2017年6月

20170630 本学にいらっしゃったちょんせいこさんと大場先生の授業を聴講

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本日は、上越教育大学にちょんせいこさんがいらっしゃり、大場教授の授業でちょんせいこさんがコラボするというので、阿部研究室のゼミ生全員と一緒に参加しました。

うちのゼミ生は、本を参照にしながら、自主練習をしているものの、本物のちょんせいこさんから直接、ホワイトボード・ミーティングのイロハを教えてもらい、いろいろと感じることがあったことでしょう。

うちの研究室のこれからにつながるといいなぁと思います。

大場先生もわたしに親しく話してくださり、ありがたく思いました。
大場先生の研究とわたしの研究をコラボして面白そうなことができるのではないかと話してくださり、うれしく思いました。新しい動きができるといいなぁと思います。

わたし自身は、相変わらず、ホワイトボードの前に立つと心が沈みます(>_<。)。

「書く」という日常の行為ですが、わたしの場合、
99.8:0.2=電子入力(タッチタイプ):ペンで書く
という生活をしています。

もう、ペンで書くこと自体、わたしの場合、思考が停止するのですね。
ペンで書きながら、問いを発していくと、書かねばならないとか、書きながら質問しなければならないとか、私の文字はなんと汚いのだろうとか、いろいろと考えてしまって、スムーズに思考ができません。
うーん……悩む。

これ、キーボードだと全く視界が変わるのです。
キーボードでしたら、画面を見なくても打てるし、入力しながら頭を回転して思考を働かせることができます。もう、キーボード入力頭になっているのです。タッチタイプをしているときが、自分の頭の中が最もシャープでいられるときです。
あっ、もちろん、何も書かなくて、誰かと会話をしているときはそれはそれで頭が回転していると思いますが。

だから、うーん。
明日からの参加、どうしようかなぁ。
もちろん、申し込んでいるのですが、ちょっとホワイトボードの前に立つことを恐れている私。
ホワイトボードを使って会話をすることで、心が温かくなるのがホワイトボード・ミーティングの真骨頂のわけですが、わたしの場合、ちょっと心が冷えてしまいそうなので、少し躊躇しているところです。

またまた、コンプレックスが一つ増えてしまった予感……。
明日、参加できるか?自分?


20170629 長岡での水落研OBのK先生授業研究会へ参加

長岡市での授業研究会へ一般参加してきました。
昨年度まで、水落研究室に在籍していたK先生が現場に戻って、またチャレンジングな授業をされるということを伺って、

  • 現場に戻ってのK先生の授業の姿を見てみたい(実は、研究室が異なったこともあり、大学院にいらっしゃったときからK先生の授業を見たことがないのでした。ビデオでの授業をされている姿は見たことがありましたが)
  • 内容が、(研究途中なのであまり紹介できませんが)カリキュラム・マネジメントでの方向性で最先端の授業をされるので直接生で見てみたかった。
  • 懇意にしていただいたK先生を応援(というか冷やかし)で、K先生の「今」を見てみたい。
  • 国立教育政策研究所の藤本義博先生がいらっしゃり、K先生の授業を見てのアドバイスをくださるというので、話を伺ってみたい。

という考えのもと、参加しました。研究室は異なるとは言え、水落研究室のみなさんはなんというのでしょうか。わたしにとってみなさん、ファミリーみたいな感覚なのです。

結果、とても多くのことを学ぶ2日間になりました。授業の細かいことは書きませんが、

  • チャレンジングな授業に子どもたちが真剣に取り組んでいたこと
  • K先生の受容的な態度が、いい感じで授業全体、学級全体、子どもたち全体へ広がっていたこと
  • 本研究の可能性がとてもとても広く深く感じたこと
  • K先生が、授業後、自分の教室を案内し、子どもたちの様子を語る姿がとても眩しかったこと(すでに、現場の人間であり、目の前の子どもたちの成長を一心に考えつつも、同時に、研究的に授業を進めていること)
  • 藤本先生の、「本時の授業」「学習指導要領」「理科」「新たな研究の方向性」を結びつけて具体的に話される素晴らしさ
  • 水落先生の、いつもながらの「語る」姿、言葉、意味、技術(いつも、水落先生が前で話されるときの言葉を一生懸命メモしているわたしがいます。本当に説得力ある言葉で話し、わたしたちを納得させてしまうんですよねぇ。)
  • 水落研究室の強い絆。現院生だけでなく、新潟県内のOBも駆けつける素晴らしさ

などなど、まだまだ未熟なわたしにとって新しい方向性を感じさせて、味わわせてもらいました。わたしのようなちゃらんぽらんな人間は、このトップ研究集団の集団の片隅に紛れさせてもらうのがやっとの状態ですが、ぜひとも様々なことを参考にし、取り入れていきたいです。


20170628 あべたかゼミホームページ、始動!

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「あべたかゼミ」ホームページが始動しました。
全てゼミ生による運営、ゼミ生による更新です。

Welcome to the ABETAKA Laboratory

わたしも楽しみにしていたいと思います。みなさんにも日々の活動を見ていただいて、縁あって、わたしのゼミに来てくださる方がいたらうれしいですね。

そうそう。
上のようなイラストのプレゼントもありました。
たぶん、家族に「誕生日おめでとう」と言ってもらえなかったことがかわいそうと思ってくださったのでしょう。
イラスト、めちゃくちゃ上手いじゃないですかぁ。
こういう「強み」があるって、うらやましいなぁ。

ゼミ生の日々の動きに感謝しつつ、暑いので、今日は飲みに行きますか(^_^)。

20170627 8月!全国各地で皆様とお目にかかりたい!

7月に入りますね。
7月は講師として大学外に行く仕事は少し減りまして、落ち着いて大学内の仕事に集中できます。「書く」ことにも力を入れたいですね。

8月、いつもなんとなく過ごしていたわたしにとって今年は大学外に招かれて話す機会が多くなります。校内研修や特定の自治体の研修での話しもありますが、オープンに申し込んでの教育イベント、研修があります。
下に書きますので、リンク先等、たどって申し込んでいただければと思います。ぜひ、いろんな方とお目にかかりたいです。

他に、いくつかの校内研修、教員組合の研修会等々に招かれてます。自分の中では、こんなにいろいろある8月は初めてです。たぶん今年だけだよなと思いつつ、だからこそ7月集中していろいろとやり進めたいし、9月以後地に足をつけてしっかり学ばなければと思っています。

とにかく、8月、近くにいらっしゃる方、お目にかかっていろいろとお話したいです!!ぜひどうぞ!


20170626 20170625 「第3回協働的な授業リフレクション研究会in東京」をふり返って

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悶々とし、いろいろと計画をした実験授業であったが、尻切れとんぼの形で終わってしまいました。うーん、わたしの計画では確実に20分で終了するはずで、もしかして万が一早めに終わってしまったら少し振り返りの時間でも取ろうかと考えていたくらいでした。

二つの要因があります。

一つは、いつもの貧乏根性です。20分の与えられた時間をギリギリの構成で授業を作っていたということです。時間があまり過ぎてしまったらちょっと嫌だなという考えのもと、時間設定をギリギリで作ってしまいました。

二つは、実際の授業中、みなさんが素敵に話し合ってくれていたことと時間が足りなさそうと思ってしまい、若干話し合う時間を長めに撮ってしまったことです。

それもこれも、現役教師でないからこその甘さ、鈍さ、でしょう。反省です。

ただし、「協働的な授業リフレクション」では、ダメだしをしない形で話が進むので、ちょっとした尻切れとんぼで授業が終わってしまっても、そこをみなさん指摘せずに、わたしの授業の中での「キラリ」を見つけて話してくださいました。

自分の中にも、「強み」や「よさ」があるということがわかった瞬間でした。みなさんご存知の通り、わたしはコンプレックスの塊といいますか、自信がない塊なので、みなさんが「よさ」を指摘してくださることになるほど、そういうものなのか…と自分のことが言われているにもかかわらず、第三者的というか客観的に物事を見てしまっている感じでした。

ですので、最後の授業者からのリフレクションを上條さんから促された時も、第三者的に自分を見てしまっていたので、解説者風になってしまいました。これも、どうも反省。

本当に意識して物事を見たり、考えたりしないと、すぐに「頭」で考えてしまうところがあります。

午後に、優太さんの「理想(こだわり)」の授業を見て、理想(こだわり)が異なるのだから、表出する授業は違うのは当たり前ですが、その授業をつくっていく過程が随分と異なることにいろいろと考え込んでしまいました。

自分が自分と対話して、深掘りして、導き出してきた「理想(こだわり)」を授業化していったときにとてもとても苦しい思いをしたわけです。それは、実際のところどうだったのだろう。すぐにどうのこうのと答えが出ないかもしれませんが、考え続けて見たいと思います。

