20170514 読み進められる本と読み進められない本

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誰でもそうなのかもしれませんが、読み進められる本と読み進められない本があります。

今、「平和の哲学者」「対話の哲学者」と言われているブーバーを知るために、斉藤啓一著「ブーバーに学ぶ」(日本教文社)という本を読んでいます。少し観念的だったり、ユダヤ教のことに触れたりするのでわかりにくいと言えばわかりにくいのですが、わたしにはめちゃくちゃ面白い。もちろん、書き手が期待したとおりにわたしが読めているかどうかは分かりません。ちょうど、30章に別れているので、仕事の合間合間、宿舎の夕飯後などに、1章ずつ読んでいるという感じです。

とはいいつつ、わたしの能力不足か、苦手領域で、読めない本も多々あります。例えば、佐伯胖著「「きめ方」の論理」(東京大学出版会)。十数年前、「教室の中の話し合いがどうも一つに決まらないのはどうしてだろう」のような会話を「授業づくりネットワーク編集会議」で行っていたとき、(現)編集長の藤川大祐さんが、「それは、事前に決め方を決めていないからだ」というようなことをおっしゃっていたのを今でも鮮明に覚えています(文責は阿部にあり)。そこで、紹介してもらったのが、この本。
すぐに買って読んだのですが、確率だったり、レコード大賞の決まり方を例に書かれていたりと、「ほうっ」「へえっ」の連発だったのですが、結局、よくわからないままページをめくって終わっています。
その後、何かの席で、「あの本、めちゃくちゃ難しかったですよねぇ。」と藤川さんに言ったら、「そう?とっても分かりやすかったと思うけど」と言われ、「ああっ、そうか。この方と私の頭の構造が根本的に違うのだ」と思ったことがありました。

まぁ、ちょっと自分が劣っていると書くのは、しゃくなので、「頭の構造が異なっている」という書き方にしておきます。

やっぱり、理数的な数式や構造をもった文章は、なかなかわたしの頭の中にすっと入ってきません。例えば、ゲーム理論の本を何冊か読んではいますが、これも、わたしにはなかなか素直に入ってきにくい分野です。
でも、あこがれます。こういう本を理解できる人間になりたいって。



© Takayuki Abe 2016