素敵な話が聞けるの、大好きです!!

話の内容をお聞かせできないのが残念ですね。
ぜひ、来年度、上越教育大学教職大学院に来て仲間になりましょう!


20171004 院ゼミ、学部ゼミ、新しいフェーズへ

日程の都合上、大学院のゼミと学部のゼミが重なってしまいました。

ゼミ長中心に、主体的・対話的で深く学ぶ姿勢が整っている大学院ゼミは基本、学生達に任せて、わたしは学部生の方のゼミに中心的に参加しました。

院のゼミは、富山からいらっしゃっている内地留学生の方を交えて、開催です。わたしが途中から入っていくと、すでにみなさんとなじんでいて、ニックネーム風に呼び合う仲になっていました。いい感じです。わたしが邪魔する必要はありませんね。

そろそろ、連携協力校での実習授業もどんどん入っていく感じで、みなさん臨戦態勢になりつつあります。

学部のゼミは、9月、教育実習を経ての久々の全員集合です。みなさん、「社会人」のようにたくましくなって帰ってきました。研究に向けた発言もみなさん、実感を伴っています。

実習に行く前に、各自が考えた個人の課題を改めて確認し、そこに関して、もう少し具体的な言葉で語れるようになること、先行研究をどんどん探っていくことを確認しました。来週のゼミから本格的に順番を決めて調べてきたことを掘り下げていくことを確認しあいました。

このように展開していくと、わたし自身の研究の手法をもっともっとバラエティ豊かにしていかないと行けないと思います。

もっと貪欲に!

20171003 集中して充実した時間が過ぎていったなぁ……

先週の木曜日から、いろいろと机に向かえず本日。

それにしては、一応、予定していた本日最低限のTodoを終えることができました。なんとか、やったぁ\(^o^)/という感じ。

10月1日付で富山県からわたしの研究室に内地留学に来てくださっている方がいます。実は、昨日からいらっしゃっているわけですがわたしは昨日は福島県郡山市。ゼミ長中心にしっかりと対応してくださいました。さすがです。わたしが頼りないと、まわりが自立してくださいます。めざせ!「のぼうの城」

本日はこの内地留学生の方と学生さんと一緒に、連携協力校への挨拶。
しっかり学んでいただくと共に、やはり、そこで連携協力校へ自分の力を還元してきてほしいなぁとも思います。たぶん、大丈夫。明るくて、前向きで、積極的な方。12月末までいらっしゃるのですが、何かを掴んで行かれることでしょう。

午後は、自分が大学に提出しなければならない文書の作成。事務処理に少し創意工夫が入った感じのもの。こういうのは、面倒と言えば面倒だけれど、作業に入ればドーンと進められるものなので、なんとか予定通り(少し、時間がかかりすぎた感じがしますけど)終わりました。

そこに、学部4年生の個人ゼミ。
そろそろ中間発表も見えてきたこの時期。若干、研究を軌道修正するという話。本人にとって、進めて良かったという研究に是非してほしいと思います。自分の生活の延長線上にあるものですから。自分の役に立たなくちゃ意味がありません。

そして、院生2人と別々に相談にのりました。

それぞれに、今の自分自身を見つめての話で、わたしが真剣に向き合わないと失礼だなと思って一生懸命話を聞きました。院生からわたしに話を持ちかけてくる、とてもすてきです。ここでのポイントは、それに応えるだけのわたしの力があるかと言うことですね。たいへんだよ〜。

本日最後の最後、学会の事務仕事。
機械的な仕事なのだけれど、たいへんです。
機械的な仕事だから、たいへんです。
なのかな?

思えば、「授業づくりネットワーク」の名簿管理等々、30歳代からずっとやってきました。
いつまでたっても、こういう仕事をしている自分がいます。
ちょっと仕事が雑だったり、抜けが多いわたしですけれど、ちゃんとやらねばと思っています。
こういう仕事をしなければ、組織は成り立たないわけですから。

今週の「まずはやらねば!」というのは1日で一応片を付けたので、明日は、会議があるけれど、それをはさんで「創造的な仕事」に取り組もうと思っている「今」です。
明日にならねば分かりませんが(^0^;)。