とにかくいい機会を得ました。

なんだか、この「協働的な授業リフレクション」で出会う人たちの会話がとても面白いです。

これからの「授業観」を育てていく方々と対面していくようで、とても新鮮。

そういう意味でも、「協働的な授業リフレクション」を続けていく意味があると思いました。

新たな出会いと親しい方々との再会に感謝。

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本日夕方、昨日、「第3回協働的な授業リフレクション研究会in東京」に参加したゼミ生とわたしの研究室でふり返りをしました。(うれしいことに、ゼミ生が2人も参加していたのですよ〜。なんか、東京でゼミ生に会って、弁当を食べながら、いろいろと話ができるってうれしい。)

初めて、テーブル式のホワイトボードが役に立ちました\(^o^)/。
ちゃんと、ホワイトボードを生産的に使える人と語り合うと、しっかり使えるというよい例。このように書けるんだったら、いつでも、ホワイトボードテーブルを使って話し合いたいです。

ちょっと、話し合った内容は内緒。
でも、わたしとゼミ生さんの共通の志向や方向性とが重なって、二人で、なるほどなぁというふり返りができました。そして、次へ進むときの視点というか課題が見つかりました。

最後の最後。

肝心な、わたしの授業に対しての「協働的な授業リフレクション」の部分について書いていません。

上のホワイトボードに書いているとき、ゼミ生さんから
「先生は、授業者としてどのように感じたのですか?」
と問われました。

授業の終わり方に少しモヤモヤ感のあったわたしは、そこに少しのこだわり(黒い塊)がありつつも、ポジ出しをしていくこの時間では、その「黒い塊」について触れる人は誰もいません。
その代わり、各自の、こだわり、理想で、わたしの授業の「ここ一番!」を見つけて語ってくれます。各自の「ここ一番!」は当たり前ですけど、その各自の「よりよいもの」「あこがれのもの」をもとにしての指摘です。資料の出し方や、学修者同士の発表、話し合いの様子、わたしの授業開始のインストラクション、課題設定……とそれぞれに、そうかぁ、そういう部分の自分のよさ、強みがあるのかと自分の中では、こだわらずに、なんとなくやってきたこと、あたりまえにやってきたこと、意識していなかったことを指摘してもらって、自分の肯定感が増しました。そして、自己認識が少し進んだように思います。

わたしの立ち居振る舞いの話になり、
「阿部は学習者が活動し始めたら、存在感がなくなった(消した)」
「安心できる場の設定に腐心していた」
「フラジャイル(松岡正剛:些細で微弱な現象に目を凝らし耳を澄ますことである)であった」
「空(クウ、kuu)を感じた」
という話がつながりました。
これは、わたしが『学び合い』を中心とする学習者中心の授業を考えていくときに、当たり前のようになってしまった感覚です。(もちろん、こういう立ち居振る舞いをよしとしない方もいるでしょうが)わたしは、学習者が自分たちの話し合いに集中して話し合える環境にするための一つとして、私を意識してほしくないということもあって、自然にそういう姿になっているのでしたら、とてもうれしい、幸せな価値づけをしてもらったように思います。

「理想の授業」をつくりだすのは、なかなか大変なことですが、その後の「協働的な授業リフレクション」に関しては、わくわく感しかないので、こういうことをどうにか現場に落とし込んでいけないかと思っています。


20170625 「第3回協働的な授業リフレクション研究会in東京」で実験授業者になってみて

協働的な授業リフレクションを行うためには、当たり前ですが全員が同じ授業を体験(受けるか、見るか)しなければなりません。そこで、協働的な授業リフレクション研究会では、実験授業というものを行います。どんな授業でもできなくはないのですが、できれば、活動的な授業、いわゆるアクティブ・ラーニングな授業がよいとされます。それは、「教師の成長」を考える時、教員が教育技術を習得して進める授業よりも、「体験ー省察」という形で学習していく授業がスタンダードになっているからです。

だったら、活動型の授業であればどういうものでもいいかということですが、そういうわけでもありません。その後、授業リフレクションを行うのであれば、授業者がそして体験した方が、次に進めるものでなければなりません。となりますと、その時点での「理想(自分のこだわり)」を授業にしていく必要があります。

2013年に「新人教師はどのように授業を体験しているか」ということを経験していく中でわかったことがあると上條さんは言います。

「彼らは自身の理想(こだわり)周辺の事実はよく見ているということだった。そして理想から外れた「見え」を指摘された際には、気持ちが閉じて暗い表情になるが、理想(こだわり)の周辺事実に水を向けられると、表情がやわらぎ、嬉しそうになる。そしてその語りが一段落してやっと自らの授業の見えている部分と見えていない部分の境界線で起きている不十分な出来事に意識が向くということである。この境界線に意識が向いた時に必要な分量だけアドバイスすること。そうすることが若い教師たちの授業の「見え」の拡張につながるということがわかってきた。

それぞれ教師の理想(こだわり)を深掘りし、そこから授業を見ていくことで、自分らしさを保ちながら、自分自身の授業をより良い方向へ拡張できるかもしれません。

さて、そんなこんなで(どんな流れでそうなったものか)わたしが実験授業を行うということになりました。もう現場の人間ではないわたしが、こうして現場の方の役割を奪ってよいものかと思いますが、機会があるのですから、体験しておくといろいろと私自身にとってもよいことがあるだろうと引き受けました。

しかし、苦しみました。

「理想(こだわり)」を授業にするって、どういうこと?
ということですよね。

これ、相撲が好きだから相撲を題材にして授業をするとか、おしゃべりが好きだから話すことを題材にした授業をすることというわけではないのです。自分の「理想(こだわり)」を深掘りして、それを授業というまな板に乗せていく作業が必要になります(と思います。少なくともわたしはそれをしてみました)。

このモデルは、前回3月に仙台で行った「第2回協働的な授業リフレクション研究会」でのエピソードです。大内さんという若手教員の実験授業のエピソードを聞いてなるほどそういうものかと自分の中でイメージしました。ただし、それが上條さんのいう「理想(こだわり)」を深掘りする作業として正解なのかどうかわかりません。わたしにとって唯一の深掘りの具体的なイメージなので、その手順をたどりました。

大内さんといえば、わたしから見ると、大のサッカー好き。自分の好きなサッカーを見るために、行こうと思ったその日にスペインに行ってしまうほどのサッカー好きなのです。第三者から見て、これほどわかりやすい「好き」はありません。わたしは、単純にサッカーネタ、または、サッカー周辺の何かを授業化するのだろうと思っていました。

しかし、彼が行った授業は、3人一組の班を作り、3人で相談して、二人は好きな食べ物を一人は嫌いな食べ物を「好き」と偽って対する別の3人組に紹介し、互いに嘘をついている人を看破するという授業でした。

はて?彼はどこからどうして、この「理想(こだわり)」の授業をつくったのだろうと考えていたところ、最後の方で彼が授業づくりのきっかけを話してくれました。

自分の中で「理想、こだわり、好き」を絞ることができなかったので、上條さんに対話をしながら見つけていく作業をしたというのです。上條さんからは3つ程度の「好きなこと」を話す準備をしてくるようにと事前に言われていたとか(このあたりわたしの記憶で書いています)。その中にやはりサッカーも入っていたみたいですね。

で、当日、上條さんと対話をしていく中で、サッカーが好きなのはどうしてだろうかと一歩踏み込んでいきます。そのやり取りをしていく中で、相手の股を抜いてボールを運んでいくことや、相手を欺いてパスを出すこと、マリーシア(ずる賢い?)がブラジルでは褒め言葉になることなどに興味関心が強く、考えてみれば、サッカー以外の他の部分でもそういうところに目がいく、例えば、映画ライアーゲームが好きとか、という自分に気づいたということでした。そこから、上述のような授業をつくっていったとのことでした。

ほうっ、そういうことなのかとその時は思いました。

さて、自分。自分の「理想、こだわり、好き」探しです。

最初、思いついたのはウンチクです。わたし、時間があると漫画喫茶に行って1日中漫画を読み漁るのが好きなのです。で、その漫画の種類は、モンキーターン(ボートレースを描いている)、月下の棋士(将棋世界)、ヒカルの碁(囲碁の世界)、風の大地(プロゴルフ)…。あっ、自分の「好きな漫画」はある世界のウンチクがストーリーによって描かれているものが好きなのだということがわかりました。

だったらと思って、それぞれのウンチクを語ってもらう授業にしようかと思ったのですが、これってなんだかなぁ。学習者の知識を語ってもらうようになるなぁ。めちゃくちゃおもしろい話をしてくれる方はきっといるだろうけれど、何を話すこともなくて、苦しくて、自分を卑下してしまう人もでてきそうだなぁと思って、ちょっと頭の片隅にしまっておくことにしました(つまり、どうしても他のプランが考えられない時はこの案を出してこよう)。

ということで、6月25日を迎えるのでありました……つづく。

で、もうちょっと頭の中でいろいろと自分の人生の中のエピソードを思い出しながら出してきたのは、「民主主義」でした(苦笑)。上條さんは忘れているかもしれませんが、わたしは民主主義という言葉が大好きで、自分が30代中盤、上條さんと頻繁にお目にかかっていた頃、何かというと民主主義と言っていました(大笑)。で、上條さんは「民主主義って、言葉は綺麗でいかもしれないけれど、その具体性がわからない。阿部さんが何を考えて民主主義と言っているのか他の人には通じない。あまり、民主主義という言葉を使わないほうがよい」というアドバイスをくれました。


でもね、ここで思い出したのが民主主義なんですよ。もちろん、民主主義という言葉そのものを使うつもりはありませんでした。で、自分に問います。民主主義って、具体的には、生活場面に絞るとなんのことよ?


