20170520 築地久子先生の声を聴くために大阪へ

「授業」という意味で、もっとも影響を受けた先生は、築地久子先生です。わたしは、平成元年に教員になっていますが、その頃から、自分が理想とする授業を思い描きつつ、当時、一番影響力があった法則化の授業中心に(他の民間教育団体の技術や方法も含めて)日々、授業を行っていました。小学校教員ですから、どの教科もプロフェッショナルでありたいと思ってはいたものの、免許をもっている社会科を自分の授業の中心においたのはまぁ自然の流れでした。当時、社会科といえば、有田和正先生。わたしも、人並みに、有田先生の本を購入し、やはり追試しました。授業も何回か見に行きました。しかし…素晴らしい授業、素敵な先生と思いつつも、こういう授業が自分の理想とするところではないなぁ…と思っていました。そこで、築地先生の授業に出会いました。脳天をガツンとやられました。教員に3年目。6年生担任時、築地先生のような授業をやりたいと「真似」てみました。ハハハ(^^;;、できるはずがありません。

今もですが、それ以上に、若い当時は、「形だけ」を真似ようとする、なんの芸もない授業でした。そんな納得感も、ゴールも見えないままに、子どもたち自身の手で学ぶはずがありません。

4月、成蹊大学で久しぶりに「授業づくりネットワーク」の集会を開きました。その時に、久しぶりに築地先生が公の場に登場し、お話しされることを聞きました。その日の夜、すぐに参加申し込みをしました。

この4月の「授業づくりネットワーク」の場で、代表の石川晋さんや、事務局長の佐内信之さんが築地実践の話をしていたのですが、なるほどなぁと思って聞いていました。「あこがれ」と言いながら、しっかり築地実践の特徴やよさを分析できていないわたしがいることに今更気づきました。やはり、形ばかりだったんだなぁ。

この時、石川さんたちが強調していたのは、「一人のために授業を行う」ということでした。この言葉は書籍で雑誌原稿で確かに目にしてきたものではありましたが、わたしにはこの意味の大切さ、そして、この考えのもとどのように授業をつくっていくのかということをよく知らないままでした。目にしていただけで、スルーしていたのでしょう。昨日の築地先生の話。この「一人のために授業を行う」「一人のために授業を創る」勝手に一言でまとめてしまうと、築地先生の授業に関しては、もしかして、ここに尽きるのかもしれません。そのための、もろもろの方法がある…と。

築地先生の話によれば、事前に話を用意してきたのだが、話しているうちに全然違う話になってしまったということでした(笑)。人前で話すのが苦手とおっしゃりながら、1時間30分。淀みなく、力強く話す様は、やはり築地久子先生でした。

話の中で興味深かったのは、(特に後半)、安東小学校の後で勤務した(築地先生が言うところの)「山の」小学校時代の話です。たぶん、この時代のことはあまり文章として書かれていない、残されていないのではないでしょうか。

授業そのものよりも、もう少し引いて、学校づくり、行事づくり、といったマネジメントの話をされた感じでした。

当時、すでに、「全校授業」や「教科横断的な授業(いわゆる、今日で言うところのカリキュラムマネジメント)」、そして、保護者や地域を巻き込んだ「チーム学校」の実践が、築地先生が意図されたのかどうかわかりませんが、具体的な例のもと話されました。

ビビりました。どこまでいっても、最先端を進まれた方なのですね。この話は、今そのまま文章にしても、とんがっている実践です。

学校目標、学年目標、学級目標。
これを立てたなら、絵に描いた餅にしない。
そのために、動く。

勝手に予想するに、築地先生の頭の中はシンプルなんです。
教師として生きると言うこと
動くと言うこと
やるということ

でも、シンプルだからこそ難しいなぁ。

すぐに、やれない理由を考えてしまうからなぁ。

面倒さを考えてしまうし…。

こういう人間は教育に携わっていけないのかなぁ。

エネルギーの持ち方、持って行きかたかなぁ。

教師の生き様としての築地先生を見て、また、自分を見つめ続けることができそうです。

感謝。

© Takayuki Abe 2016