20171002 福島県郡山市内の校内研修会へ

本日は、福島県郡山市内の小学校の校内研修会講師として招かれました。
地元で招いてくださり、うれしく思うと同時に、身が引き締まる思いでした。

わたしに声をかけてくださった方は、わたしが小学校現場で働いていたときに、わたし自身が目指していたモデル教師のお一人です。

特に、『学び合い』を自分自身が全授業で実践展開する以前、まだわたしが『学び合い』についてビクビクしていた頃、個人的に連絡をして直接お話をお伺いした方です。たくさんのハテナをメモして全て投げかけてきたのですが、それをことごとくわたしが理解できる形で優しく説明してくださいました。そこで、わたしは実感レベルとして理解した後、自信を持って自分の学級で『学び合い』を全面展開していくようになります。

その方から、「うちの学校に来て話をしてちょうだい」との話。
「はい。喜んで!」

でした。

といいながらも、わたしはこの方から学んでいるわけです。
とっても、緊張しました。

まぁ、わたしも現場教員時代、経験しているからわかるのですが、内部の人間が何を言っても伝わらないことを、外部の人間がパッと説明することで今まで何だったんだい!と突っ込みたくなるほど、簡単に変化をする、取り入れられるときがあります。
わたしがそうできたかどうかわかりませんが、「外部」の人間として、動き出しのきっかけになるといいなぁと思っていますが、さて……どうだったでしょうか。

授業者がいい感じで、生き生きと授業に取り組んでいたのが印象的でした。子どもたち一人一人にしっかりと自分の声を伝えようという振る舞いができていてすばらしかったです。今後、どんどん伸びていく芽を見ることができました。

また、毎回書いていますが、こういう授業を「よしよし」「もっとやってください」と促す管理職がいてくださることが学校全体に広がる一番の土台です。ここの学校もそういうところでした。大丈夫!と思って学校を後にしました。

なんてったって、「彼」がいるのですから。
安心です。楽しみです。
教えを乞うたときのわたしに比べて、少しは成長していたでしょうか。
わたしへの評価が気になります。

また、一つ学びになりました。

20171001 久々の第57回東北青年塾(苫野一徳先生を迎えて)に参加

久々の東北青年塾。丁度、地元に行けるというタイミングの良さと今、一度は直接お目にかかっておきたい苫野先生ということで、仙台に行って参りました。

わたしは、とにもかくにも初めてお目にかかる方とは出会ったその日にすぐに砕けた話ができるようにはなれません(涙)。どうしても、自分から壁をつくってしまうわけですよね。それで、今日も講座中での会話だけだったので、少し自己紹介をしたくらいで終わってしまいました。前後に、お酒を酌み交わすこともあればまたちがったかもしれませんが……。2度お目にかかってから、より親交が深まるかどうか……自分の素直な心を待ちたいと思います。

さて、講座。

わたしの考え方に大きな影響を与えてくれた苫野さんの著書「教育の力」をベースに苫野さんの哲学的な背景の話、参加者同士の哲学対話、……等々、時間があっという間に過ぎていきました。

頭を使うと、本当に疲れますね。脳のエネルギーを使うので、ぐったりします。

わたし自身、本当の意味での哲学についての思考の旅はしたことはないかもしれませんが、苫野さんが師匠と仰いでいる竹田青嗣さんと橋爪大三郎さんとの本例えば下の本などは読んで深く影響を受けています。

今でも、「授業づくりネットワーク」つながりで会うたびにいろいろと話をしてもらっている太田昌宏さんとお話(議論)をします。なんだか懐かしいです。

わたし自身、頭でっかちだったり、社会の謎、生き方考え方の深層を知りたいと思って、哲学的な思想に触れようと努力したことがあります。もちろん、ヘーゲルとかフッサールとかデカルトとかね。

でも、なんだかわかるようなわからないような。
自分自身に根本的な問いがないので、問いをもっての読書でなかったので、かっこつけて理解しようとしただけなので、(哲学に触れていると言うとなんとなくかっこいいような気がする)浅煎り開始かできないのだろうなと思っています。

いろんな人から出てくる問いを、真剣に受け止め、自分の言葉で語ろうとしている苫野さん。存在が哲学者でした。

今後の自分の考え方、生き方が触発されそうです。
ありがとうございました。



© Takayuki Abe 2016