で、答えが出ました。それは

「選択」

です。選べるということです。

「人生は選択の連続である」

は、シェークスピアが言った言葉として有名ですが、民主主義は「選択できること」が保証されていることなのですよね。専制君主がいたり、または、奴隷だったりすると「選択」が制限されるわけです。


わたしは、中学校2年生くらいから、大人や社会に対して反抗的になります。自分で明らかに自覚があります。これは、いわゆる反抗期だったのかもしれませんが、社会の矛盾といいますか、「強制的な部分」に対して、ことごとく反発していくわけです。そこで、パンクに走ったり、一方的な物言いの方にはつっかかっていったり(これ、内容が正しいか正しくないか、関係なく、単なる一方的というだけで、反抗的な態度を取っていました)、自分では言葉にしてはいないのですけど、「選択肢がある」ということにこだわっていたと思います。

この出発点が中学校2年生なのですが、たぶん、ずっと変わっていません。まぁ、「つっかかっていく」ということはしなくなりました。そういう一方的な決めつけをする人とは「話をしない」か「ニコニコ表情をつくっていても話をスルーして聞いているか」みたいな「大人」の対応(これって大人の対応なのかな…)をしている自分がいます。

教員になった時も、初任者の頃から、子どもたちへ「一方的な話し方」をしてきませんでした。それは、たぶん「選択」を自分の中で大切にしてきたから。


これ、「選択」という言葉でも説明できますが、「多様性」とか「それぞれ」とか「個別」という言葉でも説明できます。今もそうですが、初任者の頃から、教室内でみんなと違うことをしている子たちを見ても、「それぞれ」だからなぁ。きっと、そういうことをしたい事情があるのだろうみたいに受け止めてきました。

自分の「理想、こだわり、好き」が見つかりました。\(^o^)/。


さて、しかし、この「理想、こだわり、好き」が見つかった後が大変です。これをどうやって授業に乗せていきましょうかf^_^;)。そこで、またまた、思い切り悩みました。

苦しいわぁ…「理想、こだわり、好き」を大切にした授業は…f^_^;)。


ここで、突然ですが、大内さんの授業に戻ります。

昔からの教育雑誌「授業づくりネットワーク」を読んでいる方は、大内さんの授業は聞いたことがある方が多いのではないかと思います。授業づくりネットワーク誌で、「食わず嫌いゲーム」という名前で学習ゲームとして発表されています。わたしは、この授業を見聞した時に、ピン!ときましたが、協働的な授業リフレクションでは、「知ったかぶりの語り、説話、自慢話」はしてはいけないことになっています。ですので、そこで話はしませんでした。


まぁ、それはそれとして、ネットを調べたり、書籍を調べれば、この「食わず嫌いゲーム」は出てくるかもしれません。しかし、大内さんは、自分の「理想、こだわり、好き」を見つけた時点で、自分の中で考えて、授業化しました。上條さんが言うに(わたしの記憶では)、「今後、いつでも、ネットや書籍で調べることはできる。第一歩として、自分の中から出してみることが大切なのだ」と言っていました。


さて、自分。

それなりに長く生きている、それなりに長く教員をしている、それなりに長く民間教育に関わっているので、それなりの数、授業実践が頭に入っています。自分の「理想、こだわり、好き」を見つけたはいいものの、考えるもの考えるもの、何かと自分の過去の実践だったり、著名実践者の修正追試のようなものだったりになってしまい、頭を抱えました。


結局、余分なものを捨てて、20分という授業に形をなすように持っていったつもりなのですが、どうでしょう…。なんだか、これが自分の「理想、こだわり、好き」をアウトプットした、題材にした授業なのか?と自分の中でもクエスチョンでい続けています。


「理想、こだわり、好き」というよりも、結局、まわりからどのように見られるかということを気にした授業なのかな…。まだ、自分のことがわかっていません。

(ここまでは、「第3回協働的な授業リフレクション研究会in東京」前日、東京前泊のために夜東京へ向かう新幹線の中で書きました)



20170624 上條晴夫著「理想の授業づくり」(ナカニシヤ出版)と協働的な授業リフレクション研究会について

やっと、書かねばと思っていた上條晴夫さんの著書「理想の授業づくり」(ナカニシヤ出版)の感想と紹介を自分の読書記録サービス「メディアマーカー」に書き残しました。わたしの感想は下の「阿部隆幸(あべたか)のバインダーで詳細を見る」をクリックしてください。

理想の授業づくり
上條 晴夫
ナカニシヤ出版 ( 2017-04-20 )
ISBN: 9784779511387

とてもよい本なので、しっかり時間を取って書かねばと思いつつ今日まで延ばしたのですが、結局はうまく感想を書けていません。でも、わたしの中では文句なしに「5つ★」です。実際、本にたくさんの付箋紙を付けて何かの折に、参考にしています。

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本を読むことと同時に、上條さんが大学で学生にされている授業を見ることで、より具体的にイメージできるのだと思いますが、もう一つ、わたしたちが行っている「協働的な授業リフレクション研究会(Facebookページにジャンプ)」に参加することで、その概要がわかるのではないかと思っています。

ちょうど、明日(6月25日)は東京池袋にて「第3回協働的な授業リフレクション研究会in東京」を開催します。3回目にして、なんと、2人の実験授業者の一人がわたしです(汗)。すでに、現場から離れて現場感覚がなくなっているわたしが授業をすることはどうなのだろうと思いつつも、こういう機会を大切にしたいと思います。

この上條さんの本を読んでしまったがゆえに、そして、過去2回の協働的な授業リフレクション研究会に参加しているために、いろいろと頭の中で考え込んでしまい、明日、ちゃんとみなさまに提案できるかどうか、とても不安です。またわたしの悪い癖、「あたまでっかちに考える」という部分がモヤモヤと出てしまうところがないか、点検しています(苦笑)。

「理想の授業づくり」と「協働的な授業リフレクション」はセットとして捉えることができて、今後、一本芯の通った教員として進んでいくためには、とてもよりよい考え方、進め方の一つではないかと考えています。

明日、ドキドキですが、楽しみです。
そして、わたしの実験授業がその場にいる皆様の少しでもお役に立ちますように……。


20170623 2025年問題を考えると何をどうしていいのか悩む今日この頃

将来起こるかどうか分からないことを議論したり考えたりする前に、確実に来ることが分かっていることを議論したり考えたりするべきということを耳にします。もっともだと思います。

その中で、わたしが考えてしまうのが「2025年問題」。

「2025年問題」とは、団塊の世代が2025年頃までに後期高齢者(75歳以上)に達する事により、介護・医療費等社会保障費の 急増が懸念される問題です。

http://dspc2007.com/2025.html

現時点でもすでに、人口減少のジェットコースター急降下、下り坂に入っているところです。

そして、2025年といえば、8年後。52歳のわたしは、60歳。今の感覚で言えば、定年退職の年齢です。

ネット周辺で2025年問題がさけばれつつも、国会を含めて日本の将来を決めていく議論の場で、あまり2025年問題を耳にしません。

わたしは、日本における様々な問題の根本は、全て急激な人口減少とそれに付随する形での超高齢化から繋がっていると思っています。

一人で悩んだって、社会の様々は変わらないのは分かっているのだけれど、「だからどうしようか……」っていろんな人と会話、対話を積み重ねてくべきだよなぁと思っています。

どうも、私たちの年代から上の人は、バブルを体験してしまっていて、なんだかいつまでもフワフワしていてあの頃のバブルが再びやって来る可能性があるかもしれないと思っている気がします。なぜ、こんなことを書くかというと、書いている私も、心の隅ではまだまだ本気で心配しているのか?というところに「わたしは大丈夫だろう……」みたいな甘い考え方を持っている自分に気付くからです。今までは、それでなんとか「大丈夫」のような過ごし方をしてきたような気がしていますが、実際のところ大丈夫じゃないだろうなとも思っていて……、心がモヤモヤとします。

はぁ_| ̄|○。

20170622 ユーティリティプレーヤーとしてのわたし

過去に何人かの知人に語ったことがありますが、わたしは質の低いユーティリティプレーヤーとして歩んできたというか、生き残ってきました。

自分が小学校教員になった頃(平成元年)、有田和正先生とか野口芳宏先生等がご活躍され、それぞれ教科や領域に特化したプロが存在していました。

小学校教員で、それほど特定のところに興味関心が偏っていなかった私は、小学校現場全てにおいてプロフェッショナルでありたいという、崇高な夢を持ち(笑)、様々な研究会、教育系の集会、イベントに思想や教科、方法論関係なく参加していたために、広く浅く、(特に民間教育を)学ぶことになります。そして、学んだだけでは意味がないととりあえず、学んだことを教室内で実施するということをしていました。

だいたいが、ここで終わってしまっているので、それなりの全国的な考え方や技術は知ってはいるけど、そこから深めていないし、自分のものにしていないということが言えるでしょう。
まぁ、とにもかくにも、そういう生き方をしてきて、何かあって、その道のプロに頼めないとき、いつもその道のプロばかりになってしまってちょっと違った人選をしたいときにわたしが頼まれるという形でいろんなところにちょこっとだけ阿部隆幸という名前が顔を出してここまで生き残ってきたということになります。
また、自分が働く職場においても、様々な方々が自分のプロフェッショナルなところを担当してもらった後、その職場で不足しているところにおいて、管理職から声をかけられて、

「阿部さん、何でもできるよね。うちの職場さ、ここのところをやってくれる人、やってもらえる人がいないんだよね。阿部さん、もしかしたらチョー得意という分野ではないかもしれないけれど、お願いできる?」

「はい、わかりました。」

で、生きてきました。もちろん、「はい、わかりました」の心の中では「それは経験してきているからなんとかできそう」というのもあれば「え?それ、一度もやったことないし、本当に自分にできるのかい?」というものもありましたが、誰かがやらなければならないことで、管理職が「わたしに」ということで声をかけてきたと言うことで「やります」という道を選んできたのですね。

さて、うれしいことに、大学に勤めるようになって、わたしのホームページに設けた「依頼フォーム」を使って依頼してくださる方がそれなりにいます。依頼フォームを使うと言うことは、その段階ではわたしと直接つながっていない方であるということです。
その方々が、「阿部隆幸という人間はこういうことはできるのではないだろうか」という考えのもと、依頼してきてくださるのでしょう。
時々、「え?それは、社会的に必要だし、求められていることだけれど、わたしにはほとんど経験ないし、できるかなぁ……」という依頼が届きます。

悩みますねぇ。質の低いユーティリティプレーヤーとしては(^0^;)。

安請け合いして、わたし自身というよりも、相手をがっかりさせてしまっては申し訳ないですし。もちろん、そういった分野を引き受けることで、わたし自身の視野が広がり、経験値があがるということは確実にあるわけですけど。

要は、
もっと精進すること
責任を持ってできないことは簡単に引き受けないこと
なのでしょうか。

がんばりマッスル(^_^)V。

20170621 さあ始動!学校支援プロジェクト連携協力校会議

本日夕方、9月から始まる学校支援プロジェクト連携協力校会議がありました。学校支援プロジェクトに関係する学校とわたしたち教職大学院の教員(アドバイザー)の顔合わせであり、1回目の打ち合わせであります。
実質、今日から、学校支援プロジェクトの第一歩になるわけです。

全体での時間を終え、各連携協力校と大学院チームとで個別の打ち合わせに入ります。

わたしは、今年度からゼミ生を担当し、初めて学校支援プロジェクトに入っていく(関わっていく)わけです。なんとかわたしのところに院生が集まってくれて、2チーム構成することができました。

そして、うれしいことに、課題意識、解決方法が多くの部分で共通する水落研究室と連携して取り組むことができるようになりました。

水落研究室のチームリーダー中心にこれからの関わり方についてしっかりと深く話し合う院生の姿がありました。遠くから見ているだけで、彼らの顔が引き締まっていくのが見えます。外部、そして、現場のリアルな課題を耳にし、それと自分たちの持つ課題、チームの課題とどう擦り合わせていくか。互いにwin-winの関係になっていくにはどうすればよいか。そこに集中していく姿がありました。

次第に、グループからチームになっていく様子が窺い知れました。

まだ、話を聞いただけ、様子を想像しているだけの状態です。
これから、実際に学校現場に入っていって何を感じるかでしょう。
また、実際に入っていく前にやること、やりたいこと、やらなければならないこと、やったほうがいいこと、たくさんあります。それらを院生と話し合い、少しでも応援ができたら嬉しく思います。彼らの人生の、そして、キャリアの充実のために。
そして連携協力校でがんばっている先生方、子どもたち、地域の皆様のために。

20170620 モンモンとした半日

もし神様がいるのであれば、わたしは今日という一日を恨むであろう。
今まで、神様らしき存在にいろいろと助けられてきた感じもするが、今日この日くらい、わたしの望みを叶えてくれてもよかった……。

わたしがモンモンとしているのは、家族の誰一人からも「誕生日おめでとう」と言われなかったからではない(これ、事実(^0^;))。そんなに、誕生日に重きを置いてません。わたし。誕生プレゼントなども期待していないし……(^0^;)。

今日で、今までの長い年月の阿部家のルーティンが終わってしまったからである。終わった瞬間、息子との小学校低学年からの営みが、本当に走馬燈のように浮かび上がってきた。これ、大げさでない。なんだか、抜け殻になった感じ。これからどうして生きていけばいいのだろう。

このモンモンって、わたしの心の中に起きていることなので、息子にはどんな気持ちが生じているのか分からない。
ということは、これほどまでに、わたしの心の中に勝手な息子との営みを思い描いていたと言うことなのだ。
それって、ダメじゃん(苦笑)。
つまりは、わたしの心はとても大きな割合で、息子に依存していると言うことになる。これって、いい迷惑だよね。そして、わたし自身生きる希って何なのよ?ということになる。

なんだか、福島から上越までの帰りの4時間。
ずーっと、モンモンし、イライラし、できることなら、今日はなかったことにして1日前にもどしてくれという気持ちをくり返しくり返し、たどってきた。
よく、事故らなかったものだ。

人生、第何章になるかな?(汗)
明日から新しいページの始まりである。
だから、今日だけは一人でビールを飲ませてください。(いつも、一人の時はアルコールは口にしないんだけどね)。

でも、でも、もし神様が本当にいるのでしたら、今日だけはうらみます。
(でも、明日からまたよろしくお願いします)

20170619 昨年度に引き続き山形市の小学校へ! 

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昨年度に引き続き、山形市の小学校の校内研修会に招いていただきました。
昨年度に続いてということは、少なくても昨年度のわたしとのかかわりが嫌ではなかったと言うことでしょうからありがたく思います。
また、今年は2度訪問することになっています。この2度の機会をうまくこの学校の授業づくり、学級づくりにつながるようにしていくことですね。

本日、授業された方はわたしとの旧知の仲。
昨年度、福島県の石川町の学校公開にも参加し、その授業を一つのモデルとして授業実践を重ねてきたとおっしゃっていました。

もともと、ちょんせいこさんと岩瀬直樹さんの「信頼ベースの学級ファシリテーション」への造詣も深く、「ファシリテーション×『学び合い』」を自分なりに消化して体現化されようとチャレンジしていました。

子どもたちの学びに向かう姿、素敵でした。

山形県にも、こうして、『学び合い』の姿が広がっているようで、嬉しく思います。

この日の最後に、わたしの講話がそれなりに長い時間設定されていたのですが、そこに関しては反省点が多いです。なんだかなぁ……。貧乏根性丸出しなのかなぁ。時間が余ってしまったらどうしようと思って、いつもながら詰め込んでしまっての失敗があります。もう少し、余裕を持つこと、時間が余ったら余ったで、ふり返りの時間を長くとったり、質問の時間を長くとったりすることで、調整できると大きく構えて、「学ぶ」量をつめこまないこと、がわたしの課題かなぁ。ちゃんと、しっかりと1,2つくらいにちゃんと伝えること、知ってもらうことを絞っていかないと本当にしっかりと受け取ってもらうことができないのだろうなと反省しています。

わたし自身、今日も、とてもよい学びになりました。
ありがとうございます。

20170618 ストーリーやエピソードなんだよねぇ……。

自分の中のコンプレックスとして「ストーリー」「エピソード」というものを持ち合わせていなく、基本、興味関心がないというところがあります。

正確に言えば、興味関心がないというのはウソでして。もちろん、小説、マンガ、アニメ、映画……等々は、いろいろとそぎ落としていった中で、同じ「主張点」を述べていたとしても、それにまつわるストーリーやエピソードが様々であるからこそ面白く感じるし、その部分を楽しむわたし自身がいます。というところからすると、そこで楽しんでいるわけですから「興味関心がない」というわけではありません。

しかし、何かから「学ぶ」という視点に立ったとき、わたしは、ほとんど「ストーリー」「エピソード」というのをそぎ落として聴きますし、「ストーリー」「エピソード」を頭に残らないようにしてインプットするわけです。

このわたしの性格というか、特徴というか、特質が自分の人前で話すということに関して邪魔をしているなぁと思うときがあります。

人前でお話をされる方々で、面白いなぁ、なるほどなぁと思う方の話は、ほぼ例外なくこの「ストーリー」「エピソード」があり、「ストーリー」「エピソード」が説得力があり、面白く、「ストーリー」「エピソード」が今伝えたい主題と密接につながっている……という感じになっています。

ここがね……。わたしには、どうもできないんですよね。

Audibleでキムキョンテ著「スティーブ・ジョブスのプレゼン技術を学ぶ本」(PanRolling)を聴いています。
Kindleでジェレミー・ドノバン著「TEDトーク 世界最高のプレゼン術」(新潮社)を読んでいます。
「ストーリー」「エピソード」の大切さをやはり説明しています。

自分は日常生活の中でも「ストーリー」「エピソード」をそぎ落として生活しているのでしょうね。そういった、「あんなこと」や「こんなこと」を覚えていないのですよ。こだわりがないというのかなぁ。いろんなことをスルーして生きています。こういうところから、もしかしたら、自分自身の認知症につながっていくかもと半ば本気で心配しています。

これは、自分自身が小学校現場にいたときでもそうでした。
つまり、子どもたちのそれぞれの学習場面の様子や、もう少し、自分に近づけたとしてわたし自身と子どもとのやりとりでもその時々の様子を「ストーリー」「エピソード」として記憶しているものは少ないです。かろうじて、何らかの記録に残していたものがあるときに、それを参照してあんなことそんなことがあったか……もしれないなぁとやっと思い出すくらい。

そして、話をしていく中で、日常会話でもプレゼンの準備をするでも、「ストーリー」「エピソード」を思い出す作業を億劫に思います。心の中で抵抗があります。なんでかなぁ……。

相手側に立つということが苦手なのかな。
想像するということが嫌なのかな。
どんなところでも自己が中心というところから離れられないのかな。

人だけでなく、「ストーリー」「エピソード」も、様々な物事と結びつけるようにして記録、記憶していくように心がけようと思います。

たぶん、わたしのような人間にはことあるごとに「記録」することを忘れないことが一番名のと、その記録したことをすぐに取り出せるような「検索システム」をしっかりしておくことが大切なのかなと今のところは思っています。

20170617 上越教育大学教職大学院サテライト講座始動!!

上越教育大学教職大学院が大学外に飛び出していく「上越教育大学協教職大学院サテライト講座」が今年も始まります。上の画像で見にくいですよね。下のpdfリンクでご覧ください。

全国9都市10会場での開催です。参加は全て無料。
当日は、上越教育大学教職大学院の説明会、入学相談会も同時開催しますので、教職大学院に興味のある方はぜひご参加ください。

窓口担当はわたし、阿部隆幸です。問い合わせ、参加申込がある方ははわたしへメールをください。


わたし個人の話しをしますと、3つのサテライト講座を担当します。

8月4日の福島(福島県石川町立石川小学校)。
昨年同様、石川町の2日間にわたる教育ゼミナール内での開催です。詳細は石川町からの開催広報をお待ちください。

8月19日の三重(四日市市市民交流会館)
昨年に続いて、四日市での開催です。もう少ししましたら、「こくちーず」にて申込を受け付けます。アクティブ・ラーニングについて参加者の方々と語り合い、考え合いをしたいと思っています。

8月26日の埼玉(大宮ソニックシティ)
初埼玉です。
こちらは、すでに「こくちーず」にて申込を開始しております。
社会科に関しての内容になります。興味ある方はこくちーず」からお申し込みください。



20170616 長野講座な1日!

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「ICTが苦手な人のための初歩の初歩講座」を担当しました。
ぜひ、iPadを使ったあれこれを!
ということで、まぁ、あれこれを。

せっかく、「MetaMoJi ClassRoom」の「実証実験校(上越教育大学教職大学院:阿部研究室)」としていろいろとサポートしていただいているので、まずはこのアプリの紹介から。
こういうアプリが学校に導入されたら、あんなことこんなこと、自分の授業でやってみたいことが目の前で簡単に実現されそうに思うことでしょう。

他には……。

(^0^;)、この講座に出た方だけの「ヒ・ミ・ツ」ということで、他の詳細の説明はやめておきます。

みなさん、素敵に真剣に学ばれていました。

ただわたしの進め方にしては……なにしろ、長野塩尻の行き帰りに、Audibleで「キム・キョンテ著:スティーブ・ジョブスのプレゼン技術を学ぶ本(Pan Rolling)」を聴いていたので、余計に不安定な自分で過ごしましたf^_^;。

色々考えるなぁ。
その場にいた方の役に少しでもなったのだろうか。
その一点です。


20170616 みんなでつくった長野県クイズ!

20170615 明日に向けて頭がモンモン

まずいなぁ。自転車操業だ。

今日は、明日の「長野(教員研修)講座」に向けての準備で1日が終わりました。

明日はICTだもんなぁ……。

「何でも屋」の本領発揮です(^0^;)……と書いておきましょう。

研究室にiPad6台を広げて、セッティング、確認、アプリのインストール、余計なデータの削除……。

この途中で、参加される方に少しでも丁寧に伝えられるようにとプレゼンを追加したり、強調したり、シミュレーションしたり……。

まぁ、とにもかくにも、明日の勝負は、会場にモバイルルータの電波は入るかという一点につきます(^0^;)。
よろしくおねげえしますぜぇ……。
(誰にお願いしているのだろう……自分(^0^;))

頭が飽和状態です。

20170614 院生と学部生とがつながるということ

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少し時期がずれてしまったのですが、「学部生の教育実習お疲れ様&教員採用試験がんばれ会」を開きました。

この会、わたし(たち)にとっては大きな意味があります。数週間前、初めて阿部研全員がそろってのゼミを行いました。そこで、若干交流はできたものの、まだまだよそよそしく、もう少し、距離が近づく機会がないかなぁと思っていました。そこでの、本日。

いやぁ〜よかった(^_^)。

全員参加できることを確認しての参加だったのですが、直前にどうしても都合が悪くなった学部生が一人いての会。まぁ、ほぼ全員出席だからいいかなぁ。

上越教育大学の教職大学院(こちらは大学院ね)、そして、教職デザインコース(こちらは学部ね)は、相互交流しながら学んでいけることが最大の魅力です。「実践」「現場」「理論」というキーワードでね。

そして、当たり前だけど、なんだかんだいって、年下が遠慮してしまいます。そこをどうしていくか、ここが年長者のポイント。みんな配慮しながら、いろいろと興味関心にツッコんで楽しく談笑していました。

わたしは、基本、(若い頃はそうではなかったけれど)自分は話しをしないでみなさんの話をニコニコ聞いているだけでよい人間。というか、そういうパターンになると一番嬉しい人間。でも、ここで話しをしないと、いけないかなぁ〜などと考えながら話してしまいます。この「ここで話しをしないと、いけないかなぁ〜などと考えながら話して」という感覚が少なければ少ないほど、自分にとって居心地のよい場所、空間であるということなのでしょうね。

院生と学部生が、丁度いい感じに混じり合っていたのでなんだかうれしくなりました。ホント、素敵な人たちが集まってきてくれたと感謝しています。

上は他の写真が見当たらなかったのでの掲載。あと数日したら誕生日です。だから、どうだすごいだろ〜という意味での掲載ではありません。もちろん、うれしいわけですが、他に適当な写真がなかったのでの掲載。
お前ばかか?と言われそうですが、こうして「教員」に特別にするのはなんだかちょっと避けたいわたしです。だって、学生の皆さんと関わっているのは、ある意味仕事であり、(たいしたことしていませんが)万が一みなさんの役に立っているとしたらそれは当たり前のことをしているだけですから。わたしが一人一人のみなさんへプレゼントを返していかなくちゃですね。学生さんはいろいろとお金がかかるわけで、わたしなんかにお金を使ってもらわなくて大丈夫ですよと心底思っています。

とはいいつつ、そういったわたしの真意をおもんばかりながら、このくらいなら阿部も喜んでくれるはずと学生さんなりに特別にこのケーキを探して選んでくれたらしく、そういった「心」には素直に感謝すべきだよなぁと思いました。ありがとうございます。みんなで食べ合ったから、大丈夫ね(^0^)。

さて、これをきっかけにどんどん院生と学部生が絡み合って、楽しい学生生活が過ごせますように……(^_^)V。

20170613 福島県石川町研修会その2

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福島県石川町2日目。
本日は、昨日と異なる小学校の研修会へ。
ここで、なななんと……!
ここ数年でもナンバー1といっても過言ではないほどの、素敵な『学び合い』授業に遭遇しました。

こういうのに出逢ってしまうから、教師家業は辞められません。
『学び合い』のOSのもと、その先生が十分に『学び合い』を理解し、かつ、その上に自分のこだわりや指導技術をふんだんに駆使し(もちろん、『学び合い』特有の引き算の論理で、教師のよけいなことはやらないことは当たり前です)算数の授業を展開されていました。

クライマックスは、ある一人の子の「こだわり」に対しての全員の反応。
その子の思いをしっかり受け止め、「そうおもってしまったこと」に対して、一人一人がその子の思いを受け止め、どうにかしてその子が理解をしてもらうように相手意識を持った説明をしていきます。
まさしく「一人も見捨てない」です。
ここには、日常的に担任教師がその子達に関わってきた背景、そして、その担任教師の言動一致の振る舞いを垣間見ることができました。

事後研究会の様子は、職員集団が素晴らしかった。みなさんが、この『学び合い』授業を受容し、認め、もっと発展していくにはどうすればよいか、わたしなりの『学び合い』授業を自分の教室で展開していく二はどうすればよいか、積極的に聴き合っている姿は本当に美しいものです。

校長先生の最後の言葉もよかったです。
まず最初に、自分の職員へ「君たちは素晴らしい!」「君たちを誇りに思います」という言葉から始めました。外部の人間がいる中で、校長先生に褒められる職員の皆様はもう感激するしかないですよね。

まさしく、今日が、この小学校が激しく前進回転する出発日になったことでしょう。その場に立ち会えてよかったです。

また、本学の水落研究室の院生も果敢に出前授業をされました。
授業開始時の、「価値のインストラクション」。
さすがだなぁと思って、ほれぼれとして見ていました。
様々な相乗効果が発揮され、教室に『学び合い』菌が充満した1日でした。
こういう仕事をした日の帰りは本当に気持ちがいいです。
疲れを吹き飛ばす、すがすがしさでした。

次に訪問するのが楽しみです。


20170612 福島県石川町研修会その1

今年は、光栄なことに水落先生と共に福島県石川町の教育アドバイザーになっているという関係で、この月火と石川町の学校の研修に訪れています。

町全体で、目標と学習と評価の一体化を伴った『学び合い』学習に取り組んでいます。

自分の与えられた時間。思わず、つい熱く語ってしまいました。
50歳までの人生で人前で熱く語るということをしたことがなかった自分。
なぜに、熱く語ってしまったのだろう……。自分らしくなかったと反省しています。

  • 目標と学習と評価の一体化
  • 自力解決
  • 自立

について語りました……が、自分の話って……。
伝わる話し方について学び中。
うーん、修行修行。

20170611 第36回愛と勇気のチカラ〜明日の授業からこれからの教育を見る〜に参加その2

前の投稿に引き続いての「第36回愛と勇気のチカラ〜明日の授業からこれからの教育を見る〜」に関してです。

自分の提案内容に、落ち込む反面、(だから十思うのですが)他の提案者の素晴らしさがわたしの中にはズドーンと入ってきました。

まずは、さりげなく、やっぱり、カッコイイのは赤坂先生。
最後に、この1日の流れを1枚の図に表したものを提示したのですが、これが本当に秀逸!一目で「ああっそうだった、そうなるよねー。うんわかるわかる」という図を提示して、ちょっとした解説を加えられました。
校種ごとに、小中高と提案者が、各自、じぶんの思い、感覚、データをもとに提案したわけで、そこには事前の統一はなかったのですが、話を聴いていて、サッとまとめてしまえる赤坂先生は雲の上ですね。

そして、柴崎先生と堀川先生。
人前で話をすることにコンプレックスを抱いているわたしにとって、お互いにタイプは異なりますが柴崎先生や堀川先生のようなたたずまい、雰囲気、プレゼン能力を持っている方がうらやましくてうらやましくてしかたありません。

たぶん、二人のゴール(語り)までの道筋はずいぶんことなるのだろうなぁ。

柴崎先生の方は、もともとのキャラクターに加えて、しっかりとした計算に加えて、リズムとテンポでどんどん徴収を引き込んでいく感じかな。

堀川先生は、自分の感じたこと、感情を、自分の目の前に浮かび上がらせて、そのことを詳細に語っていく感じかな。自分の感情を乗せていくものだから、どんどん聴衆が当事者側になって話に引き込まれていく。

伝えたい内容がしっかりしていて、その内容に関して、具体的なものがあり、自分のキャラクター、手法、生き方を乗せて語っていく。

「教育は人なり」ではありませんが、昨日の話も、「話す人」に内容が乗っかってこその価値なのだと思いました。これは、わたしの感じ方なので、そこにいらっしゃった方がどのように感じられたのか、興味があります。

わたしは、たぶん、感情の人ではあるのだけど、この感情は自分にばかり向いていて、それを詳細に語るほどの心の映像、画像を残さないまますごしてしまいます。心に感情を残して、次に行くことを避けているのでしょうね。だからこそ、日々、いろんなことがあっても淡々と過ごしていくことができる(すぐに忘れる)というよさがあるのかもしれません。しかし、こうして、何かを語る、伝えるというときに、そういった「エピソード」を残していないので実感を伴った語りができない感じがします。

この、「わたし自身の閉じた感情」を開放するときが来たか(笑)。といいながら、そういうことをしない生き方をしてきたわたしはできるかなぁ。また、それをしてしまったわたしは、どうなるのか怖いです。

感情、エピソード、実感、動画モード、相手意識、

このあたりがわたしの「今」の気になること。

20170610 第36回愛と勇気のチカラ〜明日の授業からこれからの教育を見る〜に参加

昨年度の「愛と勇気のチカラ」は新潟に住むようになったのだからと申し込んで一般参加。今回はお誘いを受けて提案者としての参加。

神奈川の松下崇さんと組んでの時間でした。

松下さんが、参加された方により良い時間になるようにとしっかりと流れをデザインしてくださり、わたしは松下さんのアイデアのもと、自分の与えられた時間の責任を果たす……ということで行くはずでした……。

うーん、でも、反省ばかりが浮かびます。

自分の時間が終わった後も、その後の懇親会の時も、頭の片隅にずっと自分の提案の稚拙さが頭の片隅にあって、いつも以上に他の方々に話しかけに行かなかったのに加えて、おしゃべりしていても、なんとなく上の空で過ごした感じがあります。

ただ、「今の自分」には今回のテーマでは、時間的余裕があっても、同じような感じの提案しかできなかったろうと思います。あれが現状なのですね。もう少し勉強します。

ホントごめんなさい。松下さん。

自分には、10分を人前で話すということ自体、なかなか難しいものです。話す内容がないのです。ただ、仕事上、そんなこと言っていられないですよね。もうちょっと、話術、プレゼンスキルを学ばなければならないと痛感した1日でした。

若い頃は、それなりに、自信というか、「自分はできるんじゃないか」と思っていたときがあったのですけどね。いつもと同じくり返しになりますが、年々、歳と共に、自信のようなものが失われていく自分です。

20170609 福島県二本松市の小学校校内研究に招かれて経験値アップ!

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本日は、福島県二本松市の小学校の校内研究会に招かれました。
そう。わたしの地元、福島県二本松市です。
こうして、地元に招かれるなんて、とても光栄です。感謝です。

内容も、チャレンジングなことをされており、そのコーディネートをしました。敬意を表します。圧倒的な、協働的な雰囲気により助けられました。少しでも、今後の可逆反応の誘発剤としてわたしが関わることができたらうれしいです。

わたし自身、ドキドキしながらこの日を迎えました。
大丈夫か?自分?
という感じです。
まぁ、時間は過ぎました。
その場では好意的に受け入れてもらえました(ように感じます)。
確実に、経験値がアップしました。こういう場を与えていただけたことに感謝いたします。

授業者も学校もそして、わたしもチャレンジの1日でしたね。

これから、仲間内で懇親会を開きます。その現場にいた方が数人いるので、実際のところどんな感じだったか、飲みながらふり返ります。これ、大切ね。

そうそう。授業も、刺激的でした。
活動的な場面で、の教師のカンファランスが抜群でした。

(子どもたちが「(ドアを)しめろ」という文章を作ろうとしているやりとりを見て)

『しめろとしめてでは、違うよね。新しい街にふさわしいのはどっち?』

「しめてかな」

『どこらへんからそう考えられるのかな?教科書から考えられるといいなぁ』

わたしは、ライティング・ワークショップやリーディング・ワークショップをしているときでも、なかなかカンファランスというのができませんでした。

カンファランスのプロフェッショナルというと、甲斐崎さんをイメージするのですが、さっと「質問」の形にできるのって、すてきです。
今日の授業では、こういう場面が何カ所もありました。
子どもたちが、安心して目標に向かって「活動」しているのがわかりました。

さて、飲みに出かける用意をしよう。

20170608 切羽詰まって集中力が高まる!

本当に、気分のバイオリズムの波が激しいです。自分。

明日から火曜日まで大学外での仕事。そのための準備(では、なかったか……。今日はその次、来週末の準備をしてたんだっけ)に集中し続けた1日。

スイッチが入ると、それなりに進みます。

まぁ、あと、昨日の息子の優勝が大きいんだろうなぁ。わたしは、上越に一人で住むようになってからも、ぐっすり眠れるわけですが、昨夜はなんだかちょっと興奮していたんだと思います。なかなか寝付けませんでした。いやぁ、本当によかったです。うれしいなぁ。

金曜、土曜、月曜、火曜とそれぞれの会で自分なりの役割があり、どれも種類が異なります。

大丈夫かぁ、自分。
もっともっとキャパシティを広げたい私。

20170607 書き込み回覧作文でレポートを回し読み

学部1年の授業。今日は、事前に同じ本を1冊読んで、感想をA4判1枚にまとめてきたものをもとに交流するという時間でした。

全員の書いてきたことを平等に扱い、同じようにフィードバックする方法として選んだのが、池田修さんの言う「書き込み回覧作文」です。

本当を言うと、協同学習の代表的手法の一つ「LTD話し合い学習法」というのに現場にいる頃からチャレンジしてみたくて、本も例えば、「安永悟著:実践・LTD話し合い学習法(ナカニシヤ出版)」というのを持って読み込んではいるのですが、実践にまでは至っていません。

「何を生ぬるいことを!」と言われそうですが、事前の準備にあまりにも時間がかかりすぎる感じがするのです。協同で本気で読もうとするならここまでやってもいいかなぁと思うのですが……。大学なんだからこのくらいやっても当たり前……なのかな。
わたし、現場にいるときからなのですが、例えば社会科(これ、別の教科名や領域が入ってもいいです)の先生が、社会科を前面に押し出すあまり、日常生活にまでそれらを押しつけて、私生活やら他の教科のことまでをくいつぶしてしまうくらいの課題量を押しつけてしまうのって、どうなのだろうと思うときがあります。
もちろん、授業の時間だけはその授業に本気で向き合ってほしいですが、それが終わったら、その人のやりたいことに費やす時間を与えてあげたいなと。それが、わたしがしてほしいことだったら、うれしいですけど、そうじゃなかったらそれはそれで、その人の人生なのだからそっちのほうが大切でしょう。

あっ、「LTD話し合い学習法」を批判しているのではなく、「事前準備は当たり前」のところに関して、いろいろと悩んでいるということです。「LTD話し合い学習法」にはとても興味があり、論文、原稿その他でいくつか収集しているところではあります。特に大学では有効と思いますので、いつかチャレンジしてみたいですね。

さて、書き込み回覧作文。

これは、小中学校でも気軽に取り入れられる、「協同学習」の条件を満たした学び方です。

今回、10名の教室だったので、一人8分という時間をとり、その間にレポートを読んで、かつ、わたしが用意したワークシートにその人へのメッセージを書くという進め方でした。

8分後、レポートとワークシートを一緒に渡して、再び、そのワークシートの自分の枠にメッセージを書きます。

8分×9回で、1周し、自分の所に戻ってきたときは、ワークシートに自分へのメッセージ文で溢れているということになるわけですね。

ここに「会話」がないので、教室は静かに過ぎるわけですけど、頭の中はそれなりに回転しているのだと思います。

書かれたレポートを見ても、しっかりと相手を思って書かれてあり、さすが大学生と思いました。

これとは、別に院生達と1冊、読み応えのある本をみんなで読んでいくと言うこともしてみたいと思うのですが、なかなか、自分自身がそういう時間を取れないでいます。インプットとアウトプット、どちらもしっかりやりたいのですけどね……。この時間の取り方と進め方はこれからのわたしの課題ですね。

20170606 だんだん歯の部分部分が衰えていく……

そんなに衛生面、健康面に気をつけているわけではないわたしですがその中でも「歯」はわたしなりに気をつけているつもりです(といっても、「わたしなり」でも平均よりも劣っているのかなぁ……)。

それなのに、ある程度の年月がたつと入れ替わり立ち替わり、虫歯が見つかったり、詰め物がとれてしまったり(詰め物が衰えているというよりも、その周辺が虫歯になって詰め物が耐えきれないということが多い)ということが歳と共に多くなってきます。

日曜日、ポロッと詰め物が取れてしまいました。そのままなくさなかったのですぐに歯医者に行けば詰め直してもらえるかなと思って行きました。

こちらに住み始めて1年と2ヶ月。歯医者は昨年秋にお世話になっているのでなじみのところがあります。わたしのポイントは、

  • 痛くない。
  • 優しい。

です。ネットでこの2つの評判を見つけて昨年秋、行きました。
ネットの評判通りだったので、こちらにいるときはここにお世話になろうと決めました。
今回、新たに加わりました。

  • 急患的なのにも対応してくれる

です。詰め物が取れてそのままにする期間があっては大変だろうと予約無しにサッと間に入れてくれました。これ、わたしだけでなく、ホームページにもそのように対応しますと書かれてあります。
有言実行。その通りのふるまいに感謝感謝。

ただ、思った以上に、状態が大変らしく、5,6回通わないと行けないらしいです。
まぁ……歳だもんね。しかたないっす。

20170605 今日は自分フリーズする時間が最近になく長かった……

みなさんにもあるのかなぁ……。

わたしは、どうしていいかわからなくなると(具体的には、次の講座でどんな話の展開にするか悩むとか依頼された原稿でどのように書き進めてよいか悩むとか授業をどのように展開していいか悩むとか……)、フリーズする傾向があります。

フリーズというのは、つまり、椅子に座ったまま、一点を見つめて(例えば、目の前の壁とか窓の外の一点の風景とか)1時間も2時間も3時間も過ごしてしまう……ということです。

自宅にいたときは、自分が仕事する(パソコンがある)ところは、夫婦部屋を兼ねていたので、家事を終えて夫婦部屋に戻ってきた妻がわたしを見ると、口にこそ出さないにしても、(ぼーっとして長時間過ごしていて、これで仕事なんてよく言うわ。そうしているんだったら、茶碗洗いや洗濯物畳みなど、家事の一つでも手伝ってほしい)と思っていたのではないかと思います。

さて、今日がその日でした。もう、ずっと、何もせず(わたしの言葉からすると何もできずなのですが)ずーっとぼーっとしていました。わたしとしては、こうすることで、「ひらめき」があるのです(過去にはそういう感じでした)。でも……、非効率的ですよね。でも……、こうすることで生まれるもの、整理できるものってわたしにはあるのです。

まぁ……凡人だからね。うまく時間をテキパキ使うことができないわけです。
にしても、今日は、いろいろと交錯して考え事をしてしまったために、いい考えなのか、駄目な考えなのか、わからないまま過ぎてしまいました。
明日、少し、書き出して、思考整理をします。
時間は待ってくれないんだもんなぁ……。まずいまずい。


20170604 心や体が一定にならないよ〜

だいたい年齢のせいいしておくと、なんとか平穏に過ぎるので年齢のせいにしておくが(実は若いときからそうだったわけだけど)、例えば、自分の中で何かにエネルギーをめちゃくちゃ費やしたとして(これが仕事でも遊びでもどちらでもそうなんだけど)、その費やした分と同じくらいの時間を使って、「充電」というのかなぁ……、もしかしたら「放電」なのかもしれないんだけれど、頭や体を「ボーッ」とさせないと、「普通の自分」に戻れない自分がいます。
(これ、今に始まったわけでなく、昔からそうなんだよなぁ)

しかも、やりたいことが散在しているから、あれもこれも……と手を出したくなる自分は、歳をとってもかわりません。
興味関心と体と頭の体力がどうも釣り合っていないんですよね……。困ったもんだ。

どうも、体だけでなくて頭の体力も、わたしは持ち合わせていないようです。
まぁ、それでいいやと思っている自分もいるわけですけど……(^0^;)。

20170603 素人あべたかのチョー勝手な試合感想

世界卓球2017。個人戦2回戦で水谷隼選手と張本智和選手との対戦があり、なんと張本選手が4-1で水谷選手に勝ちました。

全てのプレーを6分強にまとめた動画があって、見ましたが、張本選手が水谷選手を終始圧倒していましたね。競って勝ったというのではなく、圧勝でした。インタビューでも水谷選手ご自身が「完敗」と言っていました。(こういう、潔さというか、しっかり受け答えできるのも水谷選手のすごいところ。常々、頭がいいなと思います)

この張本選手のプレーを見ていると、アジア選手権や全日本選手権で優勝したときの平野美宇選手を彷彿させます。

  • 前陣で戦い、
  • ボールがバウンドして頂点、またはそれよりも前のタイミングで打つ
  • 速さで圧倒。
  • 両ハンドが安定。

もともと、水谷選手は、若干下がり目で相手の攻撃を受けてから攻撃していくタイプ(に見える)ので、2,3年前の頃の水谷選手のプレーでは、日本国内で勝てても中国選手には永遠に勝てないのではないかと素人ながらに思っていました。しかし、リオ・オリンピックではそのわたしの「素人目」を払拭するようなプレーで、大活躍してやはり水谷選手はすごいなぁと思ったものです。

しかし、この張本選手との戦いでは、その2,3年前の攻撃を受けてから攻撃していく感じのプレーに終始していたように見えます。オリンピックで、キョキンに勝ったプレーではなかったように見えます。受けて立つ側と挑戦する側の心理面もあるのかもしれません。この構図そのものが、自分から攻撃を仕掛けていく感じにはなりにくいですよね。

ただ、今回の全日本選手権でも、たしか準決勝だったと思うのですけど、相手に2セット先取された試合がありました。あの2セット先取されたときも、相手が前陣でグイグイ攻めたプレーをしてきたのです。その時は、全然水谷選手の良さが発揮されず、もしかしたら負けてしまうのではないかと思ったほどでした。水谷選手を倒すのであれば、(水谷選手自身がやり方を変えない限り)速い卓球で攻めることなのだと思います。それは、中国選手がやられている卓球ということですね。

さて、張本選手。

昨年(2016年)の12月。福島県の郡山市で、今回の世界卓球の代表選考会があって連日試合を見てきました(その時の優勝者は松平健太選手)。

記憶によると、4つのブロックに別れてリーグ戦を行い、各ブロック2名が勝ち上がり。その後はトーナメントを行うと言うことだったと思います。張本選手は、ブロック内で吉村真晴選手に負けただけの1敗。ブロック2位で勝ち上がりました。その後、トーナメントでは、大島祐也選手に負けて代表になれずでした。でも、あの会場で負けたのは、現日本代表選手だけというすごさに驚きました。

まだまだ、ドライブの打球点が遅く感じましたが、もちろん、目の前で繰り広げられるスピードは自分の目で追うのがやっとで、大島選手はそれなりに点差を離して張本選手に勝ったように思いますが、吉村選手との試合は大接戦ですごかったです。とはいっても、水谷選手を倒すほどではないだろうなぁと思っていましたが。

あの時、お願いして、息子とわたしと張本選手で3ショット写真をとっています。ここに載せることもできるのですが、張本選手から了解をとっていないので(笑)、載せないでおきます。

小学生の頃から、天才、100年に1人の逸材と言われて、その通りに力を付けていくのは難しいことでしょう。いまのところ、順調に成長しているのは、本人の努力、気持ち、そして、周囲のサポートが素晴らしいことだからでしょうね。

1回戦勝ったときのインタビューで、(次、水谷選手との対戦だが)「勝ちます。」というようなことを言っていました。全日本選手権で、平野美宇選手が石川選手のことを「乗り越えなければならない相手」という言い方をしていました。二人が重なります。本気で乗り越えようとしていたということですものね。

自分に返すと、何かの壁を本気で乗り越えようとしているかということになりますね。うーん。ないなぁ。(すぐに軽く結論を言ってしまっている自分)

様々な尊敬する卓球選手の生き様を通して、自分の生き方も考えていこう。

さて、残りの世界卓球の試合も楽しみだ!!

20170602 初めて院生・学部生が全員集合の全体ゼミ。実を伴っためちゃくちゃいい時間でした

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今日は、あべたか研究室、初めて全員集合(学部生、院生)してのゼミでした\(^o^)/。それぞれが忙しく、誰かが何らかの都合があって欠けていたのです。

本日、実際は学部生たちのゼミだったのですが、ここで、わたしから院生に協力してもらいました。

学部生達は先週まで教育実習でした。それをホワイトボード・ミーティングでふり返ってもらおうというのです。こうすることで、

院生 →ホワイトボード・ミーティング、オープンクエスチョンの練習になる
学部生→実習のふり返りになり、次へつながる

と考えたのです。このアイデアを伝えたら、あとはどんどんゼミ長さんを中心に自分たちで進行方法を考えてくださり、部屋も広いところがいいと確保してくださり、わたしは伝えてもらった部屋へ時間に合わせて行くだけという形でした。

ちょうど、偶然、(結果的にめちゃくちゃいいことなのですが)わたしの研究室に配属している学部生は5名、院生も5名なんですね。今日は、一対一で院生がそれぞれ学部生にオープンクエスチョンで実習のことを聴きだしてくれました。5月初旬から練習を重ねていたのでしょうが、みなさんどんどん上手になっています。問われる学部生も、初めてのオープンクエスチョン体験なのにみなさん話しやすそうでした。

話が前後しますが、ゼミの始まりは、全員が集まったのが初めてと言うことで、院生がアイスブレイクを準備。部屋の温度が暖まったところでゼミ長の淀みない、雑音が入らない、きれいな「価値のインストラクション」。
うーん、スマートです。

院生も自分の成長が自分自身でわかり、学部生も教育実習をしっかりとふり返ることができ、それぞれが次に繋がる感じでした。

わたしは、単なる写真を撮り続ける怪しいおじさん(笑)。
わたしが何もしなくても、ゼミが進むことがわたしの願いなのでいい感じです。


20170601 久しぶりに子どもたちの前に立って話をする……チョー緊張(^0^;)

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わたしにとって6月は大学外に招かれていろいろとお話をする時期のスタートです。月曜日に引き続き、今日も、上越市のある小学校に招かれました。

内容は「学校保健委員会」……(^0^;)。
テーマは「これでよいのか?わたしの生活習慣!?」

うそーっ。わたしの守備範囲じゃないでしょ〜f^_^;。
やむを得ず、いろいろな事情があって、お引き受けしました。
もちろん、引き受けた限りは子どもたちのために一生懸命準備しなければなりません。そして、したつもりです。

6月の「いろいろ」の中でも、わたしは今日が最もといっていいくらい、ビビりまくっていまして……といいますのは、

  • 久しぶりに小学生の前で話す。
  • 全校児童の前で話す。
  • PTA行事の一つであって、それなりの数の保護者も話を聞いている
  • 自分の専門分野でない領域での話である

ということが重なっていたからです。
とはいいましても、

  • (1年生から6年生全員が集まっているからよけいに)自分の話は最小限にして「活動」を多く取り入れる。
  • 「活動」にほんのちょっぴり加える形でその活動の意義づけやお願い、考えてほしいことのようなメッセージを付加する。

といういつもの感じは崩さず(崩せず……f^_^;)時間を過ごしました。

同僚の、AKSK先生を真似て、最初はスベル自己紹介からスタート。あえてスベルというのはなかなかいいかもです(^0^)。

四苦八苦して考えた「講座プログラム」。専門家に比べたらめちゃくちゃ学びの量がすくなかったと思いますが、最後に司会者の方が突然一緒に参加されていた保護者に感想を求めて、

「体で考えて、頭で考えて、あっという間の時間でした」

と言ってくださったのが(たぶん、9割のリップサービス)うれしく思いました。

そして、なんといっても子どもたち。

本日、一番何が恐ろしく感じていたかというと、「小学生の前に立って話をする」ということでした。(もともとたいした小学校教員ではありませんでしたが)絶対に当時よりも、いろいろと勘が鈍っているのは必至ですからね。勘というか感受性が鈍っているといったほうがより正確でしょうか。目の前の子どもたちが、表面上の態度や表情と異なり内心はどう考えているか……こういうところの見立ては確実に、現場に立っていた頃よりは鈍っています。自信を持って言えます。だから、早めに会場に行って、同じように早めに会場に来た子どもたちに一生懸命話しかけていました。ほんのちょっとしたリハビリです。子どもとの会話から、自分の感覚を取りもどそうとちょっともがいた感じですね。

全てが終わり、帰ろうと、学校の廊下を歩いていたところ、給食を準備しようとする子どもたちとすれ違い、「イエーイ!」とハイタッチをしてみんなと元気に別れることができたのが、わたしにとって今日の一番の喜びかもしれません。少しは、ほんのちょっとは役立つことができたかも……。(だといいんだけど)

【追伸】
だからといって、学校保健委員会での講師はもういいです。全て使い切りました。(こう書かないと、勘違いして依頼してくる方がいるかもしれないので)


© Takayuki Abe 